「地中の影響がどれほど大きいかがこの研究からわかります」

 


(閲覧注意!)このミミズが環境を破壊しているとは…

家庭菜園や花壇では益虫とされるミミズだが、北米の多くの森林など、本来ミミズが生息していなかった土地では、在来動物に意外な悪影響を及ぼしている。(PHOTOGRAPH BY STEPHEN DALTON, MINDEN PICTURES)

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 2021年の暮れに亡くなった生物学者のエドワード・O・ウィルソン氏は、かつて昆虫のことを「世界を回している小さな者たち」と呼んだ。だが、この5年間、昆虫の激減を示す報告が集まっており、今後をめぐる議論が盛んに交わされている。激減の主な原因とされているのは、生息地の破壊、殺虫剤の過剰な使用、そして気候変動だ。(参考記事:「農業の毒性が48倍に、『沈黙の春』再び? 研究」

 だが3月30日付けで学術誌「Biology Letters」に掲載された論文が、少なくとも北米の広範囲における、もうひとりの意外な容疑者を指摘した。それはミミズだ。

 この研究では、カナダのアルバータ州にあるポプラの森で60の区画を調査したところ、土壌と落葉に生息するミミズの数が多い区画ほど、地上の無脊椎動物の多様性と数が減少していることが確認された。

 ミミズは菜園や花壇の益虫として広く知られているので、この研究結果に驚く人もいるだろう。ミミズは、地中に穴を掘り、土壌を耕して通気性を高め、栄養素を糞として排出する。その作用で、一部の植物は元気に育つことができる。

 だが残念ながら、少なくとも北米北部の森林では、ミミズは私たちが考えていたような、ぬるぬるした地中の天使ではないかもしれない。今回の論文を含め、こうした問題を指摘する研究が増えている。

「昆虫の減少が話題になっても、土壌が注目されることはほとんどありません」と話すのは、論文の著者の一人でドイツ、ライプチヒ大学の土壌生態学者ニコ・アイゼンハウアー氏だ。「減少している昆虫や無脊椎動物の多くは、地中で過ごす時期があります。今、飛び回る昆虫が減っているのは、最初に昆虫たちが土壌から姿を消したからなのです。ミミズは土壌の質を根本的に変えることがあります」(参考記事:「昆虫たちはどこに消えた?」

 

地下にひそむ侵略者

 ミミズが在来種である生態系では、ミミズの土壌作用が問題にはなることはない。だが北米大陸の北部では1万年以上前に、最終氷期の氷河によって、土壌に生息するミミズがほぼ全滅した。したがって、北米北部の生態系は数千年もの間、ミミズがいないままで進化してきたのだ。

 氷床は、カナダのほぼ全土、米国の北東部の大半と中西部北部の広い範囲を覆った。氷床が後退すると、森林はよみがえったが、ミミズは最大でも1年に約9メートルしか生息域を拡大できないので、回復しなかった。

 落ち葉を食べ、土壌を掘り返すミミズがいないので、北米北部の森林では、落ち葉が厚く積もる落葉層が形成され、多くの動植物や菌類の命を支えるようになった。アイゼンハウアー氏は、専門家でなくてもその違いは感じられると言う。

「ミミズに侵略されていない森を歩くと、地面がふかふかしているのがわかります。それは、数千年かけて形成された、分厚い有機物のカーペットの上を歩いているからです」

 

 

 だがこの数百年間、人間は意図的に、または意図せずに、こうした土地の多くにミミズを持ち込んできた。その大半はヨーロッパ原産で、入植者が意図的に導入したり、積荷、植物、家畜、船のバラスト(貨物船では、重量のバランスを取るために土や岩が頻繁に使用されていた)に混じって海を渡ったりしたミミズだった。

 現代では、釣りの餌として、あるいは輸入された土壌や植物に混入して、ミミズが持ち込まれている。また、ハイキングシューズの底やマウンテンバイクのタイヤにミミズの小さな卵が付着し、持ち込まれる場合もある。(参考記事:「2007年5月号 特集:植民地建設当時のアメリカ」

 過去の研究でも、北米北部では外来ミミズの影響で、野生のランなど複数の植物種が減少した可能性が指摘されている。また、地上に営巣する鳥やイモリの一部にミミズが悪影響を及ぼしていることが2つの論文で報告されている。これらの動物が暮らす落葉層を、外来ミミズが盛んに食べてしまうからだ。

 ミミズは絶え間なく穴を掘り、食べ、排せつして、土壌の物理的、化学的、生物学的特性を変化させる。こうして一変した生態系に、在来種が常に適応できるとは限らない。

地上の無脊椎動物への大きな影響

 しかし、昆虫をはじめとする地上の節足動物にミミズが及ぼす影響について調査した研究は多くない。

 そこで、アイゼンハウアー氏と、今回の論文の筆頭著者で、同氏の研究室に在籍する博士研究員マルテ・ヨッフム氏は、2019年の夏、カナダのカルガリーからおよそ60キロ西にあるバリア湖周辺の森で調査を実施した。

 まず、アメリカヤマナラシ(Populus tremuloides)とバルサムポプラ(Populus balsamifera)が茂る森に、1メートル四方の区画を60カ所設定した。そして、各区画に生息するミミズの概数を調べるために、土を10センチほど掘り起こして、水とカラシ粉を混ぜた液体を注いだ。この液体はミミズに無害だが、刺激されたミミズはもがいて地表に出てくるので、数を数えることができる。

 研究チームは各区画に生息する外来ミミズの数を、少ない、中くらい、多いの3段階に分類すると、地表に生息する無脊椎動物の収集に取りかかった。これは、背中に背負った掃除機で、すべての無脊椎動物を吸い上げる方法で行った。

 ヨッフム氏らは、約1万3000匹の無脊椎動物を集めて分類した。その結果、内訳は主に昆虫とクモで、ミミズが「多い」区画では、無脊椎動物が非常に少ないことがわかった。外来ミミズが「多い」区画では、「少ない」区画と比較して、地上の無脊椎動物の種が18%、総生物量(重量)が27%、個体数が61%、それぞれ少なかったのだ。

 この結果は予想外だったとアイゼンハウアー氏は言う。「地上の生態系がどれほど土壌に左右されるか、そして地中の侵略的外来種の影響がどれほど大きいかが、この研究結果からわかります」

 ミミズがどのように節足動物の減少をもたらしているのかを正確に知るには、さらに調査が必要だが、ミミズが林床から落葉層を除去していることが主な要因である可能性が高いと考えられている。

「落葉層で暮らしたり、餌を見つけたりしている動物は、どれも影響を受けるはずです」と、アイゼンハウアー氏は話している。

世界を回している小さな者たち

 ヨッフム氏によれば、こうした無脊椎動物の大半は小さいが、いなくなれば生態系全体に大きな影響が及ぶ。「無脊椎動物は、他の大型動物の食料でもあります。また、害虫を抑制したり、草を食べたり、分解したりして、生態系で重要な働きを担っているのです」と氏は説明する。

 とはいえ、カナダ、セントメリーズ大学の土壌生態学者で、今回の研究に関与していないエリン・キャメロン氏は、北米に住む人が家の庭からミミズを追い出す必要はないと言う。

「自然林ではミミズが被害をもたらす可能性がありますが、家の庭なら心配ありません。もし、人里離れた場所に住んでいるなら、ミミズを庭に入れない方がいいでしょう。でも、都市にはミミズが昔から定着していますし、ミミズを除去する効果的な方法もありません」

 重要なのはむしろ、これ以上ミミズを広げないことだ。米国の北東部の大部分や中西部北部、カナダで釣りをする際には、外来ミミズを釣りの餌に使わないことや、余ったミミズを森に逃がさないことをアイゼンハウアー氏は勧めている。また、ハイキングで人里離れた森に入る前には、靴底を洗ったほうがいい。残念ながら、温暖化の影響で土壌の温度が上昇すれば、ミミズがさらに北上する可能性がある。

 アイゼンハウアー氏ら専門家は、今回の研究結果が他の生態系にも当てはまるかどうかを見極めるには、さらに調査が必要だと考えている。例えばキャメロン氏は、針葉樹が中心の森では、このような無脊椎動物の著しい減少が起きているかどうか疑問だと指摘する。針葉樹林の土壌と落ち葉は、ミミズにあまり好まれないからだ。また、北米北部で外来ミミズが広まっている範囲も、完全には把握されていない(米国の北東部ニューイングランド地方と中西部北部には、ミミズが侵入しそうな手つかずに近い落葉樹の森林地帯が点在している)。

「これが(針葉樹がない)広葉樹林だけの現象だとしても、北米に多大な影響をもたらします」と、米ジョージア・カレッジ・アンド・ステート大学で外来ミミズを研究するブルース・スナイダー氏は話す。氏は今回の論文には参加していない。もし、外来ミミズの生息域全体でこうした影響が出ているとすれば、その被害は「かなり広がっているはずで、深刻な事態と受け止めなければなりません」

 米エール大学の土壌生態学者、アニス・ドブソン氏は、こうした影響を深く憂慮する一人として「ミミズの侵入を非常に懸念しています」と話す。

 ドブソン氏は、新たな外来ミミズの侵入を記録し続けている。激しくのたうちまわる特徴的な動きから「ジャンピングワーム」と呼ばれるアジア原産のミミズだ。まだカナダの限られた辺ぴな場所でしか見つかっていないが、ドブソン氏によれば、米国東海岸を北上中であり、その影響はヨーロッパ原産のミミズと似ていたとしても、さらに甚大かもしれないという。

「ミミズは北米大陸に拡散していますが、目につかないので、私たちが普段気づくことはありません。しかし、今回の研究で、大きな影響をもたらす恐れが明らかになりました」

national geographic 4月2日付記事より引用

これはショッキングな研究結果と言え、土を肥やすプラス面も有れば、昆虫に被害を与えるマイナス面もあったとは驚きです。