「神によって支えられる」

 

 先週の月曜日に教区新年聖会が行われ、午前の聖会では「倒れたっていい」との説教題で、列王記上19章より主のみ言葉の恵みをいただきました。旧約時代の預言者の代表と言ってもよいエリヤが、バアルの預言者らに勝利した後、イゼベルに命を狙われ逃げた荒野で、「主よ、もう十分です。私のいのちを取って下さい。私は祖父たちにまさっていませんから」と訴えたのでした。燃え尽き症候群です。命をかけて成したのに成果がない、この大勝利で神の民は神に立ちかえると思ったが、そうではなかったのです。疲れ切ったのでした。信仰者がこんなことを言って良いのかというような驚くべき言葉です。エリヤでさえそうだとしたら、私たちは大きな苦しみにあう時に、このように嘆き、辛さと苦しみを訴えたくなるのは当然の事です。信仰者は倒れてはいけないと自分を追い詰めなくてもよい、倒れたっていいのです。主は、そんな倒れた私たちを憐み支え、休息(食物と睡眠)を与え体力を回復させ(荒野に食卓を設け)、もう一度新しい命と力を与え立ち上がらせて下さるからです。イザヤ書(40:29)「疲れた者に力を与え、勢いのない者に強さを加えられる」のです。私たちの主は、「信仰者は弱ったりしてはいけない。疲れ果ててはいけない。弱音などは吐いてはいけない」と言われる方ではないのです。エリヤを生かし活かした主が、私たちを生かし活かしてくださるのです。