「勝利の方程式」 「これはあなたがたの戦いではなく、神の戦いである」(歴代誌下20;15)

 伊東教会の祈祷会では、歴代誌下の聖書箇所からみ言葉をいただいている。先日は20章であった。南ユダ王国のヨシャファト王が、三つの国の連合軍によって侵略を受けた時に、主なる神によって勝利を得た時の出来事(歴代誌下20:1~30)である。どのように勝利を得たのか、そこには方程式があった。それは神の国のルールとも言える。彼はまず、①「自分の力のないことを認め、主なる神に呼ばわっている」。次に②「主なる神からの応答を受けている」。続いて③「主なる神の言葉に従い行っている」。④そして「主なる神からの勝利を得ている」のである。まとめると「(主への)祈り、(み言葉への)信仰、(み言葉を)行い、(主による)勝利」であった。自分の力であがいている間は勝利がない、祈らない間は勝利がない、み言葉をいただいていない間は勝利がない、み言葉を信じて一歩踏み出さないなら勝利がない、これらのことを私達はすでに体験済みである。だからそれらから離れ、足を止め、手を休め、心配する思考を置き、勝利の方程式である主なる神に呼ばわり祈ることから始めて行こうではないか。静かな礼拝堂の講壇で、主の前にひざまずいて心の内を祈る、心に蓄えられたみ言葉が示される、従う献身が告白の祈りをささげ、勝利を得るのである。主なる神は、「しっかり立って、主があなたがたを救うのを見なさい。」(歴代誌下20:17)と言われているのだから。