シルク・ドゥ・ソレイユ『クーザ』 | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

しばらく前のこと。『クーザ』を観に行った。シルク・ドゥ・ソレイユの新しいサーカス作品が観られるのは貴重な体験だ。薄曇りの夕方、原宿駅から歩いて不思議なテントが見えてくると、もう心が躍る。

脚本家・太田愛のブログ-クーザ
『クーザ』のステージは、一人の少年のもとに大きな箱が届けられる場面から始まる。箱の中からは不思議な男が登場。男が魔法の杖をひと振りするや、たちまち辺りは異世界へと変貌し、異人たちが現れ、パフォーマンスが始まるという趣向だ。これまでのシルク作品に比べれば、素朴なオープニングだが、実際の見せ方は考え抜かれており、舞台装置として何層にもしつらえられたカーテンがひとつ、またひとつと開いていくうち、知らず知らず観客が異界に引き込まれるよう演出されている。シンプルだが丁寧、さすがの導入だ。


サーカスの原点回帰をめざしたという『クーザ』は、奇をてらわないアクロバットと道化役クラウン達のコミカルなアクトを中心にしたストレートなサーカスだ。自転車の綱渡りや椅子を組み上げての曲芸など、細部にシルクらしい演出をほどこしながらも、かつてのサーカス芸を彷彿させる演目が多かった。もちろん贅を尽くした衣装や照明はかつてのサーカスより遙かに豪華だが、それでもどこかに「一座のサーカス」のような懐かしい匂いが感じられる。巧みに日本語を操るクラウンたちの大活躍もそれに大いに貢献しており、冬の夕暮れにふさわしい温かいプログラムだった。


終わってテントの外に出ると、久しぶりの雨。急ぎ足になりながら振り返ると、夜空の下、冬木立の向こうにクーザのテントにはまだ灯が点っていた。