同居していた叔母の話だと朝まで特別変わった様子は無かったようで叔母はデイサービスに出かけていたらしい。
午後デイから帰ると自宅付近に救急車が止まっていてまさか自分の娘に突然起こった不幸とは思わなかったらしい。
叔母も動揺しているし当節感染のこともあって私たちも出向くことも出来ずに詳しく事情がわからない。葬式もごくごく同居人家族だけで済ませた。
まだ50代。
昨日母方の私より一回り上の従兄弟の次女から連絡があり、従兄弟が末期癌ですでに危ないらしい。
先月急に体調不良で検査に行ったら肺、大腸、脊椎と複数悪性腫瘍が見つかってすでに末期。現在は肺炎を起こして呼吸器をつけて食事も経口では取れなくなっており意識が遠のくことも起きているらしい。
辛うじて昨日の朝意識のあるうちに娘2人と奥さんだけ特別に担当医から呼び出されたので面会して本人と会話ができて延命治療は望まないことを確認できたようだ。70代。今どきでは早いほう。
現在たいていの病院は感染を恐れて面会謝絶が普通で見舞うことはできない。まんじりともできない日が続いている。
女房の母も大腸がん闘病中に脳梗塞を起こして幸い命は取り留めたがリハビリ専門病院にもう3ヶ月入ったまま。
治療内容によるがたいてい3ヶ月で病院は出させられる。コロナのせいで退院が伸びている。その分復帰には助かるのだけど今は同居する家族で1日一回15分以内の面会しか認められていない。携帯でビデオ面会することしかできない。
立て続けに起きている不幸に私も私の同居する87の母も心を痛めている。
歳をとって病気になって別れが来る。当たり前で覚悟しているはずだけど、生きていて自分を取り巻く周囲に時間の流れというかトレンドみたいなものを感じる。そういう世代なんだよね。
若い頃にはなかなか想像できない。
自分たちが歳をとって今までできていたことが徐々にできなくなったり、入院して誰かの介助が無いと生活ができなかったり、薬すら必要になるとは元気なうちにはどこか他人事で無理解なところがあった。
一方で今も伸び続けている平均寿命で多くの人々には初めてと言える長寿社会にそれぞれがどういう老齢期を過ごしていくお手本みたいな画一した生き方もない時代。
想像力はこうした場面でもっとも重要だと痛感する。