作宵【 seabed 】を休んだ。
早くからよく寝たので朝の目覚めが快適だった。
あと1ヵ月がんばろっと。
そして夜ぐっすり寝よぉ。
あと溜めてるやんなきゃなことを
さくさく整理整頓していこっと。w
休んだのは九日ぶりだったかな?。
お仕事至上主義の j なのに
よく休むようになったもんだっ。w
【 seabed 】に遣って来たのは
2005年5月。
本腰を入れたのは
元本職のプロジェクトが終了し ひと段落した6月。
何ヶ月もずっと休まなかった。
ずぅぅぅっと休まなかった。
お遊びに出掛けて
AM5:00に帰ってきても
必ず辿り着くようにしてた。
・・・み、みんな寝てて意味もないんだけど
遮二無二辿り着いた。
元来の生真面目な性格なのか
休むのはキライなんだと想う。
前職場に勤めてた頃も
j のために休むことは殆んどなかった。
親知らずを抜く時とか
免許更新のときに半休とったりしてた。
あとは他者のためだったり
買取のない有給消化のためだった。
ご高齢のお客様。
彼・彼女らがお喋りしたい時
いつも聴いてあげられるように存在していたかった。
日々の気分の変動や
体調管理に眼を見張り
退屈を払拭させるためにお笑いを提供していた。
j がみつけた求人は
組織という箱の中で
託老所というとこだった。
託児所のお年寄りバージョン。
お夜勤がないため
薄給は より薄給だったけど
ちぃさい頃 幼稚園の先生になりたかったことと
お夜勤でstaff側が疲労困憊になって
労わりの応対が欠けてしまうことは
『元気』という気を捧げたい j として
極力避けたいことだったので
お夜勤無しの託老所という部署はラッキーだった。w
j が勤め出した頃は
まだ世の中が高齢者の方々に対する配慮が足らず
介護職という言葉さえ少なかった。
当然諭吉を使用して
第三者に介護を委託することなんて定着しておらず
『贅沢』 『傲慢』 『怠慢』
などのレベルで扱われていたようだった。
そのすこし前の時代は
隣近所にも隠しておうちの中に閉じ込め
お嫁さんという存在の人だけが
総てを任され苦労していたということを知った。
過疎地では未だに この状況が
現実のものとして存在しているらしい報道を
みたことがある。
お嫁さんの一生って なんなのだろう・・・・・。
そんなことを感じた。
いろんなことがあった。
小分けにしないと書き切れないほど
たくさんのことを経験・体験させてもらった。
ずっと一人で生きて来られたから
可愛くないお方もいらっしゃったし
ご家族に愛されているお方も
そんなことも忘れてしまったお方もいらっしゃった。
いきなり殴られたり
出会い頭に弁慶の泣きどころを蹴られたりもした。
こちらも防御していないだけに
痛みも甚だしく ムカついたりもした。
記憶が薄れても
弁慶の泣きどころを狙うあたりは
さすがだなぁ・・・と感心したりもした。
また原因のないことで
言い掛かりをつけられ怒りを露にし
罵声を上げ続けたりもされた。
それが現場の現実だった。
こちらも感情というものを持つ人間なので
幾度も憔悴した。
しかも他staff達は 要領よく避ける。
なかなかやるじゃないっ。
見事な要領の良さは天晴れだった。
人がイヤがることはご多分に漏れず
j だってイヤだった。
んが。
学生時代からこういう人達が避けるイヤな役目は
j が買って出た。
もともと気が強いし 誰かが対応しないと治まらない。
だから j が率先してやる。
そしてそれらのひとつひとつが
j の築き上た【揺るぎない自信】へと繋がる。
j 達 第三者には【時間】という終わりが来る。
生活を共にしているご家族には これが来ない。
ご家族様は大丈夫なのだろうか・・・・・。
いつもそう感じていた。
時折 大小の排泄物を漏らされるお方々が居た。
j は総ての仕事を後回しにしても
そのお方の下半身を
浴室のお湯で洗い流すことをしていた。
これは譲らなかった。
j の意地にかけて徹底させてもらった。
お客様が増え staffの手が足りなくなった頃
お湯で洗い流すことに時間と手を割くことは困難になった。
なので j は下半身用のタオルを
熱湯に浸らせて絞り
ぱたぱたっと冷まして適温にし
丁寧に拭かせてもらった。
他staffは トイレの紙で拭いてあげるだけだった。
考えてみないの?。
自分が大小の排泄物を漏らしたとして
下半身がぐっちょりねっとりべたべたで臭かったら
ね?。どうする?。
そう想いながらも口出しは
殆んどしなかった。
お客様は御一人ではないし、お仕事もひとつではない。
時間に追い駆けられ遣らなければならないことが
目白押しに次々やってくる。
何処に主軸を置くかはstaff本人が考えて動けばいい。
j が消化しなければならない他のお仕事を後回しにしても
下半身を不快のまま悪臭のままにさせたくない。
j は ただ それだけだった。
関係が取れてるとはいえ
局部を他人に曝すことは羞恥心の極みであると想います。
なので
『ごめんね。』 という言葉を伝え続けながら
対応させて頂いていました。
そんな j に
自分のお名前さえも時々忘れてしまわれるお方々は
手を合わせてお礼を言われるのでした。
そして懐やポケットを弄り
『あなたにお金を払わないと・・・。』
申し訳なさそうに そう言われていたお顔が
おひとりおひとり 今も眼に浮かびます。
『お金は貴方様が渡したお嫁さんが払われましたよ。』
『貴方様が払われたお金を会社から戴いていますよ。』
個々のお客様に見合った返答で
ホッとした安堵の表情を
目の前に屈んで居る j に見せてくださいました。
組織というデカい箱の中の
お花畑というちぃさな箱の中で
j はいくつもの財産を授かりました。
初恋。という物語に登場する異性が
美化されているように
過去のお話は美談化されています。
その辺りをご解釈の上
ご愛読いただければ幸いですっ。w
けど。
人の痛みをひとつでも多く理解したい j は
ついつい必死で頑張っちゃいますから
当時も必死で『人間の現実』と闘っていましたよ。w
だから【財産家】なの。w
だから【自信家】なのね。w
出逢いに感謝っ。