トニー・スコット | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

トニー・スコット監督の映画が大好きだ。

最初に圧倒されたのが『クリムゾンタイド』。シナリオも見事なのだが、セリフのない脇役までキャラクターがくっきり演出され、稀に見る群像劇になっているのに驚嘆した。すぐさまLDを買い込み、何度も見直した。


トニー・スコット監督の映画は一目でわかる。動き回るカメラとめまぐるしい編集で怒涛の情報量を駆けめぐらせて物語を作り上げていく。LD『クリムゾンタイド』の映像特典で、プロデューサーのブラッカイマーかシンプソンのどちらかが「私たちは自分が映画館でポップコーンを食べながら楽しめる映画を作りたかった」と話していたが、『クリムゾン・タイド』は菓子なぞ食べながら見てると物語を見失うような緊密な映画だった。そして、それ以上に1カット1カットに捉えられた人物の表情が素晴らしく、どれも見逃せない。(エキストラまで含めて顔の選び方もうまい!)


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しばらく前の最新作『デジャヴ』でも、冒頭の5分間の、フェリーである惨劇が起こるまでの緊張感が抜群だった。空撮、手持ちカメラ、望遠、スローとあらゆる撮影と編集を駆使して一隻のフェリーに集う人々が描かれる。真っ白な制服に身を包んだ若き海兵隊員たちを中心に、先生に引率された小学生の一群、車を誘導する船会社の誘導員、さまざまな装いに身を包んだ観光客たち、そして出航前の操舵室の船長や艫綱をほどく船員たち、更には船を見送る海兵のブラスバンド。誰もがこぼれるような笑顔にあふれ、それがなおさらに間近に迫る悲劇を予感させる。映像なのだから「スナップショット」という言い方はおかしいが、まさにスナップショットのような何気ないショットを積み重ねながら、セリフ一つない無数の登場人物に共感させる演出は、脚本家には及ばない領分だけに悔しい限りだ。


どれほど巧みな演出か一例を挙げると、たとえば、『デジャヴ』冒頭の印象的な人物の一人に小学生を引率するふくよかな中年の女性教師がいる。だが、彼女が映るのは全部で3カットしかない。その3カットでトニー・スコットは彼女のストーリーを観客に伝えてしまう。
まず、ファーストカットは引き気味のショット。船上のオープンデッキに並んで座る小学生を指で数えながら点呼する彼女をノーマルスピードの撮影でとらえる。手前に子供達、彼女はその後ろに立って厳しい表情でテキパキと生徒を数えており、さらに背後に海兵たちと遠いビル群が見える。これが2秒ほど。ハイタッチする男の子のショットを短くはさんで、次のショットは点呼する指にピントを合わせ、スローで指を追う。さらに携帯をいじる別の男の子のショットをはさみ、再びスローのキャメラがクロースアップで女性を捉えた時、彼女は安堵にあふれた優しい笑みを満面に浮かべており、一目で子供達が全員そろっていた事がわかる。しかも、キャメラは彼女の口元がゆっくりと「OK」と動くのをしっかり捉えている。ここまで約10秒。凄すぎる。


もちろん、凄いのはこのような短いショットの積み重ねだけではない。じわじわとしたサスペンスも実に上手いし、何よりドラマティックだ。たとえば、『エネミー・オブ・アメリカ』の冒頭近くで起こる水辺の要人暗殺シーンなど息を呑むほど上手いし、『スパイ・ゲーム』ではブラッド・ピット演じるイノセントなCIA諜報員の経験する苦いドラマを数々の決定的なショットでリアルに見せてくれる。個人的な好みでは、テリーギリアムと並んで早く新作が見たいと念じている監督の筆頭だ。


ところで、前述の『デジャヴ』は、実はかなりトンデモSF的な設定のお話だ。けれども、トニー・スコットが撮るとなぜか等身大のリアルなサスペンスのように見えてくる。それもまた魔術だ。