昨日急ぎ足で大学に向かっていると、市場の近くですれ違いざまにそこらへんのおっちゃんに「チナ」と言われました。
チナとかチニータというのは、まあご想像の通り「中国人(の女)」といったような意味です。別に間違われること自体はぜんぜんかまわないのですが、この言い方になんとなく侮蔑が込められていると、言われたほうはすぐ感応してわかってしまうのです。でも単語自体はニュートラルなのに、(もし本当に私が中国人だったら事実を言われたにすぎないのだから)、言葉の言い方によってネガティブな感じがこもるのは不思議だなと思います。
実はここグラナダでは結構すれ違いざまとか、振り向きざまにそう言われることがあって、やれやれという気持ちになります。中学生のグループにputa chinaと叫ばれたときは、うもー低レベルなことやってないでちゃんと勉強しろい!という感じでした。ちなみにputaは直訳なら売春婦、実際には英語の bitchと同じ感じですが、日本語だと・・・どうも文語的(?)な「売女」とか「アマ」しか浮かびません。
あとはもっと小さながきんちょに、「チナ!」と空っぽのペットボトルで襲われた?り。その時は「こらっ」てな感じで頭をばしっと叩いてしまいましたが。ぎょっとしたような顔をされましたが、少しは考えるようになるでしょう。
おかしかったのは、ここらへんにたくさんいる、北アフリカ(モロッコだと思いますが)出身の若僧何人かに言われたときで、「そっちも外国人だろう!」と言い返したくなりました。でも後から聞くと、彼らにとってはグラナダはほとんど北アフリカの続き、なのだそうです。まあそりゃ近いけど。
別にチナと言われること自体に、いつもネガティブな感情を感じ取るわけではないのです。昔々パキスタンのラホールに友人をたずねて行ったことがありますが、旧英領だから白人は見慣れていても、東洋人は本当に珍しいようで、いたるところであのインド系の大きな大きな目でじろじろじろーっと見られました。友人を車の中で待っているときも同様で、3、4人よってきてじろじろと眺めるのです。そして一言、「チニ」と言う。じろじろ見られるのはあまり気持ちはよくありませんが、別にそこにはネガティブな感情はなく、「おお、はじめて見た」という気持ちがあるばかりなので、腹は立ちませんでした。そもそも「東洋人」という言葉が「チニジャパニ」というお国柄で、ひとくくりにして「あそこらへんの人たち」、どうも漠然と遠いところ、というくらいの感じなのでしょう。
私の連れは英国人で、一年半の日本在住経験がありますが、この話になると「でも日本も人種差別の激しいところだよ」と言います。それは日本では外国人でない私にはなかなかわからないことですが、数年前に東京の不動産屋で「外国人おことわり」と堂々と貼り紙がしてあるのを見て、ぎょっとしたことを思い出します。どこにでもあることなんだな、とは思いますが、ありふれていても醜いことってありますよね。少しずつでも、なくしていかなければならないことだと思います。
冒頭のおっさんに話を戻すと、むっと思って振り返ったら、あっちも振り返ってこちらを見ていました。考える前に、つい、べーっと舌を出してしまった。我ながら反応が子供っぽいですね ・・・。