こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

11月に入り、2026年はあと2か月足らずです。

 

今の時期までに換気扇の掃除をするつもりです。

 

 

本日解決?のお話です。

 

 

若いころから気にしいのぶどうさん。

 

自覚はしている。

 

自意識過剰なのか、被害者意識が強いのか。

 

自尊心は低めで自己評価も低いので、どっちかというと後者かも。

 

昔知人に、「あなたは暇だからそんな細かいことぐちぐち考えてられるのね」と言われたことがある。

 

仕事に育児に趣味にと忙しい人から言われた言葉。

 

今にして思えば、結婚して無職になって知人のいない見知らぬ街に住んでいたので、ついつい地元の知人に愚痴ってしまったのだろう。

 

友達というには年齢が離れていて、知り合って数年の、職場の同僚だった彼女にとって、なんともメンドクサイ女だったに違いない。

 

内容だって取るに足らない問題でしかなかっただろうなあと思うと申し訳ない。

 

恥ずかしくなってそれ以来連絡は取らなくなった。

 

ただ、この言葉は今も心に残っていいる。

 

暇人は、余計なことを考えてしまうのだなあとの自戒を込めて。

 

若いころの失敗はいろいろとある。

 

自分の失敗なのか、失敗と思い込んでのことなのかは定かではないが、失敗を素直に受け入れなかったせいで重大な損失をしたなあと思うことはある。

 

それが、ピアノを辞めたこと。

 

今はまだ詳しくは書けないけれど、20年前に習っていたピアノの先生とトラブルがあった。

 

とてもよくしていただいたが、ある出来事で、お互いに信頼を失った。

 

出来事だけではぶどうさんが100%悪い。

 

けれど、そのことを伝える機会も手段もあったのにそれをせず、ぶどうさんを試すような真似をされた。

 

「あなた、そういう人だったのね」といったことを言われたが、言われた時は何のことが全然わからず。

 

試されたのと、他人の気持ちに価値がないような言われ方をされ、がっかりした。

 

ちょうど同じ時期に、サークル活動のピアノ仲間に嫌な態度をとられていた。

 

本当にそうだったのか、被害者意識だったのか、今でもわからない。

 

暇人(笑)なので、ピアノを弾く人たちは普通でないのではと妄想を抱くようになった。

 

嫌気がさしたので、あんなに一所懸命になっていたピアノはすっぱりやめた。

 

素直に先生に頭を下げるか他の先生を探せばよかったのかもしれないが、ついていた先生が地域で顔の広い方だったので、そうもいかず。

 

ピアノからは完全に足を洗った。

 

10数年後性懲りもなく始めようとは思わなんだが。

 

相変わらず才能はなく、レッスンではダメダメ、発表会もヘロヘロ。

 

辞める辞める詐欺で言い続けていたのに、よっぽどのことがなければ続けるなんて言っている。

 

それなのに。

 

なぜか突然、ピアノを辞めるきっかけになった人が現れた。

 

同じサークル活動に参加するらしい。

 

ちょっと悶々したので、夫に愚痴を言ってみた。

 

愚痴ったものの、毒を吐き出したらすっきりした。

 

よくよく考えたら、やめると決めたのは自分自身だ。

 

その人にされたいやな態度は別にして、その人が嫌ならかかわらないならいいし。

 

それは自分で決められること。

 

なあんだ。

 

ピアノを辞める理由は自分の問題であって、他人のせいにしてはいけない。

 

先生が嫌なら先生を変えればいいし、いやな人がいるなら関わらないでいればいい。

 

やっぱり、若気の至りでやめなきゃよかったかなあ。

 

でも、ピアノを続けていたとして、こうもヘタレならどこかで躓いていたのだろうとは思う。

 

ほとぼり冷めて、新しい気持ちになって、ちょっと進んだ世の中になってピアノを再開してよかったと考えよう。

 

アラカンでは弾ける曲数やレベルは限られるけれど、最近の研究をみると若いころから続けているよりボケ防止効果が高そうだ。

 

愚痴は吐くものではないというが、頭と心から出して初めてわかることがあるのだなあ。

 

長く引きずってきた、過去の出来事のちいさな解決をみたぶどうであった。