スペイン語は英語と結構似ているなー、などと普段は考えているのですが、時々面食らうことがあります。単語が違う、文法が違う、ということのほかに、たまに「これはもう考え方が全面的に違うのでは」ということがあるのです。


書き出すといろいろありますが、ここではひとつだけ。スペイン語には受動態の形がいくつかあるのですが、その中に動詞の三人称のアタマに se をつける、というものがあります。つまり、「言う」の原型が decir、これが三人称の「彼は言う」で dice、更に se をつけて、se dice「(一般に)言われている」となるわけです。この形は、なんというか、問題の動作を行っている人がはっきりしていない場合に使われます。つまり「一般に」言われている、ということであって、私は「あの人に」こう言われた、というような場合には使いません。


ふーん、などと思っていましたが、そのうち何かで以下のような文章に行き当たりました。


Se me ha caido el vaso.


Me は「私に」、ha caido は、動詞 caer (落ちる)の三人称単数現在完了形です。 el vaso はコップ、そして文章のアタマにさきほどの Se がついています。


私に(対して)コップが落ちた?


と直訳すると意味不明の文章になってしまうのですが、よくよく聞くとなんのことはない、要は「コップ落としちゃった」と言っているわけです。でもこれがよくわからない。なぜ se を使うのか?落とした動作主は明らかに「私」です。それなのこれだと、まるでコップがどこかから忽然と現れ、勝手に落ちたような感じがします。


なぜか?と聞くと、「だってこの場合は別に落とそうと思ったわけじゃないから」というお言葉。それでも、落とそうと思っていようがいまいが、英語でも The glass was dropped on me なんて言わないし、日本語でこういうとき「コップ落ちちゃった」などと言うと、そばにいる誰かに「落ちたんじゃなくて、落としちゃったんでしょ」とぴしりと注意されたりします。別に責めているわけではなくても、動作主が誰か、ということははっきりしているわけです。


でもスペイン語ではこれが違う!手がすべってコップが落ちたのは、「私の動作ではない」のであり、しかも「私に対して降りかかってきた(不慮の)出来事」と捉えられる、ということなんでしょうか。え!わざとじゃなくてもやったのは自分じゃない!とつい言いたくなるのですが、そうではないらしいです。これは受身の文法云々の問題ではなく、もう考え方が違うんだ、と思ったのでした。


こちらではめったに「ごめんなさい」と言わないのですが、そんなこととも関係しているのかな、とちょっと思ったりもします。「自分のせい」という範疇が、どうも違うらしい。まあコップが、「自分に対して勝手に落ちた」のであれば、確かにその場合は謝る必要はないわけですねえ・・・それでもついやっぱり、この文型を耳にするたびに「自分が落としたんじゃない!」と言いたくなってしまうのですが。



数年前にはじめてアンダルシアに旅行で来たとき、「素晴らしい!」と感動したのはワインの安さでした。しかもとても美味しい。そこらへんのバルだと、そこそこ美味しいワインが一杯大体2ユーロくらいでしょうか。旅行で、その頃全くスペイン語のできなかった私が最初に覚えたフレーズが、Una copa de vino tinto y aceituna por favor (赤ワインをグラス一杯とオリーブを下さい)でした。うーむ情けない。ワインが大好きなもので。


しかし住んでみると、一番周りで飲まれているのはなんといってもビールです。朝でも昼でも、もちろん夜でも飲んでいる人がいる。ここではなんと、ビールのほうがコーラなどのソフトドリンクより安いのです。いいんですかね。大体ビール一杯1.2ユーロくらいで飲めます。


でもそれじゃあ、アンダルシア人は酒飲みなのか、というとそれがどうもよくわからない。ひっきりなしにちびちびビールを飲んではいますが、しゃべるのに忙しいらしく、あのバケツのようなパイントグラスで浴びるようにビールを飲むイギリス人に比べるとかわいいものかも、という気もします。でもその割りには、バルに「朝食メニュー:3.5ユーロでトースト、卵、ハムとコーヒーまたはビール」なんていうのがあったりします。そのメニューを頼んでいる人はまだ見たことありませんが。


それにカクテル系(っていうのか)がものすごい。こちらではウィスキーやラムなどをソフトドリンクで割ったものは一般に Cubata クバータと言いますが、気前のよさが並じゃありません。背の高いコップに、ゆうに半分くらいはどくどくとウィスキーを注ぎ、いざコーラを上から注ごうとすると・・・全然入りきらないのです。「ハイ」てな感じで、コップとまだ半分以上残っているコーラのボトルを渡してくれます。飲みながら、少しずつ足していくのです。


そして何より飲んでいる時間が長い。バルで飲んでも結構安いのですが、朝の7時くらいまで飲んでいるので学生や若者にはやっぱりお金がかかるため、ここ数年は、お酒を買ってきて道端とか広場で数十人からときには数百人単位で!座り込んで飲むのが主流となっています。これは「瓶」 botella から派生した単語で botellon ボテヨンと呼ばれていますが、毎朝酔っ払って家に帰る若者が戦場跡のようなゴミを残していくので、社会問題となったりしています。ちなみに私は年寄りなので、これはほとんどやったことがありません。


朝スーツ姿でバルで一杯、透明のなんだか強そうなリカーをきゅっとひっかけていく人も見かけたことがあります。アル中か?と心配になりましたが、結構そういう人もいるんですって・・・けれどやっぱりこれは、ビールのほうがジュースより安いのが悪んじゃないですかねえ。朝会社に行く前に飲むなんてちょっと穏やかじゃないかも。




なんだこのタイトルは・・・と思われるでしょうか。でもここスペインではヘンな顔をたくさん見かけるのです。街中で。


基本的に人間や動物のモチーフを装飾に使用しないイスラム美術と違って、少なくともここスペインにおける後期ルネッサンス様式、バロック様式の建物や噴水にはやたらと人の顔、もしくはなんだかよくわからない生物の顔のモチーフが扱われています。教会の扉などもしかり。なんとなく「手がこんでるなー」くらいの感じで感心して見ていたりすると、ぎょっとすることがあります。


例えばこれは、セビリアの市庁舎です。これは正面ファサードの裏側ですが、とにかく壁中びっしりと彫り込まれていて、なんというか豪華極まりない感じです。後期ルネッサンス様式だったと思うので、16世紀の終わりごろのものではないかと思います。しかしこれを近くまで行ってよくよく見ると・・・ヘンなんですよ。


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例えばこれ。扉のひとつにある小さなモチーフですが、なんなんですかこれは。トリと骸骨を掛け合わせたようですが、一体なぜ?しかも二人(?)つながってるし。


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学校で習ったところでは、後期ルネッサンス様式の建築物にはこういう動物や、植物と人間の掛け合わせのようなモチーフが多く見られるのだそうです。しかしなんですか、デザインした人の想像力を競ってるんでしょうか。よく見るとトリでもない、ドラゴンですかね、この羽は。


そして壁面にまたヘンな人を発見。


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この人は一体何?! 今度こそトリと人の合いの子のようですが、ギリシア神話にそんな人が出てきましたけれど、あれは確か美女だったような気が・・・。この人の顔はどう見ても男です。しかもどこかの宮廷人みたいなカツラまでつけちゃって、それでこの体・・・。


という感じに街中にヘンな顔が、しかも結構ひっそりとあったりするので、つい建物をじろじろ眺めるクセがついてしまいました。市庁舎や噴水だってどうかと思いますが、一体これを教会に彫るのってどういうんでしょうか。なんだか夜中に奇声でもあげそうな感じですが。

昨日からセビリアに来ています。仕事もなんとか一段落ついたので、のんびりです。休日はいいですねえ。


今日は11時ごろごそごそ起き出して、マーケットへ。肌寒くなってきたグラナダと違い、ここは半袖でいてもまだ汗ばむ陽気です。人の波をかきわけ、シジミ300グラム、スルメイカ一ぱい、白身魚のフィレを二枚買い、それから生きのいいセロリやトマトやきゅうり、茄子にピーマンにじゃがいも、ブロッコリ、パセリ、みかんなどを買い込みました。お昼ごはんは、魚とイカと貝、それからセロリとニンニクとパセリとタマネギの入った arroz marisco (魚介類入りご飯)に、トマトとレッドオニオンときゅうりのサラダ。ワインはポルトガルのヴィニョ・ヴェルデ、発泡性の弱い白ワインで、晴れたお昼によく合います。


セビリアは散歩にぴったりの街です。お昼のあとは、散歩に出かけました。河らしい河のないグラナダと違い、ここセビリアにはグアダルキビルという河があります。この名前はアラビア語から来ていて、グアダルが河、キビルが大きい、という意味なのだそうです。パリのセーヌ、ロンドンのテムズじゃないですけど、やっぱり街には河があるほうがいいですよね。


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この河に沿って、闘牛場だの、コンサートやオペラの行われるマエストランサ劇場などがあります。ちょっと暑いけれどなかなかいい散歩道で、ところどころカフェが椅子やテーブルを出しています。河くだりの遊覧船もあって、晴れた日には結構楽しめます。といっても、ほとんど毎日晴れているのですが。


今日はマエストランサ劇場の隣に、今まで気がつかなかった小さな公園を発見。本当に小さいのですが、緑が一杯の綺麗な公園でした。グラナダと比べてこの街には椰子の木が多く、南国だなあ、という気になります。建物も黄色やオレンジが多いせいかもしれません。もうすぐ街中の木になっているオレンジが熟して(今はまだ緑色です)、一層南国らしさを引き立ててくれます。


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公園のあとは、まただらだらとそこらへんを歩き、お店などのぞきながらゆっくり帰ってきました。途中どこかの庭に、ジャスミンを発見。スペイン語ではハスミーナです。小さな花ですが、その芳香は驚くほどで、甘く強い香りの奥に、あのジャスミン茶特有のさっぱりした匂いがします。瓶につめて、香水にしたいくらい香りのよい花です。


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ここら辺にはたくさん咲いている花ですが、夏は部屋に置いておくと蚊がよってこないのだそうです。この花は、いろいろな国で女性の名前になっているようで(ジャスミン、ヤスミンなど。森茉莉さんの「茉莉」もそうですかね)、香りの高さが世界中で愛されているのだな、と思います。


ちょっと花を失敬して、そのままぶらぶらと帰ってきました。開けた窓から下の街のざわめきが入ってきます。みんなのんびり、休日を楽しんでいるようです。



スペインに留学している大学院生や、仕事を探す外国人がよく口にするのが homologacion、オモロガシオン という言葉です。日本語でも英語でもなんというのかよくわかりませんが、「同定化」とでも言うんでしょうか。要は外国で取得した大学の学位などを、「スペインで取得したものと同等」と認めてもらう、という手続きですが、これがなかなか一筋縄ではいきません。さすがスペイン。


オモロガシオンが終わらない、とか単位が足りないからこれからスペインの大学で取って来いと言われた、などと周りでぶちぶち人が言うのを聞くたび、大変ね、あたしには関係ないけど、などとヒトゴトのように思っていたのですが、そのうち大学院に行くことになり、ヒトゴトどころではなくなってしまったのでした。


基本的にはこれは、1)大学の卒業証書、2)修士をやっていればその卒業証書、3)取得科目、単位および試験の点数をすべて書いたリスト、4)上記の書類を公認翻訳者がスペイン語に直したもの、を教育省に提出すればよいのですが、ふーんそれだけ、かというととんでもないのです。


まず上記の書類を本国の大学から取り寄せて、スペイン語に翻訳するのに、「公認翻訳者」を探してくるのですが、この traductor jurado というシステムが曲者で私には許せない。要は国の試験をパスした翻訳者ですが、翻訳文書に「公認翻訳者●●が訳した」という判、およびサインをしてくれます。なんと!この判があるかないかで1ページの翻訳料金が10ユーロも違うのです。


私の場合大学は英国だったので、書類は全部英語ですが、日本の大学の場合は翻訳料金がものすごくかかりそうだな、という気がします。確かEU圏外の大学だと、その国の文部省の書類とかも必要になったと思います。


しかし同じEUなら話は早いか、というととんでもない。このプロセスは1年2年かかって当たり前、と言われています。なぜかは不明。それで私も去年の10月にこのプロセスをはじめたのですが、まだ終わっていません。


というのもイギリスの大学は専攻にもよりますが、大体学士が三年間、修士は一年間なのです。私は心理学を専攻しましたが、それがこちらの大学では学士が五年間。それで「たったそれっぽっちで、おいそれとは同等と認めてやれないね」ということになってくるのではないかと思います。本当にそういう感じなんですよ。


私の場合は、この夏に、教育省から「同等と認めないでもないけど、この四つの単位が足りないからスペインの大学でとってこい」と、昔散々やった心理学の教科を四つ並べたお手紙が来て、「全部もうやったわよ」と言うためにまた英国の大学から昔のコース説明書を送ってもらい、これを公認翻訳者に訳してもらい、提出して・・・というのをやっと終えたところです。運がよければ?今年中にお返事がくるでしょう。


この「おいそれとは認められるか」というのは本当にそうで、私の友人のイタリア人は、イタリアで「イタリア語・文学」の学位をとって、スペインでオモロガシオンをしているのですが、なんと!「イタリア語学史」と「イタリア語文法」の単位が足りないからスペインの大学で取って来い、といわれたと怒っていました。「イタリア人の僕に言うか?」言うんですよ、ここでは。スペインのお役所仕事をなめちゃいけない。


しつこく毎日アルハンブラのことを書いておりますが・・・これで終わりにいたします。


アルハンブラの宮殿のなかで、多分もっとも有名なのがこのパティオではないでしょうか。Patio de los leones、「獅子のパティオ」です。真ん中の噴水を支えている12頭のライオンの彫刻からこの名前がついています。パティオの中に入れないため、アップでとれなくて残念ですが、ライオンというよりはなんだか狛犬みたいな彫刻です。もとはこれら12頭のライオンの口から噴水の水が出ていたそうで、なんかどうかねえ、という気もしますが。

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パティオ、中庭はムスリム建築では、生活の中心だといわれます。このパティオは四つにしきられ、今は砂利がしきつめられていますが、もともとは庭園だったのだそうです。四つは世界の四方向を表し(世界の四大河を表す溝で区切られています)、真ん中の噴水は世界の中心にあると考えられていた山を表すのですって。どんな山だか知りませんが。噴水にはグラナダ出身の詩人の作品が彫られています。水について詠ったものですが、サルタンの寛容さを暗示しているのだそうです。


たくさん柱がありますよね。この宮殿のパティオの周りには、100本を超す柱があるのですって。噴水や庭園をオアシスに見立てると、柱は椰子の木のシンボルでもあったと考えられます。この柱をアップでみると、こんな感じです。


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これは違う宮殿の柱ですが、形は同じで、オリジナルの色が最もよく保存されているものだそうです。大理石に彩色した青、赤や緑もかすかに残っています。柱頭の一番下と一番上の部分はアラビア装飾文字、その間をずっと植物のモチーフが埋めています。貝殻も見えますね。この柱はアルハンブラにはたくさんありますが、他のところではあまり見かけたことがありません。モロッコとかにいけばありそうな気もしますが。コリント式のような、ギリシア様式の柱頭とかなり違いますよね。


今はスペインで一番訪れる観光客数の多いこのモニュメントですが(年間200万人ですって!)、信じられないことに、たった100年ちょっと前にはここはちっとも観光地ではなかったのです。スペインでは有名な米国人、ワシントン・アーヴィングが1829年、マドリッドからグラナダに旅行し、ここでアルハンブラについての物語を書きました。贅沢なことに彼は、アルハンブラの敷地内に暮らしていたようですが、当時はここの宮殿や庭園はほったらかしで、荒れ果てていたのですって。結果的には彼の書いた「アルハンブラ物語」がきっかけとなって、忘れられていたこの美しい王宮の大修繕がなされ、現在のアルハンブラができあがったのです。


豪奢な宮殿が荒れ果てて、ほとんど訪ねる人もなく、ただひっそりと昔の夢をみている、というのも風情がありますよね。


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アルハンブラ宮殿の装飾には、大きくわけて三つのモチーフが繰り返されています。一つは昨日ちょっと書いたコーラン、詩歌などのアラビア語の装飾文字、二つ目は植物、三つ目は幾何学模様です。ムスリム美術では、一般に人間や動物などを扱うことは偶像崇拝につながるとして禁じられています・・・といいますよね?でも美術館なんかで中東の古いお皿とか、よくよく見ると動物がいたり、馬に乗った人物像が描かれているのも見たことがありますが。そこらへんは謎です。


でも全体的にそういう風潮があるのは間違いないと思います。それでアルハンブラに居ても気がつくのは、びっしりと壁が装飾で覆いつくされているにもかかわらず、とても静かな感じがするということです。画や彫刻などの「目」「視線」がないんですね。


植物のモチーフは、例えばこんな感じです。


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ちょっとアップで撮りすぎましたかね・・・宮殿の装飾の一部ですが、花やアカンサスの葉(hoja de acanto といってよく繰り返されるモチーフです)、松の実などモチーフが見えます。アカンサスの葉がいわゆる唐草模様の元祖なんでしょうか。そこはよくわかりませんが、そんな気がしませんか?


このような装飾は宮殿の壁やアーチをびっしりと覆っていますが、石を彫ったものではなく、しっくいで作られています。もともとは様々な色に塗られていたようで、時々緑や青の色がかすかに残っているのがわかります。


幾何学模様のモチーフも、タイルやしっくいで作られています。タイルだと、こんな感じ。宮殿の「二姉妹の間」のリンダラハの張り出し窓です。


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壁の下半分を覆うタイルがそれです。なんだかやたらと窓辺が低いのは、そこに座って外を見るためだったのだそうです。この幾何学模様はなんだか入り組んでいて見ていると目が回ってきますが、これをきっちり計算してデザインするにはとても数学が得意でないといけないそうで、そんなところでも感心してしまいます。


幾何学模様とか計算といえば、この装飾もそうです。天井などに多用されています。モカラベといって、小さなアーチをたくさん組み合わせ、まるで蜂の巣のような形をつくります。光があたったときに、明暗が作り出す複雑な効果を楽しんだそうです。うーむ・・・これもしっくいで作られています。少し青色が残っていますね。下のほうにアラビア文字の装飾も見えます。


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この気の遠くなるような装飾をつくった職人達はすごいですよね。更にすごいなあ、と思うのは、しっくいで作られたこれらの装飾は比較的すぐに痛むため、現在でも痛んだ箇所は取り替えている、ということです。今回ではありませんが、以前宮殿を見ていたら修復中の部屋で、非常に若い職人たちが数人で(女性もいました)コツコツこの模様を彫り込んでいるのです。すごい・・・装飾にしっくいを使用したのは、地上に存在するのはすべて仮のものであり、永遠なるのはアラーのみ、という考え方と合致しているそうです。つまり永遠に残るようなものを建てよう、とは思わなかったんですね。


グラナダといえばなんといってもアルハンブラです。本日は、日本から来ている家族のお供で久しぶりに行ってまいりました。入場券を買うのに一時間並び、入ったら入ったであまりの広大さに、見物に三時間はかかってしまいます。


それでもやはり見る価値は大ありです。スペインの中で最後までムスリムだったグラナダのナサレ王朝は、13世紀に生まれました。イサベラとフェルナンデスのカトリック両王に返還された1492年まで、この王朝がグラナダを治めることになります。丘の上にそびえるアルハンブラは、このスルタンの王宮、そして城だけではなく独立した機能(モスク、公衆浴場、軍隊、商業など)を備えた小さな城下町だったのです。


入場すると、あまり広くてどこから見ようか迷ってしまいますが。まず夏の離宮、ヘネラリフェ(1319年)はこんな感じです。


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向こうに見えるのが離宮です。プライベートな離宮なので、メインの宮殿ほどの装飾はありません。パティオの噴水がとても涼しげですが、水はイスラムの庭園の最も重要な要素だったのだそうです。「流れる水」や、「水音」が大切だったようで、アルハンブラ中いたるところに小さな噴水などがあります。


ムスリムにとっては庭園が天国のシンボルだったそうで、水の重要性はそこからきているようです。もともとは砂漠の民の宗教だったイスラム教においては、天国すなわち水と植物のあるオアシスのイメージだったのです。なるほど!と思いませんか?


水は生命と、そしてなんと「もてなしの心」のシンボルだったそうです。これも「砂漠」がキーワードだと考えると納得がいきます。王宮の各部屋に入る入り口には、左右にこのような作りつけのスペースがあります。


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これはアーチのように見えますが、実際には高さ70センチくらいでしょうか。ちょうど顔の高さくらいのところにあります。水がめを置いておく場所だったそうです。部屋の入り口ですから、もてなしの意味だったのでしょうか。周りに彫られているアラビア文字は、グラナダ出身の詩人の作品だそうです。


アルハンブラの装飾というと、唐草模様、幾何学模様と並んで有名なのがこのアラビア語のカリグラフィーですが、これは1)コーランの言葉、2)王など時の権力者を褒め称える言葉、3)詩、の三種類が宮殿のいたるところに書かれている、ということらしいです。アラビア語が読めなくて本当に残念。


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このように壁に沿ってずっと彫られています。ある美術史の先生は、アルハンブラを「壮大な一冊の本」と呼びました。素敵なたとえですよね?そう、いたるところに彫られている詩歌を、読めなくて本当に残念。

森茉莉さんは、森鴎外の娘です。私は鴎外の作品は学校で読まされた「舞姫」その他ニ、三しか読んでいませんが、なんというかあっさりした文体だなあ、という印象があります。あっさり・・・というかごてごてしていないというか。といってもほとんど読んでいないので、何とも言えませんが。


それに比べてこの娘さんは!なんともすごい、まるで綺羅星のような文章を書きます。漢字も当て字も大好きで、とにかく好みがものすごくウルサそうなヒトです。一緒に住んだら絶対気が狂いそう。でもエッセイを読んでいる分には最高です。小説もものすごい耽美小説をいくつか書いていますし、本人はそちらのほうが「自分の芸術だ!」と考えていたようですが、私はこだわりにこだわり、しかも妙なユーモアに溢れている彼女のエッセイのほうが好きです。


この「記憶の繪」は、彼女の幼少時から離婚に至るまでを、さまざまなエピソードで綴ったものです。この人は恐ろしいくらいの記憶力に恵まれていて、三歳のときからの思い出の様々な時間を、色鮮やかに取り出し書き表すことができるのです。彼女が「パッパ」森鴎外に溺愛された(と自分では言っている。でも他の兄弟の書いたエッセイなどを読むと、鴎外はどの子も皆可愛がっていたようですが)のは有名ですが、その父親をはじめとする家族との思い出や、自分が綺麗だと思ったもの、夫のパリ留学に同行して一年間を過ごしたフランスでの日々などが、ユーモアたっぷりに、それでいてぎっちりと隙のない美しい文体で書かれています。


少し抜粋してみましょう。勝手にカッコ内に読み仮名を加えておきます。「フラジィル」のあとのカッコは、原文通りです。


                        *   *   *


「卵」より抜粋


 私の卵好きは食べることだけではない。まず形がすきで、店先に新鮮な卵の群れを見つけると、家に買い置きがあっても又買いたくなる。あの一方の端が少し尖った、不安定な丸い形が好きだ。美しい形である。私は人間の赤子も、あんな殻に入って生まれて、両親で温めるとある日破(わ)れて生まれ出るのだったら、清潔で楽しいだろうなぞと奇妙な空想を浮かべる。新鮮な卵の、ザラザラした真白な殻の色は、英吉利麵麭(パン)の表面の細かな、艶のある気泡や、透明な褐色の珈琲、白砂糖の結晶の輝き、なぞと同じように、楽しい朝の食卓への誘いを潜めているが、西班牙の街の家のような、フラジィルな(ごく弱い、薄い)代赭(たいしゃ)、大理石にあるような、おぼろげな白い星(斑点)のある、薔薇色をおびた代赭、なぞのチャボ卵の殻の色も、私を惹きつける。たべるのには代赭色のが美味しく、薔薇色をおびて、白い星のあるのはことに美味しいが、楽しむために、真白のも買ってくる。朝の食卓で、今咽喉に流れ入った濃い、黄色の卵の、重みのある美味しさを追憶する時、皿の上の卵の殻が、障子を閉めたほの明るい部屋のように透っているのを見るのは、朝の食卓の幸福である。卵の味には明るさがあり、幸福が含まれている。



・・・という具合に続いていくのです。なんというか、日本語の美しさを感じる。それに描写がこのとおりで(卵ですよ、卵!卵の殻から西班牙の家の壁まで心が飛んでいくのはすごい)、ああこの人は生きるのが上手だなあ、と思います。人生が楽しそうですよね。


この人のエッセイはどれも大好きですが、「贅沢貧乏」が一番有名だと思います。この「記憶の繪」も、読むたびに綺麗なものをたくさん見せてもらったような気持ちになります。

このブログを読んでくださる方の中に、スペインで1)就職したい、2)大学・大学院に留学したい、と考えている方がいるかどうかはわかりませんが、そういった場合に一番ネックになるのは-賭けてもいいですが-事務手続きです。上記の場合や、それ以外の場合に、どうしても「履歴書、経歴書を出さなければいけない!」となったらどうするか。こうするのです。


履歴書は普通に学歴と職歴を記載するのですが、「形式は自由」・・・なわけがない。いや、厳密に言えば、形式は自由なのですが、ここはスペイン、誰も履歴書に書いたことを信用してくれないのです。信じられないことですが。


ではどうするか。履歴書に書いたこと全てについて「証明書類」をつけなければなりません。早い話が、「●●大学卒業」であれば卒業証書のコピー、「●●通信講座終了」であれば修了証書のコピー、「●●通訳学校在籍」であれば在籍証明書のコピー、そして学歴だけでなく、「●●社●●部に●●として勤務」であれば上司による「このヒトは確かにこの会社にこの時期、この職責で在籍しました」というお手紙のコピーが必要なのです。


もちろんこれは在籍・在学証明だけではなく、また通信講座の修了証書だけでもなく、その他のすべてについてもしかりです。つまり「フリーランスの通訳として●●の仕事をした」とか、「フリーランスの翻訳として●●を翻訳した」というのも、すべてエージェントさんやクライエントさんによるお手紙、もしくは契約書のコピーが必要になります。そのほか、「TOEFL何点」とか、「DELE(スペイン語検定ですね)何級」とか、「日本語教育能力検定試験」とか「ほんやく検定」とか、そういうのもすべて合格証書のコピーをつけなければなりません。


それだけでも「げっ」という感じなのに、更に、そのコピーとオリジナルの双方を持って、役所なり大学の事務所なりに行って、「間違いなくホンモノをコピーしたものである」という判をいちいち押してもらわなければならないのです。これを convalidacion というのですが、そんな単語があること自体、既にヘンだ!と思うでしょ?この言葉の意味するところは、「コピーとホンモノを照らし合わせ、間違いなくホンモノをコピーしたのだと認める」ということなのです。


私は大学院に入学するときに、「じゃあ履歴書を出してね」といわれて、「はいはい」と自分の履歴書をスペイン語に直したものを持っていって、ひどい目にあったのでした。「え?これだけ?証明書類は?」と言われても、日本でも英国でも履歴書を出すのにそんなにごっそり付属書類をつけたことはなかったので、意味がわからず「?」と無反応だったのですが、相手の意味するところを理解したときは真っ青になりました。日本の実家に電話してすべての書類を送ってもらい、エージェントさんやクライエントさん、以前の上司に頼み込んでPDFで山のようにお手紙を送付してもらいました。


一体何なの!!!と怒っていた私に、マドリッド出身の友人が言うには、だってそうしなければ私たちなんでも偽造するもの、とのこと。卒業証書なんか名前のところだけ消してコピーすればいいんだし、書類を出さなくていいんなら何でも書いちゃうし、とのたまっていました。ああそうですか。でも、履歴書はそのままで出すのが普通の国もたくさんあるんだけどねえ・・・。日本では時々議員さんとかの履歴詐称が問題になったりしますが、こちらではそんなものはいくらでもありそうな気がします。偏見でしょうか。


とにかく、運悪くこちらで履歴書を出すハメになったら。とても運が悪いことですが、それはもう仕方がないです。諦めたと思って、すべての書類を用意して、さらにコピーをとって、お役所に行って判を押してもらってください。ここは別世界、恐るべきお役所仕事の国なのです。