昨夜はクリスチャンの義父の誘いで教会のミサに少しだけ寄らせてもらいました。
信仰することはとても人生を豊かにしてくれますし、個人レベルではとても良いことだと思っています。
ですが残念ながら組織化した宗教はいろんなところで問題を起こすことになる傾向が強いのも事実ですし、歴史上証明されています。
ミサのあいだじゅう「愛」や「慈しみ」などたくさんの宝石のような言葉がその場の人たちを包むかのようなミサでした。
だのにどうして世界は紛争や貧困を終わらせられないのでしょう。今のアラブの紛争は20世紀にヨーロッパの植民地政策や収奪がかなりの影を残しています。つまりキリストを信仰しているはずのヨーロッパ人が原因を作ったといっても過言ではないと思っています。
もちろん他のイスラム教だって、ヒンズー教だって、仏教だって歴史上紛争を起こしています。
信仰それ自身はとても素晴らしいのに、それを実践していないということに他ならない。
そんなことをしたら社会の統率を保てなくなる。弱者は強者に打ち負かされてしまうということを実はみんな知っていて根本のところで信仰を否定している。のではないか?
そんなことをミサのあいだしばらく考えていたらその場にいたたまれなくなって外で待つことにしました。
一夜明けて朝、結局「中庸」が大事なんだと思いました。不器用な男です。
みんなに福音?(平安な気持ちが今日だけでも)訪れますように。