昨日(もう一昨日ですか・・)1月6日は、スペインでは子供達がクリスマスプレゼントを開ける日でした。サンタではなく(このごろサンタもやってくるようですが)、こちらではプレゼントをくれるのは東方の三人の博士ということになっています。それでセールは、ぎりぎり最後のクリスマスショッピングが終わった1月7日から始まります。今日のセビリアは買い物ですごい人手でした。
私はといえば、12月24日から1月5日までと長い休暇をとってしまったおかげで(旅行中も細々とは翻訳していたのですが、細々すぎたようで)、仕事に追われて大変なことになっています。やれやれ。イギリスとアイルランドに行ってきたので、少し訪ねた街について書いていくことにしましょう。
ルートとしては、グラナダ→ケント(連れの家族がいるので)→マンチェスター→ダブリン→ゴールウェイ→ケラニー→コーク→ロンドン→セビリア、とまわってきました。ケントでは連れの家族とクリスマスを過ごしたのですが、以前イギリスに住んでいたといっても「どっぷりイギリス人のクリスマス」というのを過ごしたのはこれが初めてで、なかなかすごいものがありました。イギリスに限らないかもしれませんが、クリスマスに子供に与えるプレゼントの数って、なんだかものすごいことになっている気がします。これはかなりショックを受けたことなので、機会があったらまた改めて書ければと思います。
でも今日はちょっとマンチェスターについて書きましょう。「工業都市」「産業革命」「寒くて暗い」などと、時代遅れのヘンなイメージしかもっていなかったのですが(100年くらい遅れていますね)、行ってみたら学生の多い活気のある大都市で(周辺都市を合わせると人口260万人ですって。ものすごいですね。大学は学生数8万5000人だかで、ヨーロッパでも有数のマンモス大学だそうです)、見所も多くすっかり気に入ってしまいました。ビクトリア時代の煉瓦の建物が多く、風格のある町並みでした。あとはなぜか19世紀ごろのネオゴシックの建物が多かったように思います。市庁舎も見事なネオゴシック様式でした。
これは大ホールですが、この天井には商業都市マンチェスターの交易相手国などの紋章が一面に描いてあります。探してみたら日本もちゃんとあって(そのすぐ下に中国もありました)、紋章はものすごく大きな菊の花が一輪、どーんと描かれていました。
工業都市、商業都市だっただけあって、街のシンボルは働きバチだそうで、この市庁舎の床にもモザイクで蜂がたくさん描かれていました。そのほかにも、街で何回か蜂をみかけました。たとえば、こんなところに。
今では、大学のシンボルも蜂だそうです。日本だと「働き」ときたら「アリ」ですよね。それはそうと、街を歩いていたらビクトリア時代の建物の前の柵に、こんな模様があって、つい反応してしまいました。
懐かしのグラナダ。そう、柘榴です。でも柘榴って建物の飾りによく使われるモチーフなんでしょうか。グラナダの外ではあまり気がつきませんでしたが。
さすがイギリスの大都市で、ここのチャイナタウンも立派なものでした。ロンドンと同様に、その一画にくるといきなり全部中国語になってしまい、道の名前も英語名と中国名が併記してあります。レストランや食品店が主ですが、中国だけではなくタイの食品店や、「タイの女性がマッサージ」などという怪しげな店があったのが印象的です。
タイの食品店に入ってみて(ポッキーのタイ語版や、生の胡椒など面白いものがいろいろ売っていました)、ちょっとびっくりしたこと。幾組か客がいたのですが、3,4組、イギリス人のかなり年配の男性と、若いタイ人(と思われる)女性のカップルがいました。その後、マンチェスター在住の連れの友人に会ったときに聞いてみたら、イギリスでもタイなどの女性と、エージェントによるお見合いを通じて結婚するケースが増えているのだということです。ずいぶん年の差のありそうなカップルが多かったのが気になりましたが。
チャイナタウンだけではない、インド(ムスリム系が多いようでしたから、バングラデシュやパキスタン出身の人たちなのかもしれません)タウンもかなり大きくて、面白かったです。カレー屋さんはいたるところにあり(スペイン人は辛いものが苦手なので、セビリアにもグラナダにもカレー屋さんは一軒しかないのです)、これがまた美味しいため、感動して毎日食べていましたが、このエリアに来るとレストランだけではなく、手作りのお菓子屋さん(練り菓子が多いようです。ピンクとか、ピスタチオの緑で、ものすごく甘そうなお菓子が山盛りになって売られていました)、ビデオショップ(当然ボリウッド)、そして服屋さんもたくさんあるのです。
非常にきらびやかなクルタシャルヴァールがたくさん売っていました。中には布を売っている(そこで仕立ててもらう)、という本格的なお店もあって、次回来た時には是非一着買うぞ!と心に決めました。どちらかというと、サリーよりもシャツとパンタロンのクルタシャルヴァールのほうが多かったようです。
ロンドンでも思ったことですが、イギリスの大都市は本当に移民社会で、街を歩いていていわゆる「白人のイギリス人」の割合がひどく小さいような気がしたことが何回かありました。まあ連れの家族の住んでいるケント州の村ではその全く逆で、村のパブに行ったら東洋人どころかインド系もアフリカ系も、多分東欧系も全くおらず、パブに入った途端店中の注目を浴びてしまったこともあったので、一概には言えませんが。
短い滞在で、街を歩き回るのと連れの友人たちに会うことで終わってしまい、面白そうな博物館などもたくさんあったのですが行くことができませんでした。氷点下ぎりぎり、というくらいの寒さでしたが、街のいろいろなエリアでいろいろなことが起こっているような(普段小さな街に暮らしているのでそう感じたのかもしれませんが)、魅力的なところでした。是非もう一度訪ねたいところです。

















