14時46分には休憩をいれて賛同いただける方だけで黙祷をしました。
政府が呼びかけるからでは無く、自分自身の中に6年という経過を、そしてあの時感じた事を自分なりに落としていくための作法のようなものなので、参加者に強制する事はありませんでしたが、結局みんな賛同いただけました。
ブロ友さんたちも何かを書き遺さずにいられないようですね。
津波それ自身は避けられない事です。
6年目で未だ見通しのつかない避難生活と原発は人災。切り分けて無関心でいないことが何より亡くなった同胞への供養なのだと思うのです。
明日は必ずやってくる。というのは幻想だと思い知らされたあの日。
なんでもない今日1日を今を大事にすることが全ての原動力でした。みんなそうだったと思います。
でもどこに向かっているのでしょう?
アメリカも日本も、ヨーロッパも中東も世界的にどっか偏向しててリーダー不在、ヒーロー待望論が強くなります。
おかしなカルト教団が人気なのもそのせいか?