本日のエルパイス紙によると、三ヶ月前に同性の結婚が法律で認められてから、すでに600組のカップルが結婚のための手続きをはじめたそうです。なぜか女性同士よりは男性同士のカップルのほうが多いんですって。届けが一番多いのがマドリッドで219組、次がバルセロナで143組だそうです。


私はゲイではありませんが、でも結婚したいなら当然誰にでもその権利はあると思うので、これはなかなかいいことだなあ、と感心します。私自身には「結婚」という制度がいまいちピンとこないので、なぜわざわざ、と思わないでもないけれど、社会的に「正式にカップル」と認められることで相続や、事故にあったときの連絡先や、税金のことやいろいろ変わってくることもあるのでしょう。自分のパートナーの性別によって、義務なり権利なりに差異が生ずるのはおかしいと思うし。


それではっと周りを見回すと、さすがにまだ結婚しているカップルは知りませんが、かなりゲイの友人知人は多い。セビリアにもグラナダにも。昔、イギリスでどこの大学にも、「レズビアン&ゲイのソサエティ(グループ、というかクラブのようなものでしょうか)」がある、と知ったときはびっくりしましたが、それは逆に日本だとまだあまりオープンになれない雰囲気がある、ということなのかもしれないと思いました。


スペインは「保守的ーっ」と思うことも多いですが、こんな「やるじゃない!」というような動きもあります。なんだか底のところで懐が大きい、というか。





闘牛士


マラガの街角で見かけたポスターです。見にくいですが、「Torero Japones」とあるのがわかるでしょうか。日本人の闘牛士なのです。


日本人の闘牛士、というのは前にも「エル・ニーニョ・デ・ソル・ナシエンテ」という名前を見たことがありますが、彼はデビュー直後に負傷してしまい、引退したと聞きました。私は闘牛が怖くて見たことがないのですが、あれだけばりばりに「スペイン文化」である世界の中に日本から入っていく、という彼等の勇気と決断には尊敬を覚えます。


同じように「いかにもスペイン」というイメージなのがフラメンコですが、こちらにもがんばって入り込む日本人が数多くいます。踊っている女性が多いですが、ギターの男性や、カンテ(歌)の女性の名前も見たことがあります。


アンダルシア、特にセビリアがフラメンコの本場だからか、とにかくたくさんの日本人女性がフラメンコ留学をしています。グラナダには日本人のプロのバイラオーラ(踊り手)がいる、と家の近くのバルで地元のおっさんたちに聞いたことがあります。もっともこの世界はスペインでも地元ジプシーであるヒターノたちが独占していて、外部の人間、それも外国人が入り込んでやっていくのはほぼ無理だ、とダンス留学に来ている彼女達の一人が言っていましたが。それでも日本での仕事を辞めて、半年なり一年なりこちらに踊りを習いに来る人たちにたくさん会いました。


私は踊りのほうは全くだめなので、その情熱はわかりえないのですが、とにかくそのバイタリティはすごいなとは思います。自分の居る環境とは全くかけ離れている何かをやりたい、という気持ちで日本を飛び出してくる。タイラ・ノノ闘牛士に幸ありますように。

詳しい数字は覚えていませんが、スペインの少子高齢化はEUで一番深刻なのだそうです。女性が一生の間に産む子供の数は、確か日本よりは少し高かったと思いますが、でもそう変わらなかったと思います。

女性の結婚年齢もどんどん上がっていて、これはフランコ時代に社会進出を抑えられてきた女性が、改革後どんどん仕事につくようになったからだと言われています。大学に入学するのは、女性のほうが数が多いのです。


日本と似ているかも、と思うのは、女性が認められるには家庭の仕事や子供の面倒をみることもオールラウンドにこなさなければ認められない、という点です。それもあって、初婚年齢がどんどん上がっているのかもしれません。周りを見回しても、30代半ばや後半で女性が独身であっても、別に普通だ、という感じです。


あとはこれも日本と共通しているなあ、と思うのは、高齢化の問題。高齢者が多くて国の施設が足りないのは日本と同じで、家で高齢者の面倒を見るのは大体女性の役割のようです。高齢の自分の母親(や夫の母親)と同居して、介護している家の話はよく聞きます。


でもそこで少し日本と違うのは、手伝いを雇っていることが多い点です。それも国のヘルパーさんとかではなく、南アメリカやモロッコ、バルカンあたりからの労働者が多いのです。南アメリカやモロッコの人たちなら、言葉の問題もない、ということなのでしょうが、この給料が格段に安い。滞在許可に必要な契約書を出してあげる代わりに格安で雇っていることも多いらしく、複雑な気持ちになります。


たとえば私のモロッコ人の友人は、夏の間住みこみで介護をしていましたが、週に一日の休みで月給600ユーロでした。住みこみだと拘束時間はまる一日だし、スペイン人のプロを雇えば最低でもその3倍くらいはいくお金です。


不法移民を防ごうと手を焼いているスペインですが、草の根ベースではこんな形で移民に頼っていることもあるのだな、と思います。それでも高齢化が進んだときに、すぐ近くに輸入できる労働力があるだけ日本よりもいいのかもしれませんが。

granadaとは実は柘榴のことです。英語のpomegranateと同じ言葉です。形が似ているせいか手榴弾の意味もありますが、中身は大違いですね。日本では柘榴はあまり食べた記憶がないのですが、あの一見堅そうな皮をぱりぱりとむいていくと、中には宝石のように透き通った赤い小さな実がぎっしりつまっていて、とても美しい果物です。味は甘すぎず、みずみずしくて、私は大好きです。


ところでなぜグラナダがグラナダなのか、不勉強にして私は知りませんが、少なくとも今ではこの果物はすっかり街のシンボルとなっています。東京の銀杏みたいなものでしょうか。土産物屋にいくと、柘榴を描いたボールや皿、灰皿、マグなどが山と積まれています。しかし、それだけではない。街のいたるところに柘榴が隠れています。


たとえば、これ。車が入ってこないように道に立っているポールですが、グラナダでは大体この形をしています。ちゃんと実か熟して皮、というか殻、がぱりんとはじけているところが芸がこまかい。ちなみにほかの街では見かけたことがありません。




それから、これ。水道管です。何もこんなところに・・・というようなところについているのです。このほかにもマンホールだとか、古い建物の床のモザイク、コンサートのパンフレットに白黒の砂利で飾られた散歩道、といたるところに柘榴がごろごろしています。


granada1

ちゃんとした歴史的な理由があるのでしょうけれど、なんとなく笑ってしまいます。日本にも「林檎」とか「蜜柑」という街があったらかわいいかもしれませんね。ちなみにグラナダの名産は柘榴ではなく、チリモヤという変ちくりんな果物です。緑色でもったりとしていてものすごく甘く、中には石ころのような種がごろごろと入っている、という代物です。


二日でつながると言われた自宅の電話が一週間つながらなかったり、10時開店と明記してある店が10時半まであかなかったり、好き勝手な時間割で暮らしているように見えるここの人々ですが、実は東京よりも厳しく時間が決まってるかも、と思うときもあります。


明日までセビリアの連れの家に来ています。今朝は7時おきで、移動のばたばたで押せ押せになっている翻訳の仕事をずっとしていたのですが、連れは普通の勤め人のため、日曜日は寝る日と決めていて全然起きてこず、朝から働き倒してしまいました。


12時半、空腹に耐えかねてもここの家にはパンもない。ようやくおきだして来た連れを引っ張り出して朝食にでかけたのは、1時すぎでした。

朝食は大体とのバルでも、かりかりのトーストにハムか、スパニッシュオムレツか、チーズか、バターとマーマレードかをはさんだものです。これがなかなかおいしい。でもなぜか、どのバルでも12時をすぎたあたりでぴたりとこれを終えてしまうのです。こうなると、星の数ほどバルがあっても、「トスターダ」にありつくことはできません。

↓こんなの


トスターダ


そして、もう少し時間が経つと、今度はコーヒーがストップしてしまいます。こうなると何がなんでもコーヒーは飲めない。ビールか、コーラか、炭酸水か、ワインか・・・他のものはなんでもあっても、コーヒーだけは飲ませてもらえないのです。


一体何時に何を食べたっていいじゃないか、と思うのですが、実はとても厳しい時間割があるらしい。東京だと何時に起きてもトーストだって何だって外で食べられるし、ここは結構自由業の人なんかにはつらいんじゃないかな、などと思ったりもします。日曜日は基本的にお店も開いてないから、買って食べるのも難しいし。


結局1時過ぎではもうどこにもトスターダは見当たらず、といって昼食用のなんだかアブラの多そうなおかずをいきなり食べる気にもならず、すきっ腹を抱えてうろうろとすること2時間、3時くらいにようやくブランチにありつきました。まさに「食いっぱぐれ」という感じで、一体みんななんでそんなに同じ時間に同じものを食べるんだ!といわれのない憤りを感じてしまった。みんなタフで、週末ともなれば2時3時は当然、翌朝の6時7時まで飲んでいるのに・・・数時間寝たらむくりと起きだして、朝食をたべているのか。恐るべし。






アルバイシン   我が家のすぐ近くの広場です。これは一応教会の塔なのですが、教会になる前はモスクのミナレットでした。上から「お祈りの時間」を知らせる、あれです。


アンダルシアはどこでもそうですが、グラナダでも数多くある教会のほとんどがもとはモスクでした。大体ミナレットの部分を残してそこに鐘をつけ、あとは壊して新しく建て直すのですが、時には門や窓飾り、柱などもモスクのものをそのまま残していて、あまり西欧らしくない、不思議な様式の教会になっています。コルドバのメスキータ(メスキータはスペイン語で「モスク」の意味です)などその最たるもので、柱とアーチの続く美しいモスクの真ん中に、突如バロック様式の装飾過剰な聖堂がどん、と押し込まれていて、なんとも言えない建物です。


トレドでは、ユダヤ教のシナゴグだった建物がそのままキリスト教の教会として使われているのも見ました。単純に考えれば、特にここではキリスト教がムスリムやユダヤ教徒を追い払ったのだから、異教の神殿など汚らわしい、と考えそうなものなのに、「神の家は神の家」という考え方なのか、なんだか面白いですよね。


イスタンブールに行くと、これと全く逆の例が見られます。アヤ・ソフィヤやブルー・モスク、その他豪華なモスクのほとんどが、昔はキリスト教の教会だったのです。今はモスクとして使われていないアヤ・ソフィヤだったか、よくよく見ると壁に十字の画が残っていて、その上にコーランの言葉を書いた(描いた、といってもいいかも)円盤が貼ってあって、なんだか一種独特の雰囲気だったのを思い出します。


これも複数の宗教や文化が常に同居してきた表れなのでしょうか。迫害と共存は表裏一体なのかと思ったりもします。日本で、もとお寺を神社にしたとか、その逆とかはあまり聞きませんが。


上の写真に話を戻すと、アルバイシン地区はすべてこんな感じの白い壁と瓦屋根の建物が続くのですが、これもアラブ人の街のスタイルなのだそうです。もともとは広場ごとにモスクがあったここに、昨年ようやく新しく「モスク」が再建されました。なんと500年振りのことです。歴史が生きている街ですよね。




昨日急ぎ足で大学に向かっていると、市場の近くですれ違いざまにそこらへんのおっちゃんに「チナ」と言われました。


チナとかチニータというのは、まあご想像の通り「中国人(の女)」といったような意味です。別に間違われること自体はぜんぜんかまわないのですが、この言い方になんとなく侮蔑が込められていると、言われたほうはすぐ感応してわかってしまうのです。でも単語自体はニュートラルなのに、(もし本当に私が中国人だったら事実を言われたにすぎないのだから)、言葉の言い方によってネガティブな感じがこもるのは不思議だなと思います。


実はここグラナダでは結構すれ違いざまとか、振り向きざまにそう言われることがあって、やれやれという気持ちになります。中学生のグループにputa chinaと叫ばれたときは、うもー低レベルなことやってないでちゃんと勉強しろい!という感じでした。ちなみにputaは直訳なら売春婦、実際には英語の bitchと同じ感じですが、日本語だと・・・どうも文語的(?)な「売女」とか「アマ」しか浮かびません。


あとはもっと小さながきんちょに、「チナ!」と空っぽのペットボトルで襲われた?り。その時は「こらっ」てな感じで頭をばしっと叩いてしまいましたが。ぎょっとしたような顔をされましたが、少しは考えるようになるでしょう。


おかしかったのは、ここらへんにたくさんいる、北アフリカ(モロッコだと思いますが)出身の若僧何人かに言われたときで、「そっちも外国人だろう!」と言い返したくなりました。でも後から聞くと、彼らにとってはグラナダはほとんど北アフリカの続き、なのだそうです。まあそりゃ近いけど。


別にチナと言われること自体に、いつもネガティブな感情を感じ取るわけではないのです。昔々パキスタンのラホールに友人をたずねて行ったことがありますが、旧英領だから白人は見慣れていても、東洋人は本当に珍しいようで、いたるところであのインド系の大きな大きな目でじろじろじろーっと見られました。友人を車の中で待っているときも同様で、3、4人よってきてじろじろと眺めるのです。そして一言、「チニ」と言う。じろじろ見られるのはあまり気持ちはよくありませんが、別にそこにはネガティブな感情はなく、「おお、はじめて見た」という気持ちがあるばかりなので、腹は立ちませんでした。そもそも「東洋人」という言葉が「チニジャパニ」というお国柄で、ひとくくりにして「あそこらへんの人たち」、どうも漠然と遠いところ、というくらいの感じなのでしょう。


私の連れは英国人で、一年半の日本在住経験がありますが、この話になると「でも日本も人種差別の激しいところだよ」と言います。それは日本では外国人でない私にはなかなかわからないことですが、数年前に東京の不動産屋で「外国人おことわり」と堂々と貼り紙がしてあるのを見て、ぎょっとしたことを思い出します。どこにでもあることなんだな、とは思いますが、ありふれていても醜いことってありますよね。少しずつでも、なくしていかなければならないことだと思います。


冒頭のおっさんに話を戻すと、むっと思って振り返ったら、あっちも振り返ってこちらを見ていました。考える前に、つい、べーっと舌を出してしまった。我ながら反応が子供っぽいですね ・・・。









長旅の末にようやく帰ってきました。グラナダは今日も快晴です。


家を出てから23時間、昨夜真夜中にマラガ空港に着いたときにはもうへろへろでしたが、腕のぬけそうな荷物を引きずりながら、セビリアにいる連れが予約しておいてくれたホテルへと向かいました。BAのロンドン経由、成田発マラガ着でグラナダに行こう!と思われた方、トランジットでヒースローからガトウィック空港へ移動しなければならない便は要注意です。間が3時間しかなく、しかもテロの影響で荷物を直接送ることができず、ヒースローで一旦英国に入国、荷物をピックアップしてガトウィックに向かわなければならないため、本当に乗り継ぎ便を逃すんじゃないかとひやひやしました。ヒースローの入管では、いろいろ質問されても「うるせい!頼むから早く通して!!」と気が急いていて、かえって怪しかったかも。


一時過ぎにマラガのホテルにチェックインし、今朝は朝食をゆっくりとってから、正午のバスでグラナダに向かいました。三時にようやく我が家着。私の住んでいるのは、グラナダでもっとも古いアルバイシン地区で、地区そのものが世界遺産・・・と言えば聞こえはいいのですが、昔々にイスラム教徒のつくった街で、急な勾配の続く丘のてっぺんまで細い細い道がくねくねと続いているところです。ごろごろの石だたみで風光明媚、散歩にはもってこいですが、重いスーツケースを引きずって歩くには最悪です。


しかも三ヶ月前に始まったうちの前の道の工事がまーだ終わっておらず(さすがスペイン)、タクシーが入れないので、家まで手ぶらなら歩いて1分、24キロのスーツケースを持っていると15分はかかりそうな広場で降ろされてしまいました。やれやれ。電話でフラットメイトに応援を頼んで、なんとか無事帰還・・・。


マラガからグラナダまでのバスでは、窓の外に広がる「乾上がった」風景にちょっとぎょっとしました。スペイン南部の干ばつはニュースでは聞いていましたが、実際ひどいな、という感じです。もともと緑あふれる・・という感じではなく、岩山にオリーブの木が生えているくらいのものですが、今は川という川が乾上がっていてなんだか殺伐としています。


それでもマラガで迎えた朝はすかーんと晴れ上がっていて、外に座ってハムのトーストとコーヒーの朝食を食べながらぼーっとしていると、日光が体の中にまでじわじわとしみわたっていくような気がしました。光にあふれ、原色彩られているアンダルシアは、あまりメランコリアとは縁がないようです。


ホームシックになっている暇もなく、またここでの日々の再開です。

今日の朝出発なので、少しの間お休みします。

次はマラガかグラナダから投稿しますね。

早めにテレフォニカが電話線をつないでくれることを祈りつつ・・・


行ってまいります。


この本を古本屋で見つけたときは「おおっ」と思いました。赤瀬川源平さんの「新解さんの謎」に、数年前

はまりまくっていたからです。続編の鈴木マキコ「新解さんの読み方」も面白かったです。私はたまたま新明解国語辞典を使っていたので、それで妙にツボにはまってしまったのかもしません。


とにかくこちらの本では、この三人が日本語の表現などについて対談し、まったくわけのわからない世界が繰り広げられています。「のどから手が出る」「箱入り娘」等々・・・新解さんシリーズと同様、妙にとぼけた写真がたくさん入っているのも秀逸。「どんぶり勘定」のところには、どんぶり一杯の百円玉が、「爪に火をともす」のところでは、爪でタバコに火をつける南さんが写されています。別にそれでどう、というのではありませんが。


以下、少し抜粋。なんだかくだらないー、と思いつつ、でも確かになんでそういう表現なんだ?とつい考えてしまいます。


南:「足留めを食う」って言葉があるけど、足留めというのはどういうもんですか。やっぱり食べられるもんでしょうかね。

ねじめ:足を留めるというと、なんだろうな。足かせみたいなもんかな。

赤瀬川:靴を最初に食べたのはチャップリンだけど。


南:目にウロコがついたら見えにくくはなるね、たしかに。

ねじめ:あれは突然に落ちるんですかね。

赤瀬川:自分の手では落ちない。落とせない。やっぱり、人の手じゃないと。


等々・・・子供のころ、こういうことを言うと母親に「屁理屈言うんじゃありません」と怒られましたが、そうだよなー、やっぱり納得いかないよなーと思う表現についての素直な感想(?)に笑ってしまいます。ちなみにタイトルの「こいつら」とは、畏れ多くも著者ご本人たちのことです。