スペイン語は英語と結構似ているなー、などと普段は考えているのですが、時々面食らうことがあります。単語が違う、文法が違う、ということのほかに、たまに「これはもう考え方が全面的に違うのでは」ということがあるのです。
書き出すといろいろありますが、ここではひとつだけ。スペイン語には受動態の形がいくつかあるのですが、その中に動詞の三人称のアタマに se をつける、というものがあります。つまり、「言う」の原型が decir、これが三人称の「彼は言う」で dice、更に se をつけて、se dice「(一般に)言われている」となるわけです。この形は、なんというか、問題の動作を行っている人がはっきりしていない場合に使われます。つまり「一般に」言われている、ということであって、私は「あの人に」こう言われた、というような場合には使いません。
ふーん、などと思っていましたが、そのうち何かで以下のような文章に行き当たりました。
Se me ha caido el vaso.
Me は「私に」、ha caido は、動詞 caer (落ちる)の三人称単数現在完了形です。 el vaso はコップ、そして文章のアタマにさきほどの Se がついています。
私に(対して)コップが落ちた?
と直訳すると意味不明の文章になってしまうのですが、よくよく聞くとなんのことはない、要は「コップ落としちゃった」と言っているわけです。でもこれがよくわからない。なぜ se を使うのか?落とした動作主は明らかに「私」です。それなのこれだと、まるでコップがどこかから忽然と現れ、勝手に落ちたような感じがします。
なぜか?と聞くと、「だってこの場合は別に落とそうと思ったわけじゃないから」というお言葉。それでも、落とそうと思っていようがいまいが、英語でも The glass was dropped on me なんて言わないし、日本語でこういうとき「コップ落ちちゃった」などと言うと、そばにいる誰かに「落ちたんじゃなくて、落としちゃったんでしょ」とぴしりと注意されたりします。別に責めているわけではなくても、動作主が誰か、ということははっきりしているわけです。
でもスペイン語ではこれが違う!手がすべってコップが落ちたのは、「私の動作ではない」のであり、しかも「私に対して降りかかってきた(不慮の)出来事」と捉えられる、ということなんでしょうか。え!わざとじゃなくてもやったのは自分じゃない!とつい言いたくなるのですが、そうではないらしいです。これは受身の文法云々の問題ではなく、もう考え方が違うんだ、と思ったのでした。
こちらではめったに「ごめんなさい」と言わないのですが、そんなこととも関係しているのかな、とちょっと思ったりもします。「自分のせい」という範疇が、どうも違うらしい。まあコップが、「自分に対して勝手に落ちた」のであれば、確かにその場合は謝る必要はないわけですねえ・・・それでもついやっぱり、この文型を耳にするたびに「自分が落としたんじゃない!」と言いたくなってしまうのですが。














