『100年のLOVE SONG』(第16話)

二人でバスから降りて、高台に有る城壁に囲まれたトレドを見上げた。
その景観は、やはり車が走っていなければ中世その物である。しかし、高原のセゴビアとは違い、生活の臭いが漂っている様に感じられた。
私は、もしかしたら、梅乃の行方が分からなくなる可能性が有る、この街を寸分の見落としも無い様に、注意深く見て行こうと考えていた。
もちろん、彼女を私の力で守り抜く為に。
町並みの左側には、川が流れており、その川には橋が幾つも架けられているのが見える。
「由紀さんがここで行方が分からなくなった事等、考えられないね」
私は、トレドの景観を見渡しながら、100年前の出来事に心を馳せていた。
「そうね。母から聞いてからは、初めて今日来たけれど、信じられないわ」
梅乃はトレドを眺めながら、私に美しい横顔を見せて言った。
「この川は何て言うの?」左手に見えている川を指差し、私は言った。
「タホ川よ」
「この川の感じが、トレドの街に似合ってるね」
「トレドを眺めるには、南側から一望できる展望台があるの。そこから見れば、本当に今が中世じゃ無いかと思うわね。きっと」
「何故、南側に展望台があるの?」
「グレコの描いた絵と同じ位置だからよ」
「なるほどね、絵の風景と現在の風景が同じなんだね」
「そうなの」
「年代を考えると、それは凄いと思う・・・」
「だから・・・私が絵を書きたくなるの分かる?」
「僕に、絵を描く才能があれば、描くだろうね」
「でしょう・・・」
梅乃の瞳は、キラキラと輝いて見えた。
取り合えず、二人でトレドの街をぐるりと回って見る事にした。
時の流れを感じさせる城壁に沿って少し歩くと、丸い建物とアーチ状の門らしき物が見えて来た。
「これは、ビサグラ門よ」
私は立ち止まり、その門の上方に刻まれた双頭の鷲の彫刻を見ていた。
「これは、トレドの紋章に成ってるの」と、梅乃が教えてくれた。
「トレドの歴史を飾るものなんだろうね」
「その上で剣を握っているのが、トレドの守護天使よ・・・ここは、少し前に絵を描いたばかりなの」
ビサグラ門を中に入らず、レカレド通りを城壁に沿って進み、カンブロン門から中に入った。そこから、しばらく歩くとレンガ作りの歴史有る教会らしき建物が見えて来た。
「この教会は、サン・ファン・デ・ロス・レイエス教会と言うんだけど、キリスト教徒がイスラム教徒に支配されていた頃、キリスト教徒が、奴隷に成っていたのよ」と、梅乃が言って優雅な仕草で指差した。
そこを見ると、教会の外壁に何やらたくさんの鎖の様な物がぶら下がっている。
「あれは、足枷なの。・・・あれでキリスト教徒を縛っていたのね」
「ヨーロッパのこの当たりは、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の勢力争いが長い間続いた所だからね。・・・日本じゃ考えられないよね」
私は、歴史の本で見た長い宗教間の争いを思い出していた。そして、その時使われていた足枷を見る事は、歴史の証人に成った気がしていた。
「日本も戦国時代が有ったけど、意味合いが違うと思うわ」
「確かに意味合いが違うね」
私も、梅乃の意見に同感であった。ヨーロッパでは、宗教が違う事は、その為に命を奪われる事になる。
今の時代でも、イスラエルとパレスチナの争いは、その延長なのであるから。
その教会の近くに、小さく地味な教会が見えて来た。
「この教会は、元々ユダヤ教の教会でキリスト教に改宗されたけど、今はユダヤ教会に戻ってるわ。・・・中の彫刻や模様がすごく素敵なのよ。・・・サンタ・マリア・ラ・ブランカ教会だったと思うわ」
梅乃は、どうやらスペインの風景だけで無く、歴史に付いても興味を持っているように思えた。
「君は、スペインの歴史にも興味有るの?」
「てっ言うか。・・・絵を描いてると自然とどんな歴史が有るんだろうと思って調べちゃうのよね」
梅乃は、絵の事を喋る時は、生き生きとした表情で話す。私は、彼女が絵を描く事が根っから好きなのだなと感じ、絵に対して少し嫉妬に近い物を感じた。
「なるほどね・・・」平静を装い言った。
そこから直ぐの所に、エル・グレコの家が有った。
私は、小じんまりとして古く、石で造られた地味な家の外観にがっかりしていた。もっと洒落た素敵な家を想像していたのであった。しかし、中に入ってみると、その家の部屋数には驚いた。
「この家、部屋は幾つあるんだろう」
「20部屋以上あるはずよ」
「すごい・・・」
「ところが、グレコは、ここには住んで無かったらしいのよ」
「えっ!・・・」
「建物を復元して、ここに建てたらしいの。・・・観光目的じゃないかな」
「そうなんだ・・・」
「各部屋に、グレコの絵画が展示されているのよ」
少し歩いて、グレコの絵画が展示されている部屋にやって来た。
その作品には、人物画が多く風景画が見えなかった。
「トレドの風景画はないね」
「グレコは、人物画が多いのよ・・・ほら、あれはグレコよ」と、言って梅乃は多くの人物が描かれた中の一人を指差した。
「えっ!これが・・・」
「この時代の画家は、自分を作品の中に登場させる事があるのよ」
「そうなんだ・・・面白いね。君も、自分を登場させてみれば。・・・素敵だと思うよ」
「えーっ!・・・それは考えた事も無かったわね。・・・でも今度描いて見ようかな。・・・なんちゃって」と、言って梅乃は両手を返して、私におどけて見せた。
その仕草が可愛く、お茶目なので私は思わず吹出していた。
グレコの描いたトレドの風景画は、何部屋か過ぎた頃有った。
「この風景が、トレドを南側から見た景色なんだね」
「そうね。・・・後から行って見るけど、殆ど今と同じよ。良く覚えておいてね」
私は、携帯PCで時折思い思いの場面を、動画で撮っていた。
むろん、梅乃の姿も撮っており、この場面も、もちろん撮った。
絵画の他、グレコが生活していた日用品や家具類も展示されており、当時の生活様式を忍ばせていた。

<続く>