処遊楽 ⅱ

処遊楽 ⅱ

人生は泣き笑い。山あり谷あり海もある。愛して憎んで会って別れて我が人生。力一杯生きよう。衆生所遊楽。

JAZZ史に名を残したあのキース・ジャレットのケルン・コンサートが映画になった。しかも誕生秘話が明かされる。このコンサートを成功させた16歳の女子高校生が主人公というではないか。もうこれは観るしかない。私鉄16駅を乗り継いで勇んで出かけたのだった。

 

     

 

物語前半は、この主人公のはみ出し振り、家族への反抗、喫煙、外泊などがロック・ミュージックをバックに描かれる。後半は、近づいたミュージシャンからプロモートを頼まれてその世界にのめり込み、やがて幾多のアクシデントを乗り越えて見事キースのコンサートは大団円に終わるというあらすじ。

しかし、さてこれどうだろうか。《ケルン・コンサート》とタイトルに謳えばジャズ・ファンは間違いなく興味を惹かれる。かく言うブログ主もキースが実際にプレイするシーンや背景に流れる彼の曲が楽しめるだろうと思っていた。が、結果は大いに裏切られてしまった。オール・ナッシング。

 

映評や解説などには、自身の楽曲のすべてを使用しないとの指示がキースからあったとの記事が散見された。となると、企画段階からキースが嚙んでいればまた違う展開もあったのかと思ったりするが、残念なり。画竜点睛を欠いたJAZZ抜きの単なるヒューマン風の作品ということになる。

     

とはいえ、収穫は二つ。

①遠い昔、新宿の中国料理店内で流れていたのは楊琴ではなくこの《ケルン・コンサート》であると知り仰天したのだったが、コードが無いインプロビゼーションが全編。果たしてこれがジャズなのかと混乱したが、この作品に登場する記者の解説で腑に落ちた。

 

②予定外のこのコンサートはスイス・ローザンヌでの公演の間に入れた。ローザンヌ➡ケルンの移動はルノーの小型車で8時間。コンサート終了後未明にルノーでローザンヌに引き返して行った。途中飛行場によりチケットを現金に換えたのはカネが無いから。あのビッグ・スターはまだこんな時代だったのだ。

 

 数日来、メディアやSNSで、東日本大震災の復興の現状を報じる記事や特集が目立つようになり、11日当日を迎えた。概ね復興の遅れを指摘する報道が多かったか。

  

避難者数8万8千人に対し帰還居住者数は1万6千人、帰還率は18%。復興なった街区に帰還居住した人々からは、商店・交通など生活の利便性やご近所の無いコミュニケーションの成り立たない疎外感などの声が報道されていた。

  

 肝心の原子炉内のデブリ処理はと言えばこの15年間で0.9グラム、全核ゴミ880トンの10億分の1しか除去出来ていない。

 財政の大幅な出動によって強力な国造りを目指す高市新内閣は、国民が一様に負担している復興特別税の他分野への転用を目論んでいるとの話もある。

 政治とは何か。政治家の仕事とは何か。この15年はその可視の経過になる。

イスラエルなどのイラン軍事攻撃の対応をそこそこに石川県知事選応援に駆け付けるその心のありよう政治家としての覚悟に疑いを持っている。

 元副復興大臣を務めたあと参議院議員を辞し双葉町に移住した政治家も居るのである。対極なす行為ではある。果たして、被災者ひとり一人に心を寄せる復興事業であったのか。

  

 この先廃炉に至る長い道のりをこの権勢欲とポピュリズム至上主義の政治家たちに任せていいのか、不安と不信の15年目の雑感である。

福山雅治のライブフィルム『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM@NAGASAKI 月光 ずっとこの光につながっていたんだ』に行く。2024年10月13日の「長崎スタジアムシティ」のこけら落としとして開催されたライブ「Great Freedom」を映画化したもの。

   

いつやら知らぬ間に、FMの《ジェット・ストリーム》を欠かさず聴くようになった連れ合いにせがまれての道行き。ちょうど1年前に中島みゆきの映画館での映像ライブに付き合わせた意趣返しかと思わぬものでもなかったが。

ゆったりとした椅子に深く身をゆだねて、ライブとは全く別次元の芸術作品を味わうものであった。熱狂もスタンディング・オベーションも絶叫もウェーブも無い。静謐な映画館内のライブ。

この映画の監督は福山本人。リアルのステージは当然映画作りの作法を頭に入れ、逆に映画の演出は、先行するリアル・ライブで仕込んだことだろう。フィルムでの映像と音楽の交錯と進行は実に精緻な構成だった。

 


映画の前触れによると、カメラも音響もその数とシステムのクオリティは半端ではない。エンドロールに記された人々の数は、ライブ、映画併せて200名は優に超えているのではないか。

制作はアミューズ、配給は松竹(109シネマズ)の全国展開。この種の映画のコンクールがあるのなら、それを狙っての映画作りかとふと思えたのだった。

全18曲は当然ながらイントロ・コーダの全曲通し。言わばお付き合いの映画鑑賞だったが、私にとっての収穫は、というより福山雅治を大いに見直した一件があった。楽曲の最後、スペシャル・トラックの「Moon」なる曲。長崎のライブの1年半後に録られたギター一本で歌った曲。これは紛れもないアメリカ由来のさらに大袈裟に言えばアフリカ源流のブルースの匂いが芬々だったことだ。得をした。新たな発見をした。今更ながらである。そしてこれは連れ合いのお陰である。