6月6日 その3
再び駅構内に入ったが、
周りの様子と比べて、不自然にホームが長く
側線が外された跡が残っている。
実は田村駅はかつては特急も含む全列車が停車する駅であった。
S32年に北陸本線を電化するに際して交流電化を採用することになり
直流電化の東海道本線とのデッドセクションを設けるため
当駅からの電化となり、米原⇔田村間は非電化となった。
そのため、当駅で全列車が停車して
蒸気機関車orディーゼル機関車⇔電気機関車の
付け替えを行っていたわけで、
これだけの広い空間を必要としたわけである。
(当時は湖西線が開業していなかったため、
関西⇔北陸方面の列車はすべて当駅を利用していたわけである)
のちに米原⇔田村間は直流電化され、
交直流両用電車の特急・急行は当駅を通過するようになったが、
S58年に交直流両用の機関車EF81が登場するまで
当駅での付け替えは残っていたようである。
現在は関西方面からの連絡を便利にするためか、
米原⇔敦賀が直流電化に変更され
新快速が敦賀まで顔を出すようになっている。
以上、鉄分の濃い方には必要ない当駅の歴史であった。
(鉄道に興味のない方にも、どうでもいい知識であろう)
「しらさぎ」が猛スピードで通過、
かつてはこういった編成の長い列車を停車させるために
長いホームが必要だった。
(「日本海」の12両がおそらく一番長い編成だったのだろう)
東側の駅舎が昔からある駅舎で
基本的に1時間に2本、上りは1本が米原どまりで
もう1本が姫路など関西方面行
この日は職員がいたが、発券などは行っていないよう
ここから機関車の付け替え指示を出していたのだろうか。
ホームが長いだけでなく、千鳥になっているので
反対側のホームの端が全く見えない。
というわけで20分ほどで見学を終え
姫路行の新快速に乗車
米原の給水塔を通り過ぎ
近江八幡で下車した。















