このところ綱渡りのように〆切が続いている。
とりあえず、スリル満点の毎日が楽しい……と思うことにしている。
写真はご近所に咲いていた紫陽花。
薔薇のことを書こうと思っているうちに、早や紫陽花の季節の到来だ。
あまりに悔しいので薔薇のことは今度、書くことにして、今日は紫陽花を。
あぢさゐの藍のつゆけき花ありぬぬばたまの夜あかねさす昼 佐藤佐太郎
紫陽花を詠んだ歌では、個人的な「表」の代表がこの歌だ。飾りのない端正な歌なのだが、紫陽花のおだやかで華やかな不思議な魅力が伝わってくる。「ぬばたまの夜あかねさす昼」という枕詞二つの下句には明るい広がりがあって、口ずさみたくなるような美しいリズムが心地よい。さらりと詠んでいるようで、揺るぎなく焦点が定まっており、見事な歌だ。
一方、個人的な「裏」の代表歌はこちら。
あぢさゐのほろびし空にみづ満ちて見えがたき魚あをき魚降る 水原紫苑
紫陽花そのものが主題ではないので、代表歌というのはちょっと反則の気もする。だが、紫陽花というと、一番に思い浮かべるのが、実はこの歌だ。紫陽花という翳りのない植物から立ち現れる幻視の風景は、あまりに意外で鮮やかで、初めて読んだ時はほんとうに鳥肌が立った。歌を読んでそれほど衝撃を受けたのは、塚本邦雄さんの歌に出会った時以来だった。一瞬にして、水原紫苑さんは最も好きな歌人の一人になった。
水原さんの歌から好きなものをいくつか挙げてみる。
死者たちに窓は要らぬを夜の風と交はる卓の薔薇に知らせよ
水浴ののちなる鳥がととのふる羽根のあはひにふと銀貨見ゆ
春昼は大き盃 かたむきてわれひと共に流れいづるを
魚食めば魚の墓なるひとの身か手向くるごとくくちづけにけり
ところで、水原さんの歌集は最初の頃、雁書館という出版社から出されていた。一般の書店に本を卸さない出版社で、電話をかけると御主人らしい男の方が応対してくださり、頼んだ本を郵送してくださった。我が家がまだオンライン化する以前のこと。ネット注文とは対照的なやりとりで届く本は、なんだか特別に貴重に思えた。小島ゆかりさんの歌集も、梅内美華子さんの歌集も、松平修文さんの歌集も雁書館から送っていただいた。その雁書館が昨年廃業したのだと、先ごろ知った。熱心な顧客でもなかった自分が言うのもおこがましいが、いい本がとても多かったのに、本当に残念でならない。
あぢさゐを小突いてこども通りけり 小野淳子
大きな球形の紫陽花は、花そのものに弾むようなリズムがある。
それが六月の雨の季節に静かなにぎわいを与えてくれる。
傘と長靴と紫陽花が、長い雨の季節を少し楽しくさせてくれる。