セビリアに来ています。今夜はピアノのコンサートに行ってきました。Marc-Andre Hamelin というカナダ人のピアニストで、プログラムはリスト、アルカン(フランス人のようです。1813-1888)、Albeniz(1860-1909) でしたが、素晴らしかったです。本当に魔法の指、という感じで音楽を紡ぎだしているように見えました。


それはそうとして、今日はベレンのことを書きたいと思います。ベレンとは何か。私がスペインのクリスマスで一番、もう一番大好きなものです。クリスマス飾りなのですが、ツリーとは一味も二味も違う。ベレンとはベツレヘムのこと、ここスペインでは(もともとはイタリアから来たものらしいですが)、クリスマスの時期になるとベツレヘムの模型を飾るのです。この模型が並じゃない。


クリスマスが近くなったらまたご報告したいと思いますが、今日は今年初めてこれを飾ったお店を見て嬉しくなってしまったので、ちょっとさわりだけ。


まあ基本中の基本は馬小屋とキリスト、マリア、ヨセフですが、これも一人一人買い揃えていきます。その後馬だの牛だの買い、三人の博士を買い、木を買い噴水を買い、街の家を買いローマ人の兵士を買い、商人を買い羊を買い羊飼いを買い、チーズ職人とチーズを買い、布やと布を買い、パン屋とパンを買い、靴屋と靴を買い、お城を買いガラスでできた河を買い、電力で動く本物の水を使った水車を買い・・・・・・と街作りは果てしなく続いていきます。そしてこれがすべてものすごく精巧にできているのです。


基本はまずこれ↓

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聖家族が見えるでしょうか。これはベレン屋さん(そういうものがあるのです)で撮ったので、後ろや周りにその他の人たちや動物などがいろいろ売られています。


街の住人はたくさんいますが、大体職人さんが多いです。この人は一体何を売っているのかちょっとわかりませんが、豆シチューか何かだと思います。

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このほか食べ物の模型だけでもやたらと本物っぽい野菜にパン、目玉焼きにソーセージに果物、チーズなどいろいろ作られています。肉屋さんの模型は大体豚を殺していてハムが飾ってあったりします。連れがぼそりと「でもユダヤ人は豚肉は食べないんじゃないの」とつっこんでいましたが。細かいことは気にしない、というかスペインのベツレヘムではやっぱりハモン・イベリコがないと話が始まらないらしい。


もうすぐセビリアの市庁舎前の広場では、毎年恒例のベレン市が開かれます。広場一杯使って、様々な模型を売るのです。小さな小さな食器に動物、食べ物に植物に瀬戸物に家に人間に・・・となんでもあります。これを見ると私はもうその場に根が生えて動けなくなってしまいます。街中に様々なベレンが飾られ、セビリアでは各教会のベレンのリストが作られ配布されます。私のような物好きがそれをいちいち訪ね歩けるようになっているのです。


もっとクリスマスが近付いて、街中にこれが飾られるようになったらまたご報告いたします。あああ楽しみ!!

危険を[感じた出来事・・というタイトルについ反応してしまいました。


というのも、これからどこかに出かけよう、留学しよう、という人にとって、一番気になることの一つではないかと思うからです。


結論から言ってしまえば、もう運の良し悪ししかありません、という感じです。だから逆に、ちょっと盗難にあったからって「ここは危険だ!」と決め付けずとも大丈夫、ということでもあるのですが。


危険、ということでいえば、大学生の頃自分の家に帰るのにひったくりに会ったのが最初でしょうか。ロンドン、ユーストン地区で、家から近いキングスクロス駅から多分つけられてきていたのだと思います。


もう10年以上前のことなのに、覚えているのはやっぱりよっぽど怖かったのでしょうね。印象深かったのは、白人ではなかった彼ら(二人組みでした)のうちの一人が、私の鞄をつかんで、Can I have this please? と言ったことで、pleaseをつけるなんて、泥棒にしてもなんて礼儀正しい、とちょっと思ったのでした。呆然としているともう一人がJust get it! とかなんとかいって鞄を引きちぎっていってしまったのを覚えています。そのとき一緒だった私の友人は、果敢にも彼らを追いかけていって突指してしまいました。


その後いろいろな場所をうろうろしていていも危険な目に会う事はあまりなかったのですが、昨年終りにこともあろうにグラナダで、首絞め強盗に会ってしまいました。12月の冬まっさなか、友人と飲んだ帰りの1時過ぎ、それほど人通りのない道でもなかったのですが、hola? こんばんは、と誰かが言った、と思う間もなく後ろからぐっと首を絞められ、気絶してしまいました。これがものすごく若い三人組みで、多分北アフリカ出身だと思うのですが、20歳そこそこでこんなことしていてどうする、と思ったのを覚えています。


まあどちらの場合もすぐ警察に行ったのですが、現金の持ち合わせがほとんどなく、泥棒には悪いね、という感じでした。ただ後者の場合は運悪くパスポートを所有していて、マドリッドまでその更新にいかなければならない、というハメになったのですが。


というわけで、危険を感じる出来事は、私の場合は盗難が一番多いです。本当にその瞬間は怖い、と思います。ただそれは留学を考え直したりする理由としては弱すぎる気もします。なんというか、自分が明らかに「外国人」「東洋人」の外見をしている場所に住むならば、目立ってしまうゆえに少し危ない目にあうこともまあ仕方ないか、ということでしょうか。よく考えるとそれほどに危ないわけではない、というか。


どちらの場合もすぐ警察に行って、「こんな目にあった」と訴えることになりました。盗まれたお金は本当に小額で、二人とか三人だったら山分けどころか丘分けにもならない、という感じでしたが、警察の対応はどちらの国もしっかりしていました。盗難程度だったらそれほど恐るるにたらない、などという結論はやっぱり間違っていますかね・・・。








フリーランスで仕事をする、というのは会社で働くのに比べれば時間や場所の融通が利くことは間違いないのですが、それでもなかなか思うようにいかないこともあります。

私の場合はインターネットがあるおかげで、グラナダ(なりセビリア)に居ながら日本のエージェントさんと仕事をすることが可能になるわけですが、基本的にあまりお金にはならない翻訳の仕事をフリーでする場合、生活費が東京の半分くらいのアンダルシアに住んでいる、ということがメリットになったりするわけです。それで基本的には満足しているのですが、でもやっぱり両立は難しい。まあ仕事と家庭とか、仕事と子育てとか、恋愛と結婚生活(?)とか、何にしても両立は難しいものだと思いますが、私の場合は勉強と仕事、ということになります。

「時間の融通が利く」-というのはフリーランスの落とし穴で、誰も決めてくれない分、自分でしっかりスケジュールを決めておかないと、休日が全くないという恐ろしい状況になってしまうのです。遊ぶ予定でもなんでも「この日!」と入れておかないと、仕事が来れば嬉しいのでつい受けてしまって、首がまわらん、ということになります。当然勉強する時間もないし、晴れた空を恨めしげに眺めながらずうっとPCの前に張り付いていることになります。これは一つではなく、いくつかのエージェントさんと同時に仕事をしているからでもあり、自分の仕事をきっちり管理する能力が必要なのだと思い知ることになるのです。

ここしばらく仕事が立て込んでいて、大学のほうがすっかりおざなりになっていました。気がつけば11月末には論文のかなり詳しいアウトラインを提出しなければならず、真っ青になっているところです。オマケに腱鞘炎ではないのですが、原稿をばちばちと元気よく力一杯打っていたせいか肩を少し痛めてしまい、馬鹿の一つ覚えのようにただただ仕事を受けるだけではいけないのだ、と自覚いたしました。翻訳の仕事は仕事でとても面白いのですが、フリーランスというのは自立心と自律心の両方が必要なんだな、ということでしょうか。

そんなわけで、一つかなり大型の仕事を逃してしまい(提示された納期で引き受けると、また徹夜続きとか大学がぼろぼろとかいうことになりそうだったので)、ちょっとショックを受けているところです。でもまあショックというだけではなく、これはこれでフリーで仕事をしていく上で学んでいかなければならないことなのかな、とも思ったりします。

時間の融通が利く、というのは「いつ」仕事をするかの融通が利くだけで、「何時間」仕事をするかの融通が利くわけではないということですよね。

世の中で一番大好きなことのなかに、「カフェなりバルなりでコーヒー(かワイン)を飲みながらぼーっとする」ことがあります。ぼーっと座ってコーヒーなどが飲めるところは東京にもだいぶ増えてきましたが、これがあるだけでヨーロッパに住んでもいいや、と思うくらいです。「ぼーっとする」の中には、何もせずただ周りを見渡している、本を読む、新聞を読む、仕事をする、勉強する、人とくだらない話をする、などが含まれます。


この点グラナダにもセビリアにもバルは山のようにあって、まことに有難い限り、という感じなのですが、パリのカフェにギャルソンがつきもの(かどうか知りませんが)のように、スペインのバルにはカマレロ、またはカマレラがつきものです。いざコーヒーを飲もうっと、とバルにいってもそう簡単には飲めないようにできている。


まずカウンターの近くに人が群がっています。テーブルではなくカウンターで飲むことが多いので、ずーっと待っているといつまでたっても相手にしてくれません。人が山ほどいればもちろん、ほとんどいなくても、「いらっしゃいませ、ご注文はなんでしょうか?」なんていうのを期待してはいけないのです。スキを見計らって人の間に入り込み、世界で俺が一番忙しい、という風情のカマレロに「すみません」と声をかけなければなりません。そうすると大体、世界一忙しい彼なり彼女なりは「ちょっとお待ちください」 un momento とか、ahora mismo とお言葉をかけてくれます。


これは文化的なことなのかしら、とも思うのですが、どうもこちらでは「人の会話にえいっと割ってはいる」のは最低最悪のマナーのようです。カマレロが客の一人、もしくは同僚と、実にくだらない世間話をしていたとして、そこに急に割って入り、「ちょっと、コーヒー一杯おねがいね」などと言っても、ふん行儀の悪いやつめ、と軽蔑されてしまいます。その応用編で、たまたまバルに入ったらカマレロが皿を洗っていた、一生懸命(かどうか知りませんが)フォークとナイフを揃えていた、レジでお勘定をしていた、などの場合、おとなしく一段落付くのを待っていなければなりません。日本式にやっていることを全て中断して「いらっしゃいませ」と迎えられると思ったら大間違いです。おとなしくまっているとそのうち、皿が全部洗い終わり、さて「こんにちは、何をお飲みになりますか?」ということになるのです。


そしてようやく「コーヒー一杯、ミルクは熱いのをね」とかなんとか注文すると、やっぱり俺は世界で一番忙しい、というような表情で「今お持ちします」と言ってくれます。その後厨房にいきなり行っちゃったり、どこかに消えてしまったり、「今っていったのにー」と文句言っちゃおうかしらもう、と思うころに、「ミルクは熱いのですよね?」とか何とか言って、とびきり美味しいコーヒーを持ってきてくれるのです。でもここでほっと油断してはいけない。もし急いでいるなら、この瞬間を捉えてにっこり、「おいくらですか?」とすばやく聞き、そのぶんのコインをしっかり渡しておかなければなりません。


でないと、さて出るか、となって支払いをしたくても世界で一番多忙な彼は全然相手にしてくれないのです。絶対見えているのに見ないフリをする、というのはもうとびきりうまくて、ああああ忙しいという調子で、お財布を握ってカマレロと目を合わせようと四苦八苦している客のことなんか知らん振りです。これは一体どういうことなのか、計算が面倒くさいのか、もういっそこのままハデに逃げ出したら追っかけてきて、お勘定を受け取ってくれるんじゃないかしら、というくらいです。でもそれを実行に移す前に絶妙のタイミングで、目をちらりとこちらに向けるので、なんとか支払いができるのです。


バルのカウンターでじりじりとカマレロの目線を追うたびに、「うう東京ならフォークを数えていて客を無視する、なんてないのに」と思うのですが、いくらさっと相手をしてくれても出されるコーヒーが美味しくなかったら仕方ないよな、とも思ったりします。そうやってイライラしていると、しらばっくれていきなりまだ何も頼まないうちから「たしかミルクは熱いのがお好きでしたよね?」ときたりして、うーん、カマレロは不思議な人種です。

新聞や雑誌を買うのは、基本的には本屋ではなくて街角のキオスク(プレンサといいます。press、「メディア」と同じ言葉です)です。ほかにタバコ(1本から買えます)やポテトチップス、ガムなどいろいろ買えますが、そのほかにもごっそり売っているものがあります。


日本ではパートワークと呼ばれているものです。なんというのか、本や図鑑を小分けにして毎週売っていると言えばいいでしょうか。「古寺を行く」シリーズとか、「戦艦大和」シリーズとか。毎週薄い分冊と、付録が発売されて、例えば百週間買い続ければ、すべての付録パーツが揃って戦艦大和ができあがる、というようなものです。


これが異常に人気がある。というかもうほとんど出版物の域を超えていて、出版社から「シリーズもの」「パートワーク」の名の下、ほぼありとあらゆるものが売られています。例えば「昔風の素敵な各社の腕時計(もちろんレプリカ)」とか、「豆本で読む名作(豆本サイズのセルバンテスやシェイクスピアが毎週一冊発売されます。誰がそんなものを読みたいと思うのかは謎ですが)」とか、「天然石のパワー(小さな石のサンプルつき)」とか。まあ天然石シリーズくらいなら日本にもあるかもしれませんが、そのほかにも「扇シリーズ(フラメンコで使うようなきらびやかな扇が毎週一つ発売されます)」とか、「万年筆シリーズ」とか、もう何がなんだかわからないシリーズがたくさん出版されています。


例えばこんなのもある。これもキオスクで売っているのです。

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これは「天使」シリーズ。毎週天使に関する小冊子と、一つだか二つだかの天使の置物が買えます。このほかにも毎週ホンモノそっくりの家具が一つずつ買える「人形の家」シリーズとか(家そのものは、最初とか最後についてくるのです)、戦車が一つずつついてくる「軍隊物」シリーズとか、もういろいろあります。


買い始めるとついそろえたくなる、という収集癖をあからさまについた戦略です。これが決して安くはないのに、山のようにいろいろなシリーズが出ているところをみると、こちらの人は案外コレクターなのかもしれません。


この戦略、出版社だけではなくて新聞社も応用しています。こちらの新聞はやたらと付録が多く、しかもシリーズものの付録をつけるのです。新聞代に数ユーロ上乗せして、毎週名曲CDシリーズとか、有名作家の作品(本がまるごと一冊付録でついてきます)とか、コーヒーカップシリーズ(コーヒーカップが本当についてくる!)とかを揃えることになります。そのほかにも図鑑だのガイドブックのシリーズだの、DVDだの、とにかく何でもありです。


とか言って、私もしっかりはまったことがあります。エルパイス紙が数ヶ月ほど前にやったシリーズがこれ。

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各国のレシピブックを、1ユーロだか2ユーロで数週間の間つけたのです。これは大人気で、キオスクに買いに行くと売り切れ、なんていうことがよくありました。ああ乗せられている・・・と思いつつ、ううむ、収集癖を刺激されると人間って弱い・・・でもこちらの人の家は、様々な新聞だのパートワークの付録で溢れかえっているのではないか、と思ったりもするのですが。

11月4日付けのエルパイス紙の記事から


まだ本人かどうかの確証はとれていないようですが、10月の31日にパキスタン北部、アフガニスタンとの国境近くの町、クエッタでアルカイダの幹部とされる男性が逮捕されました。ムスタファ・セトマリアン・ナサールというシリア系スペイン人で、昨年3月11日のマドリッド、アトーチャ駅列車爆破テロのブレーンだとされています。


ぎょっとするのは、47歳のこの男性、スペイン人に帰化し、スペイン人の女性と結婚していて子供もいるのです(家族は現在中東にいるそうですが)。そして10数年間スペインに住んでいたのですが、マドリッドに短期間、あとはグラナダに居たのです。街の中心、以前ちょっと書いたテテリアなどがあるエルビラ通りのみやげ物屋さんで、アラブ風の小物を売っていたそうですが、はっきり言ってうちのご近所さんです。そういう店なら今でもいくらでもあるし。


実はこれがはじめてではなく、半年ほど前にも、グラナダでビン・ラディンのインタビューを行ったアル・ジャジーラの記者が逮捕されています。実際に友人の友人はグラナダでアル・ジャジーラの仕事をしていたりして、なぜこんな小さな街に特派員がいるのか不思議に思ったりします。小さなこの街の水面下で、実は結構やばい動きがあるということでしょうか。ヨーロッパ南端で移民の通過点となる場所であり、小さな割には外国人のコミュニティがあるのでいろいろと動きやすいのかもしれません。


そのうちにご紹介したいと思っていますが、グラナダにはちょっとしたアラブ人街(というほど大きくありませんが)があります。うちのすぐ近くです。ここではスペイン語よりもアラブ語のほうをよく耳にするのですが、このようなニュースがあると、ここでアラブのお土産を売っているあの人もこの人も、何か知っているのかしら、とかんぐってしまって嫌になります。


実際、こういったコミュニティで普通に暮らしている人をテロリストに変えるものは何なのか、案外ことの重大さを認識しないで、ふらりと転んでしまうこともあるのではないか、と思ったりもします。スペイン人と結婚して、こちらに住むことを選びながら、一体どこで方向転換してしまうのでしょう。


身近すぎて、ちょっと恐ろしい話です。

またセビリアに来ています。セビリアでは昨日からEU各国の監督が出典する映画祭がはじまり、二週間で166本の映画が上映されます。昨日はアルゼンチンとフランスの合作を一本、今日はスペインとイタリアの合作を一本見てきましたが、うーむイマイチ。明日も見に行くので、何かいいものがあればご報告いたします。


それはおいておいて、今日はちょっとタイルのことでも。全体的に白の多いグラナダに比べてセビリアの建物がカラフルだ、ということは以前にも少しだけ書きましたが、それは建物自体が赤や黄、オレンジに塗られている、ということのほかに、小さな柱やタイルなどの装飾がなされている、ということもあります。


この「建物の内装にタイル」というのは、例えばアルハンブラ宮殿なんかにもありますが、現在でも装飾に使っている、ということでは、グラナダよりもセビリアでよく見る気がします。建物の入り口、またバルなどの内装によく使われています。大体床から1メートル半くらいの高さまで、壁に幾何学模様のタイルをびっしりと貼り付けるのです。↓こんな感じ。


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ムスリムの時代の装飾が残っているのですが、数年前初めてセビリアに旅行したときには、このヨーロッパ離れした美しさに感動してしまいました。思うのですが、このムスリムの幾何学模様(・・・箱根名物の寄木細工にそっくりですが)には、平面的な美しさがありますよね。彫刻とかで立体的に飾り立てるのではなく。それにタイルの冷たさ、というのがアンダルシアの暑さの中で涼しげな感じがします。ちょうど日本の夏の風鈴のように。


このタイルですが、近くで見ると、こんな感じです。


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これはきちんと焼かれた、いいタイルのようです。バルの壁なんかに貼ってある明らかに安物のタイルだと、模様が焼き付けてあるかわりに印刷してあったりします。

この気が遠くなりそうな模様はムスリム時代からの伝統あるものですが、今でもタイル屋さんに売っています。この模様はタイルだけではなく、例えば透かし窓や、建物の扉などにも使われています。


セビリアでお洒落だな、と思うのは、この幾何学模様のタイルを一見目につかないようなところにも使っていることです。窓枠の煉瓦と一つおきにタイルがはめられていたり、床に小さなタイルがはまっていたり。そして極めつけはこれ。あまり明るくないので見難いかもしれませんが、バルコニーの裏側にもこのタイルが使われているのです。


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こんなの、バルコニーの真下を、上を見上げながら歩かないと気がつきません。でもそれがお洒落ですかね。

1999年に出版されたこの短編集は作者のデビュー作であり、彼女はこれでピュッリツァー賞を受賞しています。英国で生まれていますが、インド系米国人のようです。移民二世、というテーマがこの短編集ではインド系移民の視点から、そして時には受け入れ側の米国人の視点から扱われています。また西側に移っていった同胞を見つめるインド人を主人公にした作品もあります。


全編を通じて感じるのは、否応なしに二つの文化を内包して生きていく人たちの不安定さと-何と言えばいいのか、彼らの常に感じている郷愁のような感情です。ある場所にいるということは、別の場所にいないということであり、愛しい人たちや懐かしい街のある「自分の属する場所」が一箇所でない人間は、どこにいても常に他の場所に残してきたものにかすかな郷愁を感じています。自身が移民二世であるこの作家には、成長するなかでその感情がいつも身近にあったのではないかと思います。


何気ない日常生活の風景の中に、そのかすかな痛みが見事に描写されていて、胸をつかれます。私がこの短編集で一番好きなのは、「ピルザダさんが食事にきたころ」という話ですが、これは米国に住む10歳の移民二世の少女がインド系の両親と彼らのバングラデシュ人の友人との親交を思い返す、という設定で書かれています。時代は1970年代前半、バングラデシュがパキスタンから独立するために戦っていた頃です。政府から派遣されて、米国の大学で研究を行っているピルザダ氏は、故国のニュースをテレビで見るため、少女の家を頻繁に訪れます。紛争のため、国の家族とは半年間も連絡がつかないまま時間が経ち、やがて研究を終え、家族を探しに彼は故郷に帰っていくのです。少し長くなりますが、抜粋してみます。


何ヶ月かたって、イスラム暦の新年を祝うカードが、ピルザダさんから届いた。短い手紙も来た。妻子との再会を果たしたと書いてあった。みんな無事だった。シロングという丘陵地帯に妻の祖父母の家屋敷があり、そっちへ疎開していて助かったという。七人の娘はちょっとずつ背が伸びていたが、そのほかは変わっていなくて、あいかわらず名前をまちがえそうになっているそうだ。すっかりお世話になりましたという手紙の結びに添えて、今では「サンキュー」の意味がしみじみわかるようになったと思うが、それだけでは感謝の気持ちを伝えきれない、とも書いていた。

うれしい知らせがあったお祝いに、その晩は母が夕食に腕をふるった。いつものコーヒーテーブルで席について、水のグラスで乾杯をしたのだが、このとき初めて私はピルザダさんがいないことを噛みしめた。ピルザダさんに、と言いながらグラスをかざしたわたしは、このとき初めて、はるかに遠い人を思うということを知った。何ヶ月ものあいだ、ピルザダさんはこういう思いを奥さんや娘さんたちに抱いていたのだ。

もう来るはずのない人だった。また会うこともなかろうねと父母は言い、そのとおりになった。一月以来、毎晩寝る前に、わたしはピルザダさんの家族の無事を念じて、とっておいたハロウィーンのキャンディを一つずつ食べることにしていた。この夜は食べなくてもよかった。やがて、みんな捨ててしまった。


*         *          *


この本で忘れてはならないのはもう一つ、翻訳の素晴らしさです。穏やかに流れるような文体で、しんと心に迫ってきます。この作者の新作が2003年に出版されていますが、確かこれも小川高義氏の訳で日本語になっていたと思います。まだ読んでいませんが、ぜひ読まなくては。

暮らしていけるわけがないじゃない、と思うようなお給料が、ここでは平気でまかり通っています。違法の長時間労働・サービス残業、ということもあるけれど、移民問題もからまった雇用側の確信犯、ということも多く、聞いているとせつなくなるような話もたくさんあります。


ある友人は、モロッコ、ラバット出身の女性で、アラビア語・フランス語・スペイン語に堪能、その上英語もかなり上手、という語学の達人ですが、合法的にスペインに移住しようとすると、まずはスペインの法人に雇用してもらわなければなりません。そしてアラブ風お風呂(サウナみたいなもので、グラナダの観光施設になっています)の受付の仕事をやっと見つけたのですが、契約は三ヶ月、そして時給にすると三ユーロにも届かないひどい労働条件です。1ユーロ140円としても1時間420円、しかも受付の仕事だけではなく、掃除やお客の残したタオルの運搬など、一日8時間の労働時間中は休む暇もなく働いています。


1時間3ユーロ。感覚的にここでのお金の価値は、東京での二倍くらいですが、彼女の契約はその上、最初はフルタイムではなく、休日のみの労働なのです。月収260ユーロ。これではどうやっても食べていけません。以前バルのウェイターをしていた友人は、一日10時間、週六日間働いて月に800ユーロの給料を稼いでいました。これも1時間4ユーロに満たない給料です。月に800ユーロあれば、ここでは食べてはいけますが、労働時間には全然見合っていません。


アンダルシアが貧しいのかな、と思うのはこういうときです。そして人口30万人のグラナダに居て、この小さな街で普通に仕事を探そうと思うとこのように厳しいのだ、と思い知らされるのも。上記のモロッコ人の友人は、グラナダでコネなしでまともな仕事を探すのは無理だと言います。それも当たらずとも遠からずで、この小さな街には昔から有力ないくつかの家族が居て、メディア業界はこの家族、大学関係はこの家族、というふうにがっちりと固まっており、まったくコネなしでこれらの業界に入りこむのはかなり難しいのです。大学は国立ですが、それでも教員が募集されたとき、全く外部からの人間を雇用することはほとんどないといいます。実際、同じ学部で親子とか親戚が教えていることも多いです。


そして恵まれた少数の人たちがいる一方で、上記の友人や大学の友人は信じられないような安い時給だの月給だので雇われています。移民だけではなく、コネがなければ誰でもそうなのです。公務員が人気職なのもなんとなくわかるような・・・。


外国から来て、グラナダから糧を得ることなくここにただ住んでいる私のような人間にとってはここは素晴らしい街だけれど、ここで人生を切り開いて行くのはとても難しいのかもしれないなと思います。グラナダの倍以上の人口があるセビリアでは状況は大分いいのかもしれませんが。


ヤミ経済が発達していたり、公務員が人気職だったりするのにも理由があるのだな、ということです。






電車の中からでも、街を歩いていても、「多いなあ」と思うのが落書きです。さすがに観光で食べている街なので、旧市街のアルバイシンの真白な建物の壁とかの(白いから描きたくなるのかもしれませんが)落書きは時々塗りつぶされていますが、それでもめげずにいろいろなところに、いろいろなことが書いてあったり描いてあったりします。


文字だけの落書きだと、意味不明なものと、ちょっと政治的なものとがあります。前者はまあいろいろですが、例えばこのアルバイシンのある一角に、赤いスプレーでものすごくヘタクソなカタカナとひらがなで、「ファンさん」と大書してあるのを私は知っている。多分このJuanさんは、ちょっと日本語を練習してみて、書いてみたくてたまらなかったのでしょう。後者だと大体首相の悪口とか、野党与党の悪口が書いてあります。時々「ガイジンが多すぎる。旅行者出て行け」とか観光都市にあるまじきコメントや、フェミニストが書いたものも見かけます。


絵が入ってくると、こちらもピンからキリまであって(ピンとキリのどちらがいいのか、私は知りませんが)、本当にただのラクガキもあれば、こんな大作もあります。

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これは大聖堂のすぐ裏の広場にあるものですが、ものすごく大きい。そしてとても上手ですよね。これは消さないで残してあるのではないかと思います。この作者かどうかはわかりませんが、何人か有名な「落書き画家」がいて、店のシャッターに絵を描いたり、カフェの内装を頼まれてやっているようです。大学の語学センターのすぐ近くにある、時々いくカフェの壁にも、同じような画風の絵が一杯に描かれています。


セビリアにもこのような落書きの大作がたくさんある場所があって、なんだか見ていると羨ましくなってきたりします。大きな大きな壁一杯に、だーっと何かを描くのって気持ちいいに違いありませんね。危険か・・・?


でもあまり芸術的ではないかもしれませんが、私がグラナダ中で一番好きな落書きはこれです。翻訳・通訳学部のすぐ近くに描いてあります。


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なんだかこのとぼけた表情と、公共の場の落書きのクセにちゃんと礼節を知ってゴミ箱になにか捨てているところがいいじゃないですか。毎朝のように見ていますが、このヒトも多分消さずにとってあるんじゃないかと思います。そのうち名前でもつけようかな。


大作が多い割には、実際に描いているところを見かけたことはありません。夜中に描いているんだとしたら、明かりやペイントやら、準備がいろいろ大変そうですよね。でもいつか機会があったら、それに大きな塀でもあったら、うーん私も一回くらいぜひやってみたい・・・かもしれない。