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『・・とくに彼らによく見られる離人感などになると、他人に説明することをAC自身があきらめていることが多い』
[出典:「魂の家族を求めて」 斎藤 学著 P213 小学館文庫刊]
今回は、離人感とその治癒への試みについて書きたいと思います。
えっと、私のですね、現在の課題なのです。
その、離人感というものが、ですね。
念のため、どういうものかと申しますと、例えばこのように記されています。
・いきいきとした現実感の喪失
・透明なカーテンを通じて外界と接している感じ
・自分の行動を自分が傍観している感じ
出典はいずれも冒頭の文章と同様です。
ご参考まで、私の感覚ですとこういった具合になります。
・2~3枚のサランラップ越しに見ている感じ
わかりにくい、ですよね、やはり。(苦笑)
あの、もしくはこちらでもいいかもしれません。
・カメラのレンズを通して見ている感じ
うーむ、お分かりいただけますと幸いなのですが・・自信は持てそうになさそうです。(吐息)
えっとですね、離人感を持ってしまう理由について、色々な知識を今は得ています。
斎藤先生の文章ですと、例えばこちらでしょうか。冒頭と同じ書籍より抜粋です。
「・・これらをいちいち認知したり表現したりしていては、生き残れないようなところで暮らしてきたからである」(P211)
「・・こうした体験の積み重なりは、子どもたちが聞いた音を聞かなかったことにし、見たものを見なかったことにさせる」(P212)
常なる恐怖と不安から、もはや蔭に隠れているのが基本姿勢なのですね。わたくし。(泣笑)
家庭内の、恐怖と不安。
その行きつく先について、少し毛色の変わった方の文章から引用してみたいと思います。
「・・残念ながら一生人の善意をなかなか信頼できない人間になっても、仕方がないかもしれません」
「・・他者との信頼関係を築けず非行に走ったとしても、それはその子の罪ではありません」
こちらの著者は、遠藤順子さんという方です。作家、遠藤周作さんの奥さま、ですね。
※引用元:『手間ひまかける 気を入れる』(女子パウロ会刊)P48、P55
ちなみに、文中にもサスガ、と唸ってしまう箇所が多いのですが、副題がまたいいのですね。
副題:~家族が家族であるために~
うーむ、でした。
家族が家族であるために
いろいろ大切なことがあるのは当然としまして、ですね。
最期のページ、P219のラスト2行に、遠藤順子さんはこう記されています。
「では愛情を表現するのには、どうすればいいのでしょう。それは家族が互いに苦しみをともにし、家族の楽しみをともに楽しみ喜び合うことに、尽きるのではないでしょうか」
うーむ、む、むぅ、です。(吐息)
家族が家族であるために
まず、私は、きちんと見たいのです。
娘のお顔を
妻のお顔を
現実感をもって、見たいのです。サランラップやカメラレンズ越しではなく。(泣笑)
妻娘のお顔とそこにある表情を、いきいきとした現実として見たい
アダルトチルドレンであると気づき、離人感を知ってから約三年間、ずっと求めているのですが、
まだ、見られていません。
どうしようか、と考えてみました。このたび、ですね。
ご主人の遠藤周作さんの著書に、ヒントと思えるところがありました。
引用元は、『考えすぎ人間へ』(青春出版社刊)です。
その中の最初のほうに書かれていました。ちなみに、こちらも副題がふるってます。
副題:~ラクに行動できないあなたのために~
「・・われわれが人生で受けるダメージも、同じように治っていくんです。治すのではなく、治っていくのです」(P24~25)
もう一箇所あります。
「・・あがいて、ジタバタして、自分で治ろうという願望を持たなければいけない。意志というよりまさに願望です」(P25)
「・・たえず「治りたい、治りたい」と心に想い、自分に無意識に言いきかせていると、それに外部の大きな力が調和して、つまりはそれが自然治癒力になるわけです」(同)
ふーむ、ふむふむ、でした。
書かれていた具体的な手法は、こういったものです。
朝、鏡をみて、自分の眼を視て言いきかせる
それを毎日、忘れずに繰り返す
あとは、ひたすら続ける
遠藤周作さんによると、それがいつか必ず、効果をあげるそうです。
しかも、良い点があります。なにしろ無料でして。(苦笑)
家族が家族であるために
妻と娘のお顔をきちんと見るために
鏡のなかの眼をみて、言いきかせ続ける
治りたい、治りたい、と。
ひとつ、実行してみようと思います。
結果はまた、ご報告いたします。
私の場合、のお話です。
「アダルトチルドレンは希望の言葉」
それでいいんです。大丈夫です。大丈夫じゃなくてもいいです。
「ぼくは治そうとなんかせず、ただ偶然を待っている」(河合隼雄さん)
「人格は変わる。それは世界の認知の仕方による」(齋藤学さん)