うつと読書 第28回 「バルタザール・グラシアンの賢人の知恵」 | ナメル読書

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時にナメたり、時にナメなかったりする、勝手気ままな読書感想文。

「バルタザール・グラシアンの賢人の知恵」(バルタザール・グラシアン、齋藤慎子訳、ディスカバー)

こんにちは てらこやです。

もうすっかり忘れていましたが、このブログはうつ病を患ったてらこやが、少しでも気分のよくなる本を紹介していくという趣旨で始めたものです。ホントにすっかり忘れてた!前回の本が夢野久作「猟奇歌」、その前がムージル……。どこが気分のよくなる本なんでしょう?趣旨がブレまくりの当ブログです。

うつ病といえばですね……、いつの間にか発病してから1年が経過したのですよ。最も悪かったのが昨年の夏。思い出すなあ、眠られぬ夜を抜けて浴びる朝日。新聞受けに新聞の入るゴトンという割と大きな音。気分が落ち着くときいて夜通し飲み続けるカモミールティーのにおい。リビングの窓から街を見下ろして、早々と出勤するひとびとをぼんやりと眺めていたものです。

その後気分の悪いひとびとの集まる職場から追い出されて、今は新しくて暖かな職場でどうにかこうにか働いているわけです。不眠はかなり改善されました。薬が効きすぎて日中に猛烈に眠たくなることがあるくらいですが、医者に言わせると、それも回復してきた兆であるそうです。度々あった怒りの感情も以前に比べれば解消されてきたのですが、依然として朝と夕方には前の職場のことを思い出して、ピリピリした気分にもなります。たまに癇癪を起して、マンションの外壁をつい蹴ってしまうのは、どうか許してください。

今、なるべく冷静なあたまで考えてみると、うつになった原因のひとつは、自分に世間知というものがなかったということと、その世間知の見本を周囲の人間のふるまいに求めてしまったこととにあるのかなと思い当たります。

どうも自分には世間知というか、世渡りを上手くするという能力に欠けているような気がします。別段どうふるまえばいいのか全然わからないわけではなくて、おぼろげにはわかるのですが、それを実行にうつすのにブレーキがかかってしまう。それがなぜだかわからないのですが、一種の照れがあるのです。

それに対する劣等感があり、前の職場に配属された時にはよしうまいことやってやろうと意気込んでいたのですが、それがイケなかったんですね。無理をしてしまった。しかも見本があまりよくなかった。目の前の人には調子よくいい顔をみせるくせに、その人がいなくなるとペロリと舌を出す同僚。なにもできないくせに大物ぶったふるまいだけはして、面子を保とうとする係長。「ワークライフバランス、ワークライフバランス」と念仏のように唱えていればそれがさも実現するかのように思っている、敵を作らないことだけには長けている課長。でもそうしたひとびとで組織ができあがっている以上、自分もそうしたふるまいをしなければならないと生真面目に思ってしまったんですね。

しかし、本当の世間知というものはおそらくそんなくだらないものではない。うまく生きるということは小さく卑屈になってイヒヒと笑いごまかすこととはイコールではない。そう気づかせてくれたのが、今回紹介する「バルタザール・グラシアンの賢人の知恵」です。この本とは、一度休職してなんとか前の職場に復帰した一番しんどい時期に出会いました。

著者のバルタザール・グラシアンは17世紀スペインのイエズス会修道士。その言葉は現代にまで語り継がれ、ニーチェや森鴎外も絶賛したとのことです。

修道士の言葉というとどういうものを想像しますか?どうもてらこやはありきたりなイメージしか湧いてこなくて、「神を愛しなさい」とか、「自分を犠牲にして人につくしなさい」とか、そんなことを言うのかなと思っていました。

それが全然ちがうのですね。その言葉がイエズス会の教義とどの程度照合しているのかはわかりませんが、少なくともバルタザール・グラシアンの言葉は、現実を生きるのにとても役に立つ。とても実践的で実用的で、現代でも十分に通用する考えです。

例えば次の言葉。著者のバランス感覚がよく表れています。

「利己主義にも利他主義にも走らない どちらも極端すぎるのだ。すべて独り占めしようとする人は何があっても立ち止まらず、犠牲になろうとか、自分の利益をほんの少しでも与えようなどという考えは微塵もない。(……)一方、相手に完全に譲歩する人はただただ不運に見舞われる羽目になる。自分の考えがないために、こちらの利益などとても構ってはくれない世間の要求に飲みこまれてしまうからだ。/賢人は、最後に頼るのが他でもない自分自身だとわかっているのだ」

「感情を大切にする 頭と心は、どちらも知性の根幹を成す。どちらを否定しても幸福は半減する。/理性と観念の世界だけで生きていこうとするのは愚かなことだ。感情もかけがえのない人生の要素であり、それなしで社会的地位を得たり、仕事や人づきあいをなすことはありえない」

他に題目だけあげると、次のようなものもあります。

「運のいい人を見分ける」、「貸しはとっておく」、「黙するときを知る」、「すぐに信じない」、「才能を演出する」……。

たまにピリピリするいいましたが、今のてらこやは次のことを覚えておかなければなりません。

「悲しみは水に流す(……)記憶の使い方次第で、この世は天国にも地獄にもなる。水に流すことが悲しみを癒す唯一の方法という場合もあるのだ」

また次の言葉も戒めにしておかなければなりません。

「自分の愚かさに気づく この世は愚かな人間だらけ。天国の賢人と比べればやはり愚かなのだ。/愚の骨頂は、自分の愚かさに気づかないで人を愚か者呼ばわりすること。真の賢人は、ただ賢そうに見えるだけでなく自分の無知に気づいている」

30を目前にして、いつまでも「厨二病」に浸っているわけにもいきませんからね。

バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵
バルタザール・グラシアンの 賢人の知恵 バルタザール・グラシアン 齋藤 慎子

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