私は今回の地震の被災者ではないのだが、
地震が起こってから、それ以前とは違う自分を感じている。

感情的に流されている感覚。
具体的にいうと、
テレビでの映像やインタビューをみて反射的に涙してしまったり、
次の瞬間に、自分の今いるところでも
いきなり地震が来るのではないか
と、落ち着かなかったり、
何よりも、今しなければならないことになかなか手が回っていない。
これって地震を言い訳に、今すべきことから逃げてる?
悲しいこと、あるいは楽しいことに共感するのはいいこと。
自分と完全に切り離し、常に距離を置いて冷た~く見ているより
よっぽど人間らしく、血が通っている証拠だと思う。
でも、今の私は、ある意味共感しすぎて、
自分の外の事象や感情を自分の中に取り込んだあと、
それが自分の本当に感じていることとごちゃまぜになって
混乱しているなぁ、と思う。

共感しない、心が動かない、何にも感じない人は大嫌いだ。
でも、共感しすぎることは、はたしていいことなのだろうか?
自分が疲れるのは端に置いておいたとしても、
自分にその反応を起こした事象や人に対して
勝手に中途半端な同情をしたり、
過剰な感情移入をしたりして、
失礼にあたるのではないかな、とふと思った。
今何が自分に起こっているのか、
それは誰の、何にたいする感情なのか。
それでは自分はどう感じているのか。
そして、どうしたいのか、どうあってほしいのか。
そのために自分はどうあるのか。
あらためてそれを自分に問いかけながら
新しいこれからを過ごしていく。





