やれやれ、やっと荷作りが終わりました。あと二時間もすれば空港宅配のヒトが受け取りに来てくれます。


荷作りの苦しさは作るところではなく、減らすところにありますよね。さあできた、と量ってみると26キロ、スペインから帰ってくるときは空港のチェックイン時に荷物の重さを量る機械が壊れていたりして、結構どうでもいいのですが、日本から発つときはそれは期待できないし。しかもBAなのですが、重量制限が鬼のように厳しかった、という印象があるのでなおさらです。さあ何を減らす、本か辞書かだしのもとか?! さすがに仕事に必要な辞書を置いていくわけにもいかず、泣く泣くだしのもとを諦めたのでした。1キロの大箱だからなあ・・・。


昨日まで友人と会いまくり、飲んだくれ、事務手続きに仕事に走り回っていましたが、ようやく一段落つきました。でもふっと「また動くんだなあ」という実感が湧くのは、こうやって一段落ついたときですよね。昨夜は友人宅に転がり込んだのですが、くうくう寝ている彼女の隣で目がすっかり冴えてしまいました。なんというか、先取りしたホームシックというか。どこにも行きたくないなあ、と思う一瞬がどの出発の前にもあります。


自分で選んでやっているんだとわかってはいても、私は別れは大嫌いです。小さなころから引越しが多い中で育ってきたので、今日一緒にいる人と、いつの明日も一緒にいられるわけではない、というのは昔から身にしみてわかっていたような気がします。友人でも誰でも、好きな人に「また明日ね」といって別れることができるのは幸せなことで、また明日同じ顔を見ることができる、というのは幸せな日々なのだと思います。


でも「また明日ね」と言えない日がくるわけで、それは仕方がないのだけれど、とてもさびしいことですよね。それだから、足があって、それに電車も車も飛行機もあって、行こうと思えばどこにでも行ける私たちが選んで誰かと一緒にいる瞬間、というのは奇跡のようなものだと思うのです。樹か何かのようにいつでもそこに生えている、というのではなく、動ける存在だからこそ。


そしてその時間がずっと続かないのはさびしいですが、やっぱり結局はそれぞれの方向へ動いていかなければならない、ということなのだと思います。足があるから。



エージェントさんたちに、帰国予定を伝えました。


文書翻訳の仕事を頂いているエージェントさんとは、スペインに戻っても電話でのやりとりがなくなるくらいで仕事には支障はありませんが、ビデオ翻訳や通訳の仕事を頂いているエージェントさんとの仕事は、来年帰ってくるまでしばらくお休みです。


その分、向こうでの勉強やおしゃべりを通じて、スペイン語と英語を磨いてこなければ・・・一年に一度帰ってくる人間にも仕事を回してもらえるのは、本当にありがたいことです。


コトバで食べていくには、これは案外重要なことかもしれないと思います。グラナダが小さいせいか私が怠慢なせいか、向こうに日本人の知り合いは少なく、一度スペインに戻ると日本語で話せる友人は1,2人しかいません。翻訳の仕事や本、メール、インターネットなどで一応毎日日本語に触れてはいますが、9ヶ月の滞在の終わりごろには大概翻訳をしていても「うーん・・・たしかこの意味の言葉が他にもあったはず・・・」と、日本語での類義語が出てくるのに時間がかかるようになるのが自分でわかります。言葉は生きている、と思うのはこんなときで、日々使っていないとあっという間に錆付いていくのです。これはもちろん英語でも西語でも同様で、母語でない分、日本語よりも退化するスピードが速い気がします。


どの言葉もそれぞれの特徴や性質があってとても好きですが、日本語は文字の美しさ(特にひらがな!)や、紫陽花にさらさらと雨が降っているような情感が格別に好きです。この言葉を自分のなかで枯らさないように気をつけていきたいと思っています。





仕事で徹夜してしまいました。でも経歴書の翻訳だからそんなに分量はなかったのです。問題は・・・スペリング。発音がわからん・・・。


スペイン語翻訳としてはまだまだかけだしなので、来た仕事は基本的にすべてありがたく請けています。しかしスペイン語のディープさは・・・アラブ語の影響、などとエキゾチックなことを言う前に、スペインには公用語が四つもあるという点なのでした。


一般に「スペイン語」といわれているのはカステジャーノ語です。これは音の体系がとても日本語に似ていて、ものすごくスペルどおりに発音するので(ほとんどローマ字読み)、固有名詞でも特に問題はありません。でもスペインではこのほかにガリシア語、カタルニア語、そしてバスク語が使われています。ガリシア語やカタルニア語は、言葉の意味はわかるけど(スペルはカステジャーノ語とそう変わらないので)、発音はわかりません。バルセロナ出身の友人がいますが、彼女がカタランで話すのを聞いていると、なんとなくポルトガル語のようにも聞こえる。音の種類が多いのです。一般的には、カステジャーノ語とフランス語の間、などと言われています。実際「ありがとう」は「メルシー」というらしいし。


意味も発音も全然わからん!というのがバスク語です。バスクの人たちはフランスとスペインに住んでいますが、ローマ人、ラテン語の影響を全く受けずに残った古い古い言葉らしく、アルファベットこそ使っているもののスペルからは全く意味が推測できません。日本語をローマ字で書いてみた、というくらいカステジャーノ語と違う気がする。そして発音も想像がつかない。まあアルファベットだから、キリル文字よりはいいか?!というくらいのレベルです。


そう、引き受けた経歴書の主は、蓋を開けたらバスク出身の方だったのでした。経歴書の文章そのものはカステジャーノ語なのですが、個人名、地名、組織名・・・が軒並みバスク語!たまーに「ちょっとこれもスペルが違うなー」と思うとカタラン語!そして「日本語に訳す」ということは、「カタカナに直す」ということなんですよね・・・これが他のヨーロッパ言語と決定的に違うところ。英語とかに「直す」ならそのまま書いておけばいいんだもんねえ・・・。


たとえばTelletxea! これはなんと読むのか・・・テレツェア?テレシェア?テレクシェア?"tx"って・・"tz" とかならなんとなく「ドイツ語っぽいなー。カタカナなら「ツ」って書くのかなー」とか思いますよね?しかし・・・tx・・・Patxoなどというヒトもいるらしい。パクショ??


インターネットでも調べきれない固有名詞が満載で、泣きをみました。「スペイン語」とひとくくりにできない、やっぱり奥が深いかも。







出発間近にならないと、できない手続きってたくさんあります。単に重い腰をあげないだけ、という部分もありますが。ここ数日健康診断に行ったり、住民票を抜いたり、留学保険を購入したり、スズメのナミダのおカネを口座から動かしたり、TCをいくら買うか頭を悩ましたり・・・という、ズボラでどんぶり勘定の私には苦悩の日々が続いています。仕事までなかなか手が回らない・・・。


留学している皆さんはどうしているのかな、と時々思うのが健康診断です。会社にいたころは何も考えなくても年に一度、健康状態をチェックしてくれもらえたわけですが、現在のようなヤクザな生活形態だと、自分でやらなくちゃいけないし。去年は会社に勤めていたころと同じ民間のクリニックに行きましたが、今回は区の健康診断をはじめて受けてみました。安い・・・民間の半分以下です。でも乳がんなどはなかったので、別に民間で受けましたが。


あとは留学保険。これは絶対バラがけのほうが安いです。それでも高いが・・・まあ生命保険と入院保険に入っているようなものですから仕方ないのかもしれませんが。でも独身の私としては、別に死亡時に残しておかなければいけないお金などはなくて、どちらかといえば病気や盗難を重点的にカバーしたいのですが、なぜか死亡時のもかけないといけないんですよね。理不尽な・・・。


そして皆さん、お金の管理はどうしているんでしょう。私は基本的にはシティバンクの口座と現地で開いた口座ですが、なぜかシティバンクのマルチマネー口座は現地で引き出せず、円口座からしか引き出せないので、マルチマネー口座に入っているユーロを少しもって行きたければ前もってTCにしていかなければなりません。こちらでも向こうでも基本的に仕事は日本のエージェントさんとしているので、払い込まれるお金はすべて円建てで、スペインの銀行にこれをどう移すのが一番いいんだろう、というのもアタマが痛くなります。特に今みたいにユーロが強いと、円にしばらく手をつけないですむように、あらかじめユーロをTCで持っていったほうがいいのかなあ、とか。計算の苦手な私にはこれらの作業は苦しい・・・。


うーむ。そして今日しみじみと帰国便の時間を見ていて、はっと気がついたのはマラガに着くのが夜中の12時だということ。日本からはスペインへの直行便がなく、しかも辺鄙な地グラナダの空港は使い物にならないので、マラガがセビリアに行かなければなりません。マラガからグラナダまではバスで1時間半。しかし到着が12時では一泊しなくては・・・とまたホテル探し、という余計な仕事を背負い込んでしまったのでした。そもそもなぜ今まで気がつかないのか。それこそずぼらだから、としか言いようがないですねえ・・・。










一時帰国中のため、今回の選挙では投票権がなかった。盛り上がっていたのに残念。でもここまで大差がついてしまっては、一票なんてどのみち関係ないですね。


それにしても今回の選挙結果は、なんだかそら恐ろしかったです。首相を見ていると、ポピュリストの政治家とはああいうものなのだろうな、とは思いますが。


海外にいるとどうしても日本の外交政策に注目してしまいます。わからないなりに・・・。もちろん選挙においては内政のほうがずっと大きく影響しますが。でも昨年、総選挙の三日前に行われたマドリッドのテロ攻撃をニュースでみて、次は東京かと本当にぞっとしたことは忘れられません。

そのスペインの選挙では、反動で左派が圧勝、政権をとる結果になりましたが、新首相が最初に決めたのがイラクからの撤退でした。今回、民主党は自衛隊の年末の撤退を公約に掲げていましたが・・・結果的には再度延長の方向のようですね。


英国人やスペイン人の友人たちの間では、イラクについては、「戦争を一方的に始めたのが米英だったとしてもとにかくあの国をわちゃくちゃにしてしまったのだから最後までいて責任をとれ」、という考え方と、「米英国民の税金(日本の税金も)と命を、ブッシュ大統領の周りの一部の人間を豊かにするためだけに行っている戦争からは一刻も早く撤退しろ」、という考え方とがあります。日本についても、国民の反対を押し切るかたちでかなり強引に派遣を決めましたが、現地でどのような活動を行っているのかについては、あまり情報がない気がします。米軍や英軍については、増え続ける死傷者、捕虜虐待のスキャンダルなどが記憶に新しいです。泥沼、という印象はぬぐえません。


夏の前の話ですが、大学院のクラスメートのイラク人と話をしました。私はスペインなどのメディアから、イラクでは国民全体に米英その他連合側の駐留軍に対する反感が広がっているのだと思っていた(CNNなどだとまたトーンが違うのですが)ので、彼が「米国を信頼しているわけでは全然ないけれど、サダムよりどれだけましか、とみんな思ってるよ」と言ったのを聞いたときには本当にびっくりしました。「日本の自衛隊が来ているのも知っている。石油目当てだとしても、力を貸してくれるのはありがたい」とも言っていて、日本人の私に対する外交辞令もあるにしても、とても驚いたのを覚えています。もちろん、奨学金をとって海外に留学できるような人は特別な階級の人で、一般論とはいえないのかもしれませんが。


でもたとえばこの派遣政策について、東京を攻撃されても引かないだけの覚悟を日本が持っているのか、と問われたら?ブッシュ大統領の「親友」などと言われてもねえ・・・と正直思います。


そのほかにも日本の外交というと、存在感のない六カ国協議や、どうもうまくいかなそうな常任理事国入り、なんだか険悪な中国・韓国との関係、などが浮かびます。再選されたこの政権、今後も同じ路線でこの国は進んでいくのでしょうか・・・。

初めての思い出、というほどのものはなかったかも。


セビリア空港に降り立ったときから、あまりに晴れている青空に「おお、ついに来た」とは思いました。

ホストファミリーはばりばりのセビリア訛りのおばちゃんで、日本でスペイン語の過去形をやっと学んできたくらいの私には彼女の言っていることは何もわからなかった。あっちにも、私の名前がちゃんと発音できたかは疑問。


ただ、毎朝語学学校に行くのに、グアダルキビル河を渡りながら、息のとまるくらい綺麗な向こう岸のブーゲンビリアや、大聖堂のヒラルダの塔を見て、「ああ幸せだなあ」とは思いました。毎朝毎朝。


それは、留学先でのいろいろな人間関係や、書類や手続きや、その他いろいろ、ずっと住んでいれば避けようもないもの、必ずしもイヤではなくても一種のしがらみとしかいいようのない何か、が全くなかった初めてのスペイン、初めての数ヶ月だったかも、と今では思います。

気がつけば3ヶ月弱の東京滞在も終わりに近付き、一週間後には再度グラナダです。


移動を繰り返していて思うことですが、今いる場所に完全に同化してしまうことってありますよね。東京に戻った瞬間、また自分がグラナダに帰るんだ、ということは綺麗さっぱり忘れてしまった気がします。またグラナダに戻ると、東京の生活は夢のように遠く思えるのだということもわかっています。大都会の東京と、地下鉄も通っていない人口30万人のグラナダでは、あまりに世界が違う、ということもあるのでしょうけれど。


携帯電話を何ヶ月もとめたり、留学保険を買ったり(これが高い)、健康診断をしたり住民票を抜いたり、少しはおみやげを買ったり本を買ったり・・・などと面倒くさいことをはじめると、ああ、また移動するんだなあと少しずつ実感がわいてきます。


理想としては、日本とヨーロッパの両方をベースにしたいのですが、二重生活というのはとにかく面倒くさく、お金がかかります。すべての制度は定住することを前提にできていると思う。小さいところは携帯電話から、大きなところはたとえば住居まで、二重に払わなければならないものがたくさんあります。税金の手続きも面倒くさい。


仕事も、フリーではじめてせっかくエージェントさんといい関係が築けたのに、9ヶ月間のブランクを入れなければならない、というのは不安でもあります。翻訳のほうはインターネット経由なので、どこにいてもあまり関係ないのですが。まあ言葉で食べるこの仕事の場合、日本語で暮らす環境と、英語なりスペイン語なりで暮らす環境を行き来するのは決してマイナスにはならない筈だ・・・と思いたいです。


そんなわけで帰国準備。友人や家族にまた別れをつげて、お酒をたくさん飲む一週間になりそうです。








言わずとしれたロシア語通訳の大御所。彼女の書く本は、エッセイでもぎっちりと内容のつまっている感じで大好きです。「ロシアは今日も荒れ模様」など通訳関連のエッセイも好きですが、この「嘘つきアーニャ・・・」や「ヒトのオスは飼わないの?」(←これは犬猫もの)など、その他のことを綴ったエッセイもとても面白い。


この「嘘つきアーニャ・・・」には三つのエッセイが含まれています。米原万理さんが、小学校から中学校にかけての5年間を過ごしたプラハのソビエト学校での友人達を、32年後(くらい?)に訊ねる話です。そんなに長いこと友情を保っていたのもすごいと思うけれど、個人的な再会録に終わらず、彼女達の人生の軌跡から中・東欧がここ数十年の間に経験しなければならなかった激動の時期を解説している、読み応えのある本です。


なかでもボスニア人のヤスミンカを、ユーゴの内戦の終わらぬうちにベオグラードに訪ねる話には心打たれます。セルビア人の残虐行為ばかりが報道されたあの内戦に関して、通訳・翻訳として海外メディアの情報に接していた彼女は、残虐行為はボスニア側もクロアチア側も同様に行っていたのだと解説します。通訳の仕事について、考えさせられます。そして政治や社会情勢が、個人の人生にどれだけ大きな影響をあたえるか、ということについても。


ユーゴ内戦といえば、大学時代、ロンドンで学生数人で家を一軒借りていたのですが、同居人の一人の彼女がクロアチア人で、大学を休学して、イギリス人の彼氏のところに「疎開」してきていました。同い年くらいのとても感じのいい女性で、ぽきぽきとしたアクセントの英語で、「あなただって自分の生活がこんな風になるなんて信じられないわよ、本物の戦争なのよ、今まで普通に暮らしてきた人たちが道で銃で殺し合いをしているんだから」と言っていたのを覚えています。自分にとって戦争が身近に感じられた、はじめてのことでした。


この本によれば、ユーゴ内戦の背景にあった宗教紛争は、ムスリム対キリスト教徒、だけではなく、カトリック・プロテスタント対東方正教でもあったということです。無宗教な私には、なかなかその感覚はわからないのですが。



スペイン語で「妊娠する」という動詞が embarazar だと知ったとき、「なんだかヒドイ言葉」と思いました。語源をきっちり調べたわけではありませんが、英語の embarass 〔恥をかく、当惑するなど〕と明らかに関係している。あっそう、妊娠って恥ずかしいことだったわけね、これは厳格なカトリックだったからか?!と見当はずれな想像をたくましくしたのでした。


英語と対応している単語は、綴りも音もどこかなじみがあるし、意味もなんとなく想像がつきますが(時には全然違うこともあるけど)、スペイン語のディープさは、西欧だけではなくアラブの香りもかなりするところです。スペインのムスリム支配は数百年間も続き、グラナダに至っては、1492年にカトリック両王に返還されるまでなんと800年間!ムスリムだったのです。キリスト教に戻ってからまだ500年、グラナダの人たちは、「ムスリムの人たちは、グラナダは自分達のものだ、いつかまた取り戻してやる、って思ってるのよ」と、偏見だとは言い切れないようなコメントをよく口にします。


言葉にもどると、そんなわけでスペイン語には、アラブ語から入ってきた言葉がたくさんあります。英語でも Algebra とか Alchemist とか、数学などに関係した言葉はアラブ語から入ってきていますが、スペイン語ですごいなーと思ったのは、「枕」 almohada とか「絨毯」alfombra などの日常用語が、そのままアラブ語から入ってきていることです。あとは食べ物の名前とか。ちなみにスモークサーモンにのせるとおいしいケイパーは、スペイン語で alcaparra ですが、英語でも caper ですね。アラブ語の定冠詞(だったかな)部分の Al がとれたんでしょうか。


不勉強でわからないのですが、スペイン語にはそのほかにも、「これは一体どこからきたんだ?」という馴染みのない感じの言葉があります。たとえば、「左」は izquierda といい、「イスキエルダ」と読みます。とても綺麗でエキゾチック(だと思う)な綴りと音ですが、一体どこから来た言葉なのか見当がつきません。「右」はderecha、「デレチャ」で、これはたとえばフランス語のdroit と似ているし、英語でもフランス語でも「右」という言葉は「権利」の意味がありますが ( right / droit )、これはスペイン語にも共通していて、「権利」は derecho です。しかし、「左」は一体どこから来たんでしょう。その昔のフェニキア人か、イベリア人か、タルテッソ人か・・・ううむエキゾチックだ。


もちろんスペイン語は基本的にはラテン語で、ローマ遺跡などから発掘された墓碑など「別にラテン語なんかやらなくたってすらすら読める」とスペイン人の友人は言います。関連した言語のない(フィンランド語やトルコ語、などという説もあるようですが)天涯孤独の日本語を母語とする身には、うらやましい話です。



一応生業は通訳・翻訳ですが、日本にいるときしかできない仕事もあります。だから出稼ぎに来るんだけど。


ビデオ翻訳もその一つで、ビデオを送ってもらって自宅で翻訳するものと、テレビ局に出かけていって翻訳するものとありますが、いずれも日本にいるときしかできません。スペインまでビデオ送ってもらうわけにいかないし。


フリーでこの仕事をやっていて、一番面白いことのひとつは、実に様々な分野がのぞけることです。もちろん企業内通訳のほうがずっと安定性はあるし、専門性も高まりますが、でも飽きっぽいひとには向かないかも。好奇心旺盛だけれど一つの分野を突き詰めていく根気がない、という性質が短所ではなく長所として生かせる仕事ってたぶんそんなにないと思うのですが、フリーの通訳翻訳はそのひとつだと思います。あとはひょっとしてジャーナリストとかもそうなのかな、と思ったりしますが。もし違っていたらごめんなさい。


なかでもビデオ翻訳は、タイムリーな話題が多く、興味深いです。このところだとハリケーン・カトリーヌや日本の総選挙、ちょっと前はディスカバリーなど。イラクの外国人人質についての、胸が痛くなるような特集番組もありました。


ただ英語は実にさまざまなアクセントがあるので(これはスペイン語もそうですが)、「え、今なんていいました?」と相手に聞き返すことのできないビデオ翻訳で、聞きなれないアクセントだとお手上げです。たとえばウェールズ人と、ニューヨーカーが話しているのが同じ言葉だとはとても思えん。日本語だって方言がありますが、英語やスペイン語は大陸をまたいで使われているので、それが極端なのだと思います。単語自体全然ちがったりするし。


などと、今日はこれからPCをもってビデオ翻訳の仕事にでかけるのでちょっと書いてみました。それにしてもこうユーロが強くては、いくら出稼ぎにきても稼ぐ先からお金が消えてしまいます。日本円、頼むからがんばってくれよ~