おはようございます。
今日の空は暗いですね…。
イマイチ明るい気分にはなりにくいですが、
こういう時こそ、
落ち着いて物事を片付けられる時かもしれません。
今週末は離婚業務のセミナーに、
出させていただく予定です。
離婚をメインの業務にしたいと言われる書士さんは、
相続関係と並んで、比較的多い印象を受けます。
そんな中で、後発の私が、
離婚を専門にしても需要は少ないのかな、
という気がします。
でも、専門にするかどうかはともかく、
まず、業務についてはちゃんと学んでおきたい。
それには2つの理由があります。
一つには身の周りで、離婚が、
何組か出て来ていること。
ここ数年、友人や親戚で離婚される方が、
ちらほら出て来ています。
専門的な知識があれば、
何か助けになれることも、
あったのではないかと思います…。
もう一つは、
私自身の体験です。
少し長くなりますが、
この際、自分なりに離婚について考えを、
まとめておきたいと思います。
私は離婚届けを出したことがあります。
と言っても、私自身が結婚する前のことで、
出したのは両親の離婚届けです。
どんないきさつかは省きますが、
私の子供時代から、家の中は、
ゴタゴタが絶えませんでした。
母と二人で、母の実家に帰ったり、
家を出てアパートを借りて、
新しい暮らしを始めたようとしたことも、
一度や二度ではありません。
でも必ず父がやって来て、
数か月で戻ることになってしまうのです。
ようやく脱出に成功したのは、
私が成人してからです。
父はなかなか諦めませんでしたが、
母も私も、
もう戻るまいとかたく決めていました。
だから、私は父に、
「もうきちんと別れて下さい」と言いました。
そして父と一緒に、離婚届を出しに行きました。
(もちろん母も同意の上です。
何故二人で行ったのか、その辺の細かいことが、
ちょっと抜けています…。思い出したくないことかも?)
その時は全く悲しくありませんでした。
やっと子供時代からの、
苦しい日々にピリオドが打てた、という思いで、
本当の自分を取り戻すスタートになりました。
離婚は不幸だと見る人もいますが、
一緒にいることの方が、
不幸を長引かせ、心の傷を深くすることもあります。
離婚の話が出た時に、
元のさやに戻ることが良い場合もあれば、
悪い場合もあると思います。
母は看護師だったため、
生活に困ることはありませんでしたが、
出たり入ったりの繰り返しで、
本当に無駄が多かったと思います。
早いうちに別れられていたら、
家一軒建ってたかもね。
と今は冗談で言いますが…。
一番損失が大きかったのは心の傷だと思います。
母の心の傷はもちろんですが、
落ち着かない家庭生活の中で
子供である私の心にも、深い傷が残り、
トラウマを癒すために、
もがいていた時期が長くありました。
もっと早く別れていれば、
傷が癒えるまで短くて済んだかも…。
などという思いも無きにしも非ずです。
離婚と一言で言っても、
色んな事情を抱えたご家庭があり、
100組あれば100通りの形があると思います。
そこで判断を誤ると、
取り返しのつかない一生の損失になり得ます。
もちろん、最終的な判断は、
ご本人たちがされることですが、
行政書士として手続きにかかわる際にも、
その責任は重いのではないかと思います。
あとあと喜んでいただける、
質の良いお仕事のためには、
通り一遍の知識や方法論ではなくて、
深い知性や思いやりが必要になって来る、
そんな気がします。
厳粛な思いを持って、
業務の学びに臨みたいと思います。
長くなってしまいました。
もう、おはようございます ではないですね(笑)。
最後までお読み下さった方、どうもありがとうございます。
