そんな中、名古屋市と愛知県の首長同士がトリエンナーレの作品のことで裁判沙汰で反目し合って、本気で市民を県民を守ろうとしているのかとウンザリです。
私個人はトリエンナーレの出典作品の一部は公金を使う事業者として政治的に偏った作品群という印象をもちました。
大きな意味の「表現」の自由は否定しないが、じゃあどんな作品でも展示会出せるかと言えば何某かの価値観に基づき評価され選考されないと世界中の落書きみたいなものも作者が「芸術」だ「表現」だと言っていれば出せるわけではなく、それこそプロデューサーや選考委員会で協議されてくるべきもので、その意味でまず例の津田さんに県や市が委託した時点で丸投げし、開催を始めてからこれはまずいというのでは手遅れです。
その意味で開催までの経緯をトレースしてなかった行政側の責任、プロデューサーと委員会の人選の責任者の責任も問われるべきです。今回の争議はどちらにも責任があると思うのです。
もし知らされてなくて強行したのなら津田さんたちを訴えるべきで大村知事が承知で開催したのなら県民の感情とは相容れないものではないかと感じています。その意味でリコールに賛成せざるを得ない。
公判でこれから責任の所在が明確になることを望みます。