バーン=ジョーンズ展 | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

所用で出かけた折、夜の美術館を訪ねて『バーン=ジョーンズ展』を観る。


場所は東京駅近くの丸の内にある三菱一号館美術館。この建物がまず日常から異空間へと連れて行ってくれる。銀座・有楽町という場所柄もあって周囲には現代的な消費都市のイメージあふれるビル群が立ち並ぶのだが、その中にあって、三菱一号館美術館は異彩を放つ三階建て煉瓦造の古風な建物だ。

1894年創建時の原設計に基づき、明治大正期の姿を復元して2010年に美術館として再生したのだそうで、当時の設計者はジョサイア・コンドル。鹿鳴館を設計した人物でもある。そして、この明治期の洋風モダンな美術館の建物と、その対角に立つ平成の近未来的な丸の内パークビルディングの間には、緑と水の豊かな一号館広場がある。折しも雨の夜で、往時を模した瓦斯灯のやわらかな橙色の光に木々の濡れた葉が映えていた。


さて、バーン=ジョーンズだが、彼は19世紀後半の英国ヴィクトリア朝時代の画家で、ギリシャやローマの神話や中世の物語など文学に題材をとった絵画を多く描いている。だが、どれほど劇的な場面を描いても、どこかに静的な印象があり、それが独特の魅力になっている。勇者ペルセウスとグロテスクな大蛇の一騎打ちも、ペルセウスに復讐を迫るメデューサの姉たちの黒々とした巨大な翼も、緊張感あふれる物語の一場面というよりは見事に構成された意匠を見ているようだ。


そんな中、きわだって印象的だったのが連作『いばら姫』の中の一作『王宮の中庭』だ。午後のやわらかな光が降り注ぎ、荊の花と蔓に覆われた王宮の中庭に、魔法にかかった六人の娘がそれぞれ異なった姿態で眠っている。ある娘は機織りの途中で、ある娘は水汲みの桶を傍らに、また、ある娘は別の娘の膝にもたれて。夢見ているのは娘たちのはずなのだが、静謐でおだやかな時間の中に眠る六人の娘の姿そのものがまるで夢の中の光景のようで、画家の手は、甘く微かな温もりのある寝息までもそのままに、娘たちを永遠の無垢な微睡の中に閉じ込めている。


実は、今回来日しているのは完成した『王宮の中庭』ではなく、六人の娘をそれぞれ別に描いた6枚の習作だ。だが、それでもどの一枚からも、いつにない画家の白熱が確かに伝わってくる。完成した作品を観るにはイギリスまで赴かねばならないのだが、それを厭わせないほど魅力的な絵だった。