「主にあるリーダー」

 イスラエル史の中でも南ユダ王国のヒゼキヤ王(歴代誌下29~32章)は善王で、神の御心に聴き従いました。宮をきよめ、過越しの祭りを再開しました。その後、なんとアッシリア王のセンナケリブが攻め上ってきたのです。この時、ヒゼキヤ王は恐れず、神の民を鼓舞し次の言葉で励ましたのでした。

 「『強く、雄々しくあれ。アッシリアの王とその全軍を前にしても、恐れてはならない。おののいてはならない。我々と共にいる方は、あの王と共にいる者よりも偉大である。あの王と共にあるのは人の力でしかないが、我々と共にいるのは、我々を助け、我々の神、主なのだから』。この激励によって、民はユダの王ヒゼキヤの言葉を支えとした(安心した:口語訳)」(32:8)のでありました。

 神への信頼に堅く立って揺るがない指導者の言葉は、人々に安心を与え支えるのであります。まさしく模範とすべきリーダーの姿です。教会の牧師もそうですが、家庭のリーダーであるお父さんやお母さん、会社を経営する社長、各部長、グループの長の姿でもあります。