最近の報道を見ているとストレスがたまる。

 この国の、特に野球を伝えている人たちは、あまり考えていないのかなと思う。

 

 これも、ネットメディアが流行って、簡単に記事が書けるから、ジャーナリズムがインスタントになってしまっている影響なのか。

 

 まず、言いたい一つ目は、巨人長野久義の広島移籍だ。

 周知のように、丸佳浩をFAで獲得にしたことによる人的補償で広島に渡る。

 

 これに対して、巨人の姿勢を批判しているメディアが多いのだけど、正気かと思う。

 

 普通に考えて、巨人は外野手のレギュラー選手を広島から獲得した。一人の主力があぶれるのは当然で、プロテクト名簿に34歳の長野が漏れるのは当然のことだ。丸や同じFAで加入の陽が3〜5年活躍したとして、次のレギュラー候補は残しておかないといけない。そう考えると、亀井や長野がプロテクトから外れることはなんら不思議なことではない。

 

 「功労者をプロテクトから外すなんて」

 

 という声もあるけど、それを批判するなら、丸を獲得したことを否定すべきだろう。

 丸を獲得するから、功労者を手放さなくてはいけなくなるわけで、その論点は明らかにおかしい。

 

 日本のメディアには、MLBのシアトル・マリナーズが中期の再建を目指すためにロビンソン・カノを放出したことや、パクストンをトレードで出したから、菊池雄星を獲得しようという流れになったことも理解できないのだろうと思う。

 

 二つ目

 日本高校野球連盟が新潟県が昨年末に発表した「球数制限導入」について、待ったをかけたという記事。

 

 これ、高校野球特別規則を読んだことも成り立ちを知らない僕から言わせると、そこに何が書いてあるかわからないから、日本高野連を安易に非難することはできない。

 

 ただ、この報道を見ていると、日本高野連の竹中事務局長が歴史を大きく揺るがすものすごいことを言っていることに気づく。

 

 報道を引用すると、こう書いてある。

 

「新潟の取り組みは間違いではない。将来的に球数、回数制限は踏み込んでいかないといけない」

 

 球数制限(投球回数制限)を正しいことと認めたのだ。

 

  もし、日本高野連が本気で新潟高野連の動きに待ったをかけるなら、連盟からの除名をカードにしてやめさせているだろう。でも、今はそんなことをするような高野連ではない。

 

 それに驚きはない。

 

 むしろ、彼らの動きを評価したことに意味がある。

 

 日本高野連は、思い切ったことを決めて、世間からのバッシングを受けることを異常に恐れている。

 

 それは以前に筆者が日本高野連の竹中事務局長を取材した際に感じ取ったことだ。

 

 例えば、こう話している。

 

「もっと早く決めるべきだという意見は分かります。ただ、いくつかの事例が積み重なって、やむなしという状況になったところで導入するのが一番いい」

 

 新潟県のように、医療と現場が一体となって、取り組み、現場の指導者が「プレイヤーズファースト」に理解を示すことができるような環境を作ることに成功したのは見事であるけど、現実問題、他の地区は、そうではない。

 

 いまだに、球数制限に反対する現場は少なくないのだ。

 年末にも、現在早稲田大学の監督である小宮山悟氏が「球数制限反対」の声明を出していたし、先日の筆者の寄稿原稿「新潟の球数制限がもたらす次の問題。」に対する反対コメントに、「現場の意見を聞け」というのがあったほどだ。

 

 日本高野連は、異常なくらいに批判されることを恐れている。

 だから、世間の空気を変える努力を我々はしていかなければいけない。

 

 もう、大会の価値とか歴史とか言っている場合じゃないですよ。子供を健康被害から守りましょう、と。

 

 新潟県高野連の思い切った策は、その第一歩であるのは間違いない。

 

 「本気で子供の未来を考えている」という自負がある各都道府県の高校野球連盟は、ぜひ、新潟高野連の動きに賛同してほしい、あるいは、自分たちでも動いてと欲しいと思う。

 

 そうすれば、きっと日本高野連はビビらずに決断してくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 改めて末恐ろしい男だなと想った。

 

 ポスティングでのメジャーリーグ移籍を目指していた菊池雄星がシアトル・マリナーズと契約した。

 いつの日かシアトルの名前を口にしたことがあったけど、まさか、その球団と契約するとは。しかも、最低でもポスティング額が11億という予想以上の契約を勝ち取ったのは見事というほかない。

 

 そして、何よりの驚きは、その入団会見のほとんどが英語で行われたことだ。

 ありきたりな言葉だけではなく、質疑応答にまで英語で答える完璧な記者会見。

 その姿勢は、彼のメジャーへの想いの深さを表現した一つであったと僕は思う。

 

 周知の人もいるかと思うけど、筆者は、この4、5年、彼の登板のほとんどを見てきた。

 正直に言って、当初は、高校時代の輝きをどう戻していくのかを見ていたよう気がする。9年前、涙ながらに記者会見をしていた菊池雄星がどんな人生をたどっていくのか。154キロを出した高校時代に戻れるかどうかという視点だった。

 

 結論は、2013年に、突然、球が強くなり、この3年ほどは、こちらの想像をはるかに超える成長ぶりだった。

 その成長はまさに、一人の投手がエースの階段を上っていく道のりそのものだった。

 

 彼をそばで見ていて思うのは、必ず、目標を実現していく姿だ。

 時間はかかるかもしれない。けれども、絶対に逃さない。

 有言不実行が絶対になく、必ず、目指したことを確実にモノにしていくのだ。

 

 3年前の今頃だったか、

 話す時間が多くあったので、当時、ACミランに所属していた本田圭佑の話題になった。

 どんな話題かというと、彼がミラン入りした時の記者会見についてだった。

 

 全て英語で語る完璧な記者会見で、この姿勢が「世界で戦う」ということなのだろうと語り合ったのを覚えている。

 

「成功したい想いというのは、プレーだけのことではなくて、こういう姿勢にも現れる。必要な要素なんだろうね」

 

 ちょっと話題にした程度だったと思う。

 しかし、あれから3年、本当に彼は実現した。

 自己紹介だけでなく、ほぼ全てのスピーチを英語を使って会見をこなした。

 

 末恐ろしい。

 この3年、数々の凄みを見せてくれたけど、改めて・・・

 すごい男だなと思う。

 

 

 

 2018年は今日で終わり。

 「あ」っという間だった。

 

 今年もたくさんの出会いと感謝にまみれた1年だったなと思う。

 

 8月に単独の書籍を出させていただいて、自分一人の力でできることなど、たかが知れていると痛感したし、発売後、多数の人から労いと今後への激励をたくさんいただいた。

 

 「行き切るしかない」。

 

 今はそんな心境になっている。

 

 

 僕の話はそれまでにして、

 今年1年を振り返ると、DeNAの筒香嘉智選手の会見からスタートしたように思う。

 僕はその会見には参加していないのだけど、1月に「チームアレグシーボ」で発信した野球界へのメッセージは強烈なインパクトがあった。あれが今年のスタートだった。

 

 2月のキャンプになって、ベイスターズのイヤーブックの仕事で、彼をインタビューした。

 あの発言については一切聞かず、取材を通して、あの発言にある彼の深層心理を掘り起こそうとした。

 

 その時、ある言葉にハッとさせられた。

 

 「矢印が外に向いているかどうか。For Realを見直したら、チームメイトのことを口にしたのは監督とパットンだけだった。みんな自分の方に矢印が向いている」。

 

 DeNAが強くなるためには、という中で、彼の口から出てきた言葉だったが、この考えは大切だなと思った。

 

 「矢印を外に向ける」にはいろんな意味があると思う。

 

 単純に「人を思う」というのもあるし、自分よがりにならないというのもある。日本だけではなく、世界に目を向けるというのも、「矢印を外に向ける」ということになるのだろう。

 

 世界を自分に向けないという行為が人を大きくする。

 だから、筒香の口からは1月の発言が出たのだろうと思った。

 筒香はこうも言っていた。

 

「何かを得られるからと見返りを求めて矢印を外に向けているわけではありませんが、いろんなことを経験してきて、本気で矢印を外に向ければ、自分のやるべきことが見えてくる」。

 

 そんな彼の言葉を頭の片隅に置いて取材を続けていると、開幕から破竹の勢いでパ・リーグをリードした西武の選手たちが「自分のことをいう」人がいないことに気がついた。

 

 ヒーローインタビューなどでも、真っ先に口をついて出るのは、自分より外にことだった。

 

 

 

 メディアで報道されるのは数人だけど、人を生かすために、わからないようにアシストする選手がいたり、若い選手たちでどうしようもなくなると、ベテランが黙々と仕事を果たしていた。多分、矢印を自分に向ける集団だったら、こんな勝ち方はできないだろうという試合も、矢印が関係しているのだろうと思った。

 

 そして、もう一人。。。。

 

 春夏連覇を果たした大阪桐蔭の中心選手の一人、根尾昂のインタビューを聞いていると、

 まず、第一声にチームのことを口にしていることに気がついた。

 

 キャプテンが、相手が、先生が、、、

 もともと人をリスペクトする発言をすることが多いなと感じる選手だったが、彼のすごさはそんな姿勢にあるように思った。

 

 今年言い忘れていたので、改めて書かせてもらうけど、根尾昂のすごさをほとんどの人が理解できていないと思う。

 こうした姿勢ももちろん、野球における、フィジカル、テクニカルな部分にも、彼はこれまでの選手にはない特殊なものを持っている。しかし、ほとんどの人がそれに気づいていないのではないかと思う。

 

 今までのノリで彼を評価している。 

 

 高校NO1ショート、二刀流、三刀流というように。。。。

 

 

 一方、シーズンの後半は、野球界について、メディアについて、語らう機会をたくさんもらった。

 

 行動力のある人に、たくさん会い、議論した。

 言い合いになることで、自分の考えを整理することができたし、新たな考えも生まれた。

 またまた勉強できたな、と。

 

 自分の専売特許である「察知力」は、深まったように思う。

 

 洞察や慧眼する力はないけど、意図を汲み取る、慮ると言う部分は、今年も蓄えられたんではないかと思う。。

 そこだけは自分にあるものとして、これからも前に進んでいきたい。

 

 自分が記事を書く上で一番大事にしていることがある。

 それは「読まれる」「PVを稼げる」「自分の名をあげられる」ではなく、「自分の心が揺さぶられたかどうか」。

 当然、それだけじゃ生きていけないのはわかっている。元来、メディアに関わる人というのは、「目立ちたがり屋」だと思う。「俺が知っている」、「俺が世間をリードしている」、「俺が最初に報じた」、「俺はこう言いたいのだ」。

 

 そういう想いの塊の人たちばかりと思うけど、その中での僕には「我」はない。

 人にも知ってもらいたいという思いが自分を動かしてきた。自分をよく見せることよりも、自分が心を揺さぶられ、こんなすごいことがあるというのを伝えたいと思ってきた。

 

 ただ、それが筒香のいう、「矢印を外に向ける」と同じかというと、少し微妙なところ。

 矢印を外に向けてきたかと言うと、筒香やドラフト前に「夢を語れる野球界にしてほしい」と10年の歳月を経て真実を語った菊池雄星など、行動力のある人たちに比べれば、もっともっとできたと振り返る1年だったのは間違いない。

 

 2018年の終わりを目前に頂いた言葉が強烈に印象に残っている。

 

 「しなやかに」「したたかに」。

 

 2019年は、もっと矢印を外に向けて、この言葉を大切に行き切ってやろうと思う。

 

 1年間、原稿をお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 


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