宇野千代の「生きていく私」


以前も一度読んだのですが、読み出したら止まらない本です。世の中には、「生きる才能」がある人がいるんだなあ、とつくづく思う。天真爛漫だから自分に満足している文章も微笑ましいし、何よりものすごいエネルギーで仕事から仕事、場所から場所、オトコからオトコ(それも才能のあるのばっかり)へと怒涛のごとく動いていくのに圧倒されます。一人でいくつもの人生を生きているようで、うらやましくもある。まあエネルギーだけではなく、類まれな文才やデザイナーのセンスなど常人にはない才能に恵まれていたからなんでしょうけれど。


嫌なことは綺麗に忘れ(これはすごい才能だ)、何があってもあっという間に立ち直り、いつでも夢中になれることが山ほどあって全力で走っていた人なんだなあ、と思います。周りはふりまわされて大変だったろうけど。


それにしてもこれはすごい!と思う部分の引用

「私はいつでも、風呂から上がると、ちょっとの間、鏡の前に立って、自分の裸の体を見る。タオルを前に当てて、少し腰をひねるように曲げて、立っている。湯上りの体は、ぽっとあからんだ肌をしている。<似てる>と思う。ボッチチェリのヴィーナスの画に似ている、と思う。」


このとき70歳過ぎ!これはすごい。こういう天衣無縫さは、なんだか嬉しくなって笑ってしまいます。70歳のヴィーナスでもいいじゃないね。


幸せに生きていくのは自分次第なのだ、と示唆される本です。そしてなにより、とにかく面白い。

東京に戻ってきて嬉しいことのひとつは、じっくり新聞が読めることです。なんといっても日本語だし、それより何より、スペインの新聞は異常に分厚くて、じっくりなんて、読めない。毎日60ページも70ページもあって、しかも文庫本だのCDだの非常識なおまけがついていたりする(これは新聞代とは別に何ユーロか払うのですが)。これは競合他紙に勝つためなのでしょうけど、たしか日本では流通だかなんだかの法律にひっかかってこういうワケのわからない、かさばる付録はつけられなかった気がします(女性雑誌にサンダルが付録でついていたりする!)。


全然スペイン語が読めなかった頃は、バーでおいしいものでも食べるようにちびちび新聞を読むおじさんたちを見て、非常にうらやましかった。さぞかし面白いことが書いてあるんだろう、と思っていたのです。しかしこれをまがりなりにも読むようになってみると、面白くないとは言わないけれど、「要点を簡潔に」という観点が決定的に欠落しているスペイン語だからこそ、あんなにページ数が増えるのだ、とひどく納得してしまいます。何かコトがおきると(それもしょっちゅう起きる)、平気で10ページくらい特集を組んでしまう。そして微にいり細をうがった、まさにかゆいところに手がとどくような描写が続く。あまりに詳しくて、読み終わってみると結局何がいいたいのかわからない。でも読んでいるときは、名文。


まさにスペイン人そのものだよ、と思ったのでした。ちなみに中道左派のエル・パイス紙、中道右派のエル・ムンド紙くらいがいわゆる「高級紙」と考えられているようです。


ちなみに「簡潔な」日本の新聞ですが、個人的にはスポーツ面をもっと減らして国際面を増やしてほしい気がします。まあ「今日の闘牛」なんてページがあるわけじゃないから、いいかもしれない・・・。





はじめまして、あつこです。スペインはグラナダでのサバイバルな日々について、少しずつ綴っていきたいと思います。


と言っても今現在は年に一度の出稼ぎ期にあたっていて、東京で通訳・翻訳をしているのですが・・・あと2週間ほどでグラナダに戻るので、今はブログ準備期間といった感じです。


いい年して、向こうでは大学院の通訳・翻訳部に在籍しています。しかし留学するにも、スペインの書類手続きは死にたくなるほどめんどくさい!スペインに留学するぞっとお考えのみなさん、そしてとくに(私もそうなんだけど)アドミの苦手なみなさん、道は長く苦しい(というかめんどくさい)です。御覚悟のほどを。


それでも一回いついてしまえば(三ヶ月のスペイン語留学のつもりでセビリアに行ったのですが、気がつけばもう四年目に突入しています)、相性もあるのでしょうけど、こんなに暮らしやすい場所はない、と私は思います。いつでも陽光にあふれていて、道ばたにはオレンジがなっていて、ワイン(おいしい!)がコーラよりも安い街です。日本から来たの、というと、随分遠くからよく来たね、となんだか力の抜けるような反応が返ってきます。もちろんアルハンブラ宮殿もあります。


そんなグラナダやアンダルシアでの生活や、通訳・翻訳の仕事(あちらでも細々と働いてはいるのです。でも、もともとは英日が専門です。)、そして大学での日々について書いてみたいと思います。みなさま、どうぞよろしうに。