「神の国に導き入れ共にあるため」
「なぜ、父なる神は、御子イエスをこの世界に送られたのだろうか。」「なぜ、父なる神は、御子イエスを十字架につけたのだろうか。」と今週、思っていた。もちろん、「人を愛し、罪と死から救うためである」が、それと共に、気がつかされたのは、「神を信じる者達を身許に置くため」であった。
御子イエスも弟子たちに語っている。「私のいる所に、あなたがたもいることになる」(ヨハネ14:3)。「十字架で救いを成し、復活し御国へ、御国で準備を終えたなら、迎えに戻る」という主の御業は、「私たちを神の国に導き、私たちと共に神の国でありたいとの願いなのである」。たとえ私たちが、地上でどんなに成功したとしても、永遠の御国に入り損ねたら、何になるだろう。「たとえ人が全世界を手にいれても、自分の命を損なうなら、なんの得があろうか」(マタイ16:28)である。
この10日間で、神の家族の一人の兄弟を御国に送った。また、一人の方が、イエス・キリストを信じて救いに与り、御国に向かう神の家族に加わられた。私たちの歩みは、御国目指しての歩みであり、御国に入る歩みである。この道から逸れるようなことがあってはならない。私たちひとりひとりを御国へ導き入れ、身許に置くために、共に永遠を歩む為に、ど んなに大いなる御業を成してくださったのかを思うのである。私の最大の望みも、兄弟姉妹と御国に入り、永遠に共にあることである。