次女は学校を下りてからパティシエから始まって3年前はワーホリでパリにも滞在し、もう丸6年数件の飲食ばたをめぐり、現在はバリスタとしてコンクールで入賞するレベルに成長した。
ぼちぼち自分の理想の「カフェ」を構築させてやっていいのではないかと考えていた。
我が家では結構子供たちが手荷物料金の小さい頃から海外には連れ出していた。しかし気持ちの上で引っ掛かっていたのはバリスタ→エスプレッソ→イタリアという連想である。もし開業するのなら一度くらいはイタリアで現地のエスプレッソを味わっておくべきなのではという事だった。
でないとパリで日本に行った事もない中国人が日本食レストランを経営したり、沖縄に行った事もない本土の人間が沖縄料理店を経営するのと同じになってしまう。
むろん其れがあながち悪くはない。行って味わってそのままを持ち込む事が最良とも言い切れない。持ち込んだ先の風土や食の慣習にあわせてカスタマイズするのが一番だと思うが、知っていてするのと、知らないでするのでは意味が違う。知らないでいると「独りよがり」の謗りは免れない。これも私なりのこんな窮屈な美学が今回の洋行のスタートラインである。
長女も横浜に出て2年、フリーランスではあるがイラストの細かい仕事を続けるうちに、最近消耗したのか自分の中からのイメージが枯渇してきているのに悩んでいるようだった。
もともと長女の描く絵は親の欲目だろうがどこかパリ臭いものを感じていた。彼女もフィンランドやNZなどは一人旅や短期のホームステイは経験しているがパリは未体験なのだ。
じゃこの際二人で行かせればよいと思ったがどうも二人だけでは、そんな使命を帯びて研究したり意見を交わすとは思えなかったし、何よりスリの多いと噂のイタリアへまぁ平和ボケの箱入り娘二人で行かせるのは不安だったというのが私の引率理由である。
長男も4月から大学を卒業して社会人になる。この際できるだけ早い時期に行くべしと計画が進み今回の日程になった。
羽田は成田開港以来今までエアフランスが就航していなかった。くしくもその第一便に乗り合わせた。我々にとってもう一つ初めての事があった。それは添乗員付きの団体旅行だったことである。
女房といっしょにハネムーンや1昨年のホノルルなど、パック旅行は買ったことがある。だが飛行機は乗り合わせることがあっても現地で添乗員に案内される海外旅行は初めてなのだ。全部自由行動、単独行動、個人手配。ときにエアチケットも個人手配が当たり前だった。
面倒なことにならないか心配していて、往路12時間も隣り合っていて挨拶しか交わさなかった男性とのちに親く話すようになるとは露ほども思わず早朝予定の7:35定刻を少し遅れてパリに旅立つことになった。
