「ちょっといい本」・・・なんて言って書いちゃうには、あまりに恐れ多い、というのはわかっています。それでもあえて書いてしまうのは、この本には恒常的にお世話になっているからです。無人島に一冊だけ小説を持っていっていい、といわれたら、私は迷わずこの本にします。日本で書かれたユーモア小説のなかで一番面白いのではないか、と本気で思っているからです(「いーやもっと面白い本を知っている」という方はぜひ教えてください)。
教科書に出ていた・・・かどうかは忘れてしまいましたが、夏目漱石のこの小説はあまりに有名ですよね。漱石のユーモア小説として「坊ちゃん」とよく比較されていますが、私は「猫」のほうが断然好きです。筋のある小説、という感じの坊ちゃんと比較して、「猫」のほうは冴えない英語教師である苦沙弥先生、定職なくふらふらしている(でもリッチらしい)美学者迷停、苦沙弥の弟子で現在東大で物理学を勉強している(実験に使うガラス球を磨ってばかりいる)寒月その他、妙な登場人物たちの繰り広げる脈絡のないおしゃべりの描写に終始しています。でもこれがとにかく面白いのです。
この本には「筋」はないので(解説によれば、英国人作家のローレンス・スターンに影響を受けた形式だとのことですが)、「主人公」もいません。最後まで名前のない猫は、人間界で起こる様々な出来事を冷静、皮肉的、かつほんの少しの愛情を持って描写しますが、教養深すぎるこの「猫」は、主人公であるというよりは一つの「視点」を表しているように思います。モノローグも多いのですが、猫の性格を表している、というよりは、古今東西の文献を駆使して馬鹿げた人間たちを批評している、という感じです。まあ相当理屈っぽい猫であることは間違いありませんね。
「猫」とスタイルが似ているな、と思った本に、北杜夫の「高みの見物」があります。こちらはなんとゴキブリ(!)が主人公でしたが。この人も大好きで、この本も面白かった覚えがありますが、やはり本家にはかなわないような気がします。
筋がないだけにどこから読んでもどこまで読んでもいい、というのが素晴らしい。枕元にこの本をいつも置いていますが、大体ぱっと取り上げて適当に開き、エピソードをいくつか読んだところでことん、と寝たりしています。日本語の本が少ない、という環境で持つには心からお勧めの本です。
ちょっと抜粋・・・といっても、脈絡なくずっと続く流れが面白いので、少しだけ切り取ってもイマイチなのかもしれませんが。
吾輩は世間が狭いから碁盤というものは近来になって始めて拝見したのだが、考えれば考える程妙に出来ている。広くもない四角な板を狭苦しく四角に仕切って、目が眩むほどごたごたと黒白の石をならべる。そうして勝ったとか、負けたとか、死んだとか、生きたとか、あぶら汗を流して騒いでいる。たかが一尺四方位の面積だ。猫の前足で掻き散らしても滅茶滅茶になる。引き寄せて結べば草の庵にて、解くればもとの野原なりけり。いらざるいたずらだ。懐手をして盤を眺めている方が遙かに気楽である。それも最初の三四十目は、石の並べ方では別段目障りにもならないが、いざ天下わけ目という間際に覗いて見ると、いやはや御気の毒な有様だ。白と黒が盤から、こぼれ落ちるまでに押し合って、御互いにギューギューいっている。窮屈だからといって、隣の奴にどいて貰う訳にも行かず、邪魔だと申して前の先生に退去を命ずる権利もなし、天命とあきらめて、じっとして身動きもせず、すくんでいるより外に、どうする事も出来ない。碁を発明したのは人間で、人間の嗜好が局面にあらわれるものとすれば、窮屈なる碁石の運命はせせこましい人間の性質を代表しているといっても差支ない。
まったく理屈っぽいんだから。でもこの大真面目な論調とギャップのあるヘンな観察内容がいいのかな、と思ったりします。今夜も寝る前に少し読むことにしよう。


















