スポーツ依存症 | 雲の呟き

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近年の健康指向のおかげでマラソンに限らず多様なスポーツを実践する人口が爆発的に増加している。

私のしているマラソンもトライアスロンもレースとなるとエントリー料は結構かかるのに先着順なら数分、抽選でも数倍の競争率はざらにあるほどの狂乱ブリである。

しかもみな練習量もハンパなく、週末のプールのスイマーの混みようやちょっとした公園などコースはゆったり散歩で歩けないほどのランナーも多い。

ランニング学会理事の有吉教授のいう当初「手段」として始めたものが、それ自身が「目的」として楽しむようになったわけだ。

これほど広がったランナーやアスリート達だが、定常的に慢性疲労や酷い故障を抱えてしまう人が少なくない。

確かに運動を適度に習慣化すると体調も良くなり、免疫機能も高く病気しなくなったという話を聞く一方、体脂肪を落としすぎて、風邪にかかりやすくなるという報告もあるらしい。

他にも内臓に障害のある場合、痛風などの高尿酸血症や腎臓関係はタンパク質の過剰摂取による負担の増加も考え合わせると強度負荷の高い運動は逆効果になることもありうる。

かくいう私も関節リウマチの持病をもちながら数時間を超えて膝や足首に過大なGをかけ続けるといいうのは滑膜炎が始まったら自滅行為である。

昨日山登りをする教授がTVで語っていた。数ある登山家の著作を読んだがほぼそのほとんどが高山病と闘い、極寒を耐え抜き、二度と山には上るまいと思って上る。頂上についてもその爽快感とは裏腹に早く下山したくなるものなのに、下界に降りるとまた上りたくなると述懐するものばかりらしい。

それでもやめられないほどの魅力を持っているのがスポーツである。

まさにスポーツ依存症である。

最近、登山でも特に高齢者の滑落事故だったり遭難事故が多く聞かれる。マリンレジャーもである。私も昨年の石垣島のトライアスロンで奇しくも同じウェーブで出場された方が水死している。数年前に出た10㎞マラソンでもうちの女房の傍に居たランナーが救急で運ばれたらしいが亡くなっている。息子の学校の恩師もダイビング中に亡くなっている。

残念ながら現時点ではこうしたリスク完全には避けられない。だから敢えて私は人にスポーツを勧めはするが危険性について必ず告知することにしている。また最大限そのリスクを回避するように努めている。

いったん大会で事故が起きると多大な影響が残る。亡くなった方が自己管理をしていなかったとは断定できないが、参加するものは最大限そうした事態をさける努力を怠ってはいけない。

マラソンやトライアスロン、あまたエクササイズが市民スポーツとして認知され健全な精神と肉体をはぐくむものであるという理想を体現するものであるなら、少なくとも安全で事故の無いようにしておかないと「危険なスポーツ」のそしりを受けかねない。

レースにたどり着くためには最大限体調管理に傾注し、自己管理をする。

ウルトラランナーの岩本氏が著書の中で「保険発言」をするなと書いておられた。「風邪気味」だったとか「練習不足」だったとか言い訳を先にするのを保険発言だと言われるのです。

故障があるなら故障を直しよそ様に迷惑をかけないだけでなく、自分をどれだけ磨いてこれたかが肝要で、すべてを受け入れてその時点で最大のパフォーマンスをすることが最大目標であるべきなのです。

以前三浦雄一郎氏が対談でやる限りには絶対に成功させなければ、いろんな方に迷惑をかけることに細心であることを語られていたらしい。

プロに限ったことではない。

レースは個人にとっても楽しく、また公共に資する場所であるという認識がおのずと行動を律することになるはずです。事故を起こして健康を損ねたら本末転倒なのだ。

過ぎたるは及ばざるがごとし。健康だからこそはじめて走ること、参加させてもらえるのではないだろうか。