価値観の転換点① | 雲の呟き

雲の呟き

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 最近「ストレス爆発」という言葉を聞いた。都会に多くストレスを貯めていた人がはけ口を自分に向けて自身を壊してしまったり、外に向かうといわゆる大声で暴言や果ては他人様を傷つけてしまったりすることを言うらしい。

 驚いたのはその理由がとてもレベルが低い事。たとえば図書館で人の書き留めているノートの物音だったり、ページをめくる音だったり、少なくとも私の若い頃にはとても考えにくいほど神経症といっていいほどのレベル、耐力の低いところで爆発することが増えているという。そういう状況を「沸点が低い」という表現があるくらいだという。

 また病院などでも待合室で待たされていると不満をいう患者が増え続けているらしい。医療がいつからか計算ずくで成り立つようになってからは人を救う「聖職」ではなくただの「サービス業」と成り下がったらしい。治療→費用になると「費用対効果」「費用対満足度」が評価基準になる。

 とかく文明社会は便利になった。どんな欲望を満たすのにも「いつでも」「どこでも」という指向が文明の原動力になったことも否めまい。がために不便なことを認めたがらない。我慢がならないという人類が増えている。

 今朝新幹線の乗務員があの緻密に計算されたダイヤを運行するのに秒単位で駅間通過をチェックする様子や、客室の微震動を極力抑えるために苦心しているレポートをTVで見ていた。確かにその努力たるやすばらしい。山手線なみに10分間隔で、しかも時速100km超で西へ東へあの10両を超える長い車両が移動するという世界の鉄道事情からすると神業的な運行が毎日平然と行われているというのは「驚嘆」の一語につきる。

 それを達成してきた技術、技能はすばらしい。海外にいくと時間が遅れるぐらい何でも無い?下手をするとキャンセルされることさえ頻繁にある。日本はサービスの最先端だと思う。海外から移り住んできた異邦人たちはみな口をそろえて日本人の勤勉さやサービスの質の高さを理由にあげる。


 がここで考え直してみないか?利便性と経済性を優先したがために危険度の高い運行を敢えてしているのではないか?事故が起きてからでは遅いのである。福知山の脱線事故しかり、福島原発しかり、個人の能力に頼った運行、それこそ「神話」だと気づいたはずでは無かったのか?