横浜の長女夫婦、名古屋組合流で石垣へ12年ぶり、2013年のトライアスロン以来出かけることを計画。
きっかけはたぶんJCBのおすすめでクラブメッドのキャンペーン告知を1月か2月ごろ見かけたことだったはず。
今から予約を入れると多分この時の予算の倍はかかっていると思われる。エアも。
クラブメッドカビラは次女が中学の頃、家族同伴で私の会社の社員旅行がてら2004年4月行って以来。当時はまだ「地中海クラブ」と呼んでいた。
当時、その次女は原因不明の赤血球の形状不良から極度の貧血、ヘモグロビン5とか6とか成人の半分近くまで下がって病院をたらい回しにされたあげく名大の小児科に何度か入院して骨髄移植を検討したり輸血も幾度となくやって一時は死を覚悟して夫婦で泣き続けていたこともあるほど。ひょっとしたら最後かと思って車椅子で南の島に連れ出したのです。
幸い原因不明だった症状も何も手を加えることなくその後理由もわからないまま改善して普通に進学していきました。
中学はほとんど特に2−3年生は卒業の出席日数が足らないのではと心配したほど学校に行っていません。
ところがなぜか自然に簡単な英語なら度胸いっぱいで話しますし高校のあと付け焼き刃のフランス語も日仏会館の短期セミナーを受けてあっさりパリまで単身ワーホリに行くほどになったことなど全く想像もできなかった頃でした。
そんな石垣で頃4月ちょうど帰る便に行き合ったトライアスロンチームと空港周辺ですれ違った時に「この海なら泳いで挑戦したいな」と思ったのが私がトライアスロンを目指した最初の萌芽のような旅でした。
あれから21年。その間念願のトライアスロンに2度挑戦し、リウマチになってレースから遠のいてこの島には私も12年きていませんでした。
まして今回は大人7人幼児3人の大所帯です。基本現地集合ということで横浜組はクラブメッドで合流することに。
なぜか直前名古屋は35度を超える日が梅雨だというのに続いていて、一方で八重山諸島は梅雨が明けてむしろ避暑になるのかと思いきや行ってみると結構な「夏」。暑いこと、蒸すこと。
いやはや後日談になるけど名古屋に戻ると梅雨空が帰って来ていて島より涼しいという3泊4日の旅程でした。
石垣島の空港は2012年には市役所に近いところでしたが2013年には新しい空港が白保の北に移動しています。今回名古屋組は状況次第で市内に買い物にいく計画もあってレンタカーでワゴンを借りました。これがトヨタレンタカーなのですがなぜかオフィシャルでは空車がないのに別のレンタカーサイトだと予約ができるというこれってオフィシャルの意味なしという。最近ホテルや旅館でも稼働率を上げるのに丸投げで部屋を予約サイトに外部委託することと同じ状況なんでしょう。
クラブメッドカビラは島の北西の岬にあるので北まわりで移動。名古屋10時50分で15時には現地に。チェックインは15時から。
横浜組とほどなく合流。バーで🥤を。夕刻連絡をとっていたダイビングカウンターに申し込みを済ます。今回息子が潜ったことがないからと希望していました。
私もPADIのオープンライセンスをとって以来13年これが多分最後かな?っと思ってファンダイブでなく息子と新ためてインストラクターに安全を確保してもらいながら体験ダイブをすることになっていました。
前日に川平のそばの米原でスキューバでなくシュノーケルをしていた女性が気分が悪くなって亡くなったというニューズを読んでいました。
やはりアテストには高血圧などの既往症を聞かれるんだね。今は服薬中で管理できているわけだけど全く心配ないわけではなくここからは自己責任でということになります。海の中というのはいつどんな時でも油断はできないものです。
18時半からメインダイニングで揃ってディナーということで長女の婿さんとあらためてダイビングデスクの前を通る時に「明日ダイビングするけど行く?」っと軽口を言ってしまった。
本気にするとは思っていなかったのだけど「やりましょう」と即答。えーーーーっと思ったけどたしかにこんなチャンスはあんまりないからと本気である。自己責任だと念押しして3人で潜ることになったのでした。
ディナーと言ってもここは毎食バフェット。席だけ寄り集まって再会を祝う。ところがフードたくさんあるのにどこに何があると結構かわからずに行列でずいぶん待ったりして失敗した。
夜遅くまでショーやダンスパーティーなど毎夜あるわけだがジジイには遅くまで頑張る気にもならず明日のダイビングのこともあって早く休んだ。


