桜のころ何年前になるだろうか。春の夜更け、満開の桜並木を見ながら友人と歩いたことがある。闇の中で細い枝の輪郭はすっかり見えなくなり、無数の白い花の群れが暗い中空の一面に散らばって静止しているかのようだった。時間が凍ってしまったような静寂の中で、桜のことをぽつりぽつりと話すうち、詩歌の好きだった友人はいくつか桜を詠んだ歌を教えてくれた。今ではもう会えなくなってしまったその友人が教えてくれた歌のひとつを、この季節になると思い出す。さくらばな見てきたる眼をうすずみの死より甦りしごとくみひらく 雨宮雅子