「・・ぐすっ・・・ううっ・・・」

僕は泣きたい気持になってきたが、ぐっとこらえた・・・

泣きたいのは僕よりもゆうかたちのほうだったからだ・・・

あんなに声をあげてハルナ、そしてゆうかが泣く姿を見たのは、彼女らとの付き合いで初めてのことだった。

 


とても苦しく・・・辛い気持ちにさせてしまったのだと・・・思った。

僕を愛してくれていた・・・でも、僕は彼女らの気持ちを結果的にもて遊び、裏切ってしまったのだと・・・深く・・・反省した・・・。



バスローブを脱ぎ、昨夜から床に散らばっている部屋着に着替え、ゆうかが脱ぎ捨てたネグリジェとショーツを脱衣カゴに入れた。


ゆうかが泣きながら寝室にこもってから30分ほど経ったころだった。


ガチャッ・・・

寝室のドアが開く音が聞こえた。

僕はソファーから立ち上がると寝室に向かった。

ゆうかは昨日着ていた紺のパンツルックに着替えていて、僕に目をあわせることなくリュックを持って脱衣所のほうに向かった。

「・・・・」

僕はゆうかの後を追った。

「ゆうか・・・ごめん・・・」

「・・・・」

ゆうかは無言で私物をリュックに詰め込んでいた。
脱衣カゴにあったネグリジェとショーツもまるめてリュックに入れていった。

そして昔ゆうかが使っていた部屋に駆け込み、ドレッサーの前で化粧水を肌に荒っぽく塗ったあとハルナが片づけたダンボールを開け、自分の私物を見つけてはまたリュックに詰め込んでいった・・・。

「ううっ・・・うっ・・・うっ・・・!!」

ダンボールから懐かしい私物が出てきたからだろうか、ゆうかはまた泣き始めた・・・!

「うっ・・・・ううっ・・・ぐすっ・・・ううっ・・・!!」

「ゆうか、ごめん・・・ごめんね、話しを聞いて・・・僕は・・・」

「なによ・・・!!ショウさん、謝る必要なんてないじゃない・・・わたし、あなたに女性がいるってわかってて・・・わかってて、逢いに来てるんだから・・・!!!ううっ・・・うっ・・・!!」

「違う、ゆうか・・・聞いて・・・!!」

「ううっ、ううっ・・・!!目が覚めた・・・目が覚めたわ、わたしっ!!ううっ・・・」

「ゆうか・・・」

僕はゆうかに近づいて抱きしめようとした。

ゆうかは僕のハグを嫌がり、泣きながら胸をどんどんとたたいた。


「あなたは、結局わたしを一人にするのよっ!!!」


「・・・ゆうか、違う・・・話をきいて・・・」

「いやよ!!わかったわ、もういいの!!前と一緒よっ!!あなたはまた海外の仕事に行くの、わたしは待つの!!またここで、一人でっ!!」

「・・・・・ゆうか・・・」

「離してっ・・・帰る・・・帰るから・・・!!」

「・・・ゆうか・・・」

「ううっ・・・離して、離してよっ!・・・もう・・・ほっといて・・・」

「・・・ゆうか・・違う・・・愛してる・・・・ゆうかを・・・愛してるんだ・・・」

「うううっ・・・・ううっ・・・・」

「昨日と今日・・・ゆうかと一緒にいて・・・わかったんだ・・・」

「うううっ・・・わたしは・・・わかんないっ、ショウさん、いい彼女さん、いるじゃないっ!!」

「・・・違う、聞いて・・・」

僕のハグを拒むゆうかをなんとか抱きしめた・・・。

「ううっ・・・ううっ・・・・」

「ゆうかが好きなんだ、ゆうかが・・・」

「ううっ・・・ううっ・・・もう・・・わたしに優しくしないでっ!!・・・ううっ・・・忘れられなくなるからっ!!ううっ・・ううっ・・・うぁああああんっ・・・あああああんっ・・・!!」


バッ!・・・


ゆうかは僕のハグを振り払うように解くと、リュックと上着のジャケットを手にとって玄関に駆けていった。

「ううっ・・・ううっ・・・」

ブーツを慌ただしく履くゆうか・・・

僕は呆然と彼女の様子を見ているだけだった。

「ううっ・・・ううっ・・・・・ううっ・・・・」

「ゆうか・・・」

ブーツを履き終えると、ゆうかはその場で泣き崩れた。

「ううっ、うあああっ・・・うぁあああんっ・・・・」

彼女がドアを開けて出ていくともう ゆうかに逢えない気がしていた。

ゆうかもたぶん・・・同じ気持だったと・・・思っている・・・

「ううっ・・・ううっ・・・ぐすっ・・・」

「・・・・」

ゆうかは・・・動転している気持ちを必死で抑え、最後の言葉を選んでいるようだった・・・


「ううっ、ぐすん・・・ショウさん・・・ごめんなさいっ・・・わたし、でしゃばってしまって・・・!!でも、逢いたくて・・・逢いにきてしまって・・・!!」


ゆうかはこんなに辛い心境でも、ハルナが出て行ってしまったことを気遣ってくれているようだった・・・。


「ゆうか・・・」

「ぐすん・・・うっ、ううっ・・・・だめ、なんか違う・・・・いやだ・・・いやだ・・・ショウさんと、こんな別れかた・・・!!・・でも・・・わたし・・・・!!ううっ・・・うっ・・・」

「ゆうか・・・待って・・・」

「ぐすん・・・だめ、わたし・・・わたし・・・・・・」

ゆうかは少し混乱した様子から胸を抑え、何かを言おうとして、

でも、その言葉を押し殺した・・・

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ぐすん・・・ううっ・・・・・ショウさん・・・・好き・・・大好きよ・・・ううっ、愛してる、ううっ・・ううっ・・・・・・さようなら・・・!!」

 



ガチャッ・・・バタンッ!!

(カツ、カツ、カツ、カツ、カツ・・・・)

またもエレベーターホールへと向かう、女性の靴音・・・

ハルナに続いてゆうかも僕の前から姿を消した・・・

ハルナとゆうか・・・どっちつかずの関係の果て・・・

全ては・・・僕の行い・・・・・


ばたっ・・・


僕はその場で膝をついて、呆然となった。

「ぐすっ・・・ううっ・・・・」


誰もいなくなった部屋・・・自然と涙が出てきた。


ハルナが玄関に置いていったペーパーバッグの中から、甘露煮のような甘辛い香りと、みかんの鮮やかなオレンジ色が顔を覗かせていた。

たぶんお正月の間に作ってくれた料理のいくつかをもってきてくれたんだろうと思った。

ハルナの一途な真心を今更感じて、胸が痛くなった・・・。


脱衣所の引き出しやゆうかが以前使っていた部屋のタンスとハルナが片づけた例のダンボールは荒々しく開けられ、彼女が僕の家に置いていたものはあらかたなくなっていた。

唯一、食器棚に置いたゆうかのマグカップが残っていた。

今朝彼女が来ていたTシャツとベッドに残るほのかなゆうかの残り香とペニスについたままの彼女の愛液が僕の慰めになった。

「ゆうか・・・・」

僕はベッドに寝転ぶと、そのまま自慰をした。

彼女の愛液をまだ感じられるうちに・・・

 

 

「はぁ、はぁ、ううっ・・・ああっ・・・・」

・・・ついさっきまで洗面台の鏡を使って、立ちバックで愛しあっていたのに、

あのときの快感も、ゆうかの肌と柔らかで暖かい膣内の感触も、もう感じることはできないのか・・・

「あっ・・・ゆうか・・・出すね・・・あっ・・・いく・・・いく・・・あっ、イクッ!・・・・」


・・・射精をすると、興奮気味だった脳が少し落ち着きを取り戻してきた。
が、虚しい気持ちは解消されなかった。

普段失恋したときは仕事で気を紛らわしながら新しい恋を探すのだが、正月休みはあと数日残っていて会社も開いてないし、今回は落ち込み度が激しかったので頭も身体もうまく回転していなかった。


ハルナが持参してくれた料理をテーブルに並べ、一人でそれらを食べた。

ハルナが作ってくれたと思われる料理もあれば、これはハルナのおばあさまの料理かもしれない、というものもあった。


二人が出て行った玄関ドアを見て、はっと思った。

鍵がかけられていなかった。

「あっ・・・合鍵・・・・」

彼女らは興奮と悲しみの中で僕の家を突然出て行った。

2つの合鍵をそれぞれ持ったまま・・・



昼の2時をまわったぐらいにハルナに電話をかけてみた。

いつもなら飛びついて電話をとる姿が浮かぶほど電話口に出るのが早いのだが、今回は出る気配すらなかった。

ゆうかも・・・同じ結果だった。

どうすることもできず、二人に謝罪のメールを送った。



ハルナには持ってきてくれた料理への感謝と、朝の醜態についての謝罪を綴ったメールを送信した。

ゆうかには深い謝罪の気持ちと、やりなおしたい気持ち、今までの愛情を綴ったメールを送信した。


その日のうちには返事がなかった。

次の日も返事がなかったので、もう一度二人に同じ文書を送ったが、やはり返事は来なかった・・・。


きっと彼女たちの心と身体はぐちゃぐちゃになっていると思った。

今は謝罪など通じない状態・・・そう思った。



それから数日後にまた二人に電話をかけてみた。

着信はするが、やはり電話に出てくれる気配はなかった。


正月があけて僕はまた海外に出張に行くことになった。

海外に行ったときに彼女らとの連絡でよく使っていたチャットアプリを開いて見ると、懐かしい会話記録が残っていた。

ハルナとゆうか・・・

二人との会話記録を読み返すと、愛情にあふれた時間が蘇ってきて、涙が出てきた。


僕はそこにも彼女らへの謝罪の気持を綴ったメッセージをうちこんだが、もうアプリにログインすらしていないのだろう、既読がつくことはなかった。


2週間ほどの滞在を終え、帰国した日に 彼女らにまた電話を入れたが、同じ結果だった。


いたたまれない気持のまま、1月、2月を過ごした。

海外のプロジェクトが忙しくなり、現地への出向が増えた。

仕事に集中することで失恋の傷跡を癒したかったが、なかなかそうはならなかった。

やがて現地オフィスで働いていた英語が上手な「リン」という年上で日本人の既婚女性とセックスフレンドになった。

長い黒髪で小柄な身体、Bカップで張りのいいおっぱい・・・体格がどこかゆうかに似ていた。

彼女とセックスすることで落ち込んでいた僕の気持ちは徐々に普通に戻っていくと思っていた。


「リンさんっ・・・リンさんっ・・・!!」

 

「ああっ!!いいっ!!いいっ!!ショウくん、すごくいいっ・・・!!、あっ、いく・・・いく、いくいく・・・!!」


だがリンを何度抱いても  ハルナとゆうかを忘れることはできなかった。

 

彼女たちにきちんと謝罪したい気持ちがずっと心に残ったままだった。


3月になると僕の携帯はガラケーからようやくスマホになった。

iphoneが出てから数年が経っていての、ようやくの機種変だった。

僕はキャリアを変えず、電話番号とメールアドレスをそのままにした。

彼女らからまだ連絡が来ると・・・信じたかったからだ。


桜の季節が終わり、4月も半ばを過ぎて街を歩くと少し汗ばむようになったころ、ゆうかが務める外資系の会社でのパーティに呼ばれた。

僕はゆうかに逢えるかもしれないと思い、そのパーティに出席したが・・・彼女のすがたはどこにもなかった。

ゆうかの同僚の女性がその場にいたので、僕は勇気を出してゆうかのことを聞いてみた・・・

「ああ、ショウさん、お久しぶりです。えっ、ゆうかちゃんですか?うん、今日は来てないっていうか彼女、退職したんです。今月いっぱいで」

 

「えっ、退職・・・?!」

 

「今は有休消化でお休みですね」

「・・・そうなんですか」

「こんなこと言っていいのかな、デキ婚ですって。うちの社員と」

「えっ・・・」

「あそこにいるほら、がたいのでかい彼と」

「・・・・!!」

彼女が指さすほうを見ると、体格のいいスーツ姿の男性がクライアントと談笑していた。

僕に似た雰囲気を持った男だった。

ゆうかは商船会社会長の孫とは別れ、あの男を新しく選んだのだと思った。

「そ、そうなんですね、・・・ありがとうございました」

僕はその場を離れ・・・パーティ会場を出て椅子に座った。

(デキ婚ですって。うちの社員と・・・)

「ゆうか・・・そうなんだね・・・ううっ・・・ゆうか・・・」

急に涙が出てきて、あわててトイレに駆け込んだ。

「ぐすっ・・・ゆうか・・・・」


時間はどんどん流れていった。

もう・・・ゆうかを忘れよう・・・ハルナも忘れよう・・・

そう思った。



海外のプロジェクトを終えるころ、友人らと集まって新規の事業を立ち上げた。

仕事に終われる日々の中で僕は結婚もせずにまたいくつかの不倫恋愛を繰り返していた。

一人の既婚女性に自宅の合鍵を渡した。


「・・・ねえ、ショウくんちってさ、スペアキーこれしかないの?」

「あっ、うん、そうなんだ。あとはどっかいっちゃって・・・」


本来僕の家には合鍵が4つあった。
1つは僕、残りのうち2つはまだゆうかとハルナが持ったままだった。

そう、あの日の突然の別れ・・・

 

彼女らが出て行った日に持って帰ったままの ふたつの合鍵・・・。



9月になっても熱い日差しが照り続いていたある日、夜勤を終えて真昼間に自宅マンションに戻ると珍しくマンションの管理人のおじさんが僕に声をかけてきた。

「あら、ショウさん、こんにちは」

「こんにちは」

「ショウさん、預かりものがあるんです」

「えっ・・・?」

「ポストに入れておきました」

「・・・なんでしょう」

「ショウさんが帰ってくるついさっきなんですけど、マンションのそこの車留めに女の人の運転で車がきましてね」

「・・・!!・・・ええ・・・」

「ちょうどわたし、植込みの手入れとかしてたら、その女性に  ここの管理人さんですかって聞かれて、そうですって答えたら」

「・・・・」

「鍵を渡されまして。拾われたとかで」

「えっ・・・」

「その女性が言うには、この周辺で拾ったから、こちらのマンションの人のものではないか、って・・・」

「・・・・!!」

「で、鍵の番号をその場で調べたら確かにショウさんの部屋の鍵だったんでね、預かったんです」

 

「・・・・!!!」

 

僕は少し胸が熱くなり、言葉が震えだした・・・


「・・・・・・そ、そうだったんですね」

「実際、落としました?鍵」

「えっ・・・ええ、そういえば1つ無いなって思っていたんです」

「よかった。ポストに入れましたから」

「ありがとうございます・・・あの・・・・」

「はい、なんでしょう」

「その女性ってどんな方でしたか」

「えっ・・・ああ・・・とてもいい笑顔でね、綺麗な方でしたよ。前に見たことがあるような気がしましたが・・・あ、えっと妊娠されているのかな、お腹が少し大きかったですよ」

「えっ・・・・」

「ああ、あとね、ベンツ、ベンツ運転されてましたよ。いきな感じの方でしたね」

「・・・・!」



ポストをあけると管理人さんが入れてくれた封筒に鍵が入っていた。

鍵の形からして、僕の部屋の合鍵で間違いないと思った。

鍵にはハルナに渡したときにはついていなかった、ハーバリウムの平らなキーホルダーがついていた。

ハーバリウムのオイルには見たことがあるような花が綺麗なレイアウトで浸かっていた。

 

少し涙が、こぼれてきた・・・


ガチャッ・・・


戻ってきたその合鍵で僕は自分の家のドアを開けた・・・

 

 

ガチャリ・・・バタン・・・


「ううっ・・・」

ドアをくぐると突然、

切ない気持ちで胸がいっぱいになった。

そして あの日  二人の女性が泣き崩れた玄関で 

 

僕も泣き崩れた・・・

「ううっ・・・ううっ・・・・うううっ!!!」

涙を流しながらスマホで、

ハーバリウムのオイルにつかる花を調べた。

それは「スイートピー」の花だった。

そしてその花言葉は

「優しい想い出」だった・・・。



「ううっ・・・ううっ!!ハルナ・・・ごめん、ごめんよ・・・ううっ、ううっ・・・!!」


それからまた1年が過ぎるころ・・・

風の噂でゆうかが1子目の出産を無事に終え、いいママになっていると聞いた。

たぶんハルナも子供を授かり・・・幸せに暮らしているだろう・・・



ゆうかを失ってもうかなりの年月が経つ。

今になってわかることがある・・・

あのとき言えなかった一言・・・

それをゆうかに伝えてさえいれば、

もしくは 欲望・性欲に流されることなく、

ゆうかと再会する日を選んでさえいれば

僕たちの未来は変わっていただろうと・・・





ゆうかに預けたもう1つの合鍵は・・・

今でも彼女が持っている。








おわり