2023年5月4日(木)バウホールにて花組『舞姫』を観劇しました。
原作:森鷗外
脚色・演出:植田景子
主演:聖乃あすか(100期・研10)太田豊太郎
ヒロイン:美羽愛(104期・研6)エリス・ワイゲルト
2007年6月、花組で愛音羽麗&野々すみ花の主演にてバウホール初演。
2008年3月、日本青年館で東上公演として再演。
15年ぶりの再演。
ネタバレになるので、まだ何も知りたくない人はここから先は読まないで下さいね。
まず、2007年版との相違点について
2007年版
・エリスは繊細で、もともと心の病に罹患
・最近は落ち着いていた
・相沢謙吉から、豊太郎を諦めるよう説得され、パラノイア発症
・妊娠はエリスの妄想
2023年版
・相沢謙吉に説得され、豊太郎帰国に衝撃を受け、流産
・度重なる衝撃により、パラノイア発症
2023年版の方が原作に忠実かな。
2007年版は他にも細々と豊太郎を庇う設定がなされています。
致し方なかった的な。
エリスの母親でさえ、豊太郎を恨んでいません。
2023年ではエリス母からなじられまくり。
豊太郎は自責の念を強め、甘受。
原作では、相沢謙吉を逆恨みして終わります。
その狡さ、弱さを描いたからこそ、人間心理を深く掘り下げたとも言えます。
重すぎて背負い切れない悔恨を、誰より己の力となってくれた友に責任転嫁するほど苦しんだ、原作の豊太郎。
原作を読むと「最低野郎」としか思えない豊太郎です…が。
その隠された心理を、観客に想像させる。
そこまでの掘り下げは冒険だ。
それこそ、作品そのものを破壊するかもしれぬ賭けになる。
植田景子は回避を選択しました。
ただ、それ以外はかなり原作に忠実に、豊太郎を追い込む設定に戻しています。
リスクも取りつつ、致命傷になりそうな博打は避ける。
賢明な判断だと思います。
…さて。
『舞姫』と類似したリスクを背負った原作を舞台化した作品がありました。
月組2012年上演の『春の雪』です。
(原作:三島由紀夫/脚色・演出:生田大和)
主人公の松枝清顕はどこまでも傲慢で我儘。
生田大和は容赦なく、最低野郎を明日海りおに演じさせました。
今、振り返ると、生田先生はギャンブラーでしたね。
奇しくも、当時の明日海は研10。
今の聖乃あすかと同じ学年。
実年齢もほぼ同じ。(二人とも中卒一発合格)
聖乃あすかが原作通りの豊太郎を演じたら、どうなっていたでしょうか。
今回、聖乃は細やかで複雑な心理描写に挑んでいます。
太田豊太郎を緻密に研究して臨んだことが垣間見えます。
たとえば、豊太郎はドイツの令嬢とワルツを踊ります。
2023年1~3月上演の『うたかたの恋』冒頭で、ウィンナワルツを優雅に踊っていた聖乃さん。
その時に比べ、豊太郎として踊る聖乃さんは動きが堅く、リードもややぎこちない…というか、やや女性へ配慮不足。
知識はあるものの、女性慣れしておらず、レディファーストが身に付いてはいない感じが出ていました。
一通りこなせるが、堅さがとれない感じ。
明治時代のエリート青年ですものね。
人と向き合う横顔にも、ストレートな感情が出てこない。
ん? 嬉しいよね?…と思う展開でも、それほど。
無表情ではありません。
表情は浮かんでいます。
ただ、薄いベールがかかってる感じ。
しかも、複雑な表情なんですよね。
当時、日本人は感情を抑制することが美徳とされていました…ね。
(現代でも、その傾向はありますが)
いわんや、エリートとして鍛え抜かれた男子。
おそらく時代背景や、当時の感性や常識も考慮して、細かく役作りをしていたと思います。
これなら、景子先生も賭けに出てみても良いのでは?…と思わなくもない。
…のですが、やはり安全弁は必要だったと思います。
一人舞台でない限り、共演者の存在は無視できません。
いわんや、相手役(ヒロイン)は重要です。
エリスはいわば、タイトルロール(舞姫)ですしね。
『殉情』に次いで、連続でバウヒロインに抜擢された美羽愛。
『元禄バロックロック』新公ヒロイン時と比較すると、本人比ながら大幅な変化と成長を遂げていました。
最も大きい美羽の変化は歌唱。
バロックロック時は、小さく掠れた歌声。
音も、第一音はやや迷子気味。
本作では、まだ上手とは言えぬものの、声量も発声も飛躍的に向上。
努力の跡をまざまざと感じました。
さて、『殉情』は主演とヒロインがWキャストでした。
帆純まひろ&朝葉ことの版は THE 正統派。
原作の『春琴抄』をそのまま舞台に移し替えた佐助と春琴でした。
一之瀬航季&美羽愛は、みたことのない春琴抄。
春琴抄を現代の学園モノにしたような雰囲気に。
味変バージョンとして楽しめました。
そして、今回の『舞姫』ですが。
聖乃あすかと美羽愛の世界線が異なっていたように感じます。
聖乃、美羽、それぞれの最善を尽くした舞台でした。
それは間違いなく。
ただ、聖乃が立った世界線は、明治の純文学。
原作に沿った『舞姫』です。
果たして美羽が立った世界線は…というと。
私の目には少女漫画で描かれた『舞姫』に映りました。
私は少女漫画も大好きです。
例えば、大和和紀著『あさきゆめみし』は源氏物語の漫画化。
現代の読者にわかりやすく楽しめる形で、過去の名作を届けました。
エリスの無邪気さ、天真爛漫さ、哀しみや焦燥を、美羽愛はわかりやすく表現していたと思います。
今回観て、気づいたのですが。
一之瀬航季は『殉情』で、美羽愛の世界線に合わせていたんですね。
一之瀬くんの持ち味は明朗さと包容力。
…なので、美羽愛との化学変化で学園ラブコメになったのか、と思っていました。
それは事実ですが、一之瀬が美羽の持ち味を受け容れ、優先したのかな…と。
舞姫を観て、その視点に気づきました。
聖乃あすかは、己が目指した世界線にこだわった。
(当たり前だ、主演です)
(それは植田景子が目指した世界線でもある)
美羽愛も、独自の世界線に立ち続けた。
(景子先生、何も仰らなかったのだろうか)
(それはそれで認めてらしたのだろうか)
どちらも悪くありません。
観ていてバラツキを感じはしたものの。
複数の価値観がテーマでもあったので、わざとそう創っている可能性も想像しつつ。
そして、改めて気づきました。
明日海りお『春の雪』
珠城りょう『月雲の皇子』
北翔海莉『THE MERRY WIDOW』
それぞれトップスター就任以前に大好評を博した作品。
宝塚人生の代表作となりました。
それらの作品には一つの共通項があります。
ヒロインを務めたのは咲妃みゆ(96期・退団済)
咲妃がトップ就任前、別箱ヒロインを務めたのは、この三作のみ。
どれも主演男役が絶賛され、二番手男役も株を上げました。
ヒロインも好評を得ましたが、より注目を浴びたのは男役。
改めて、すごい娘役だったと気づかされました。
同時に、あらためて実感しました。
ヒロインの重要性を。
2023年版『舞姫』は開幕したばかりです。
まだまだ変化していくことでしょう。
それに、これは私個人の感想なので。
人によって感じ方は違いますので、一つの視点として受け止めて頂ければ。
本作はプログラムも、出演者も、音楽も、衣裳も、すべからく美しい世界です。
舞台はドイツですが、必ずどこかに和が織り込まれています。
音楽も和楽器が印象的に使われていて、まさに和洋折衷。
そして何より、聖乃あすかの白軍服。
軍服が似合うジェンヌさんは数あれど、白軍服がこれほどマッチするとは。
白軍服ジェンヌと呼ばせて頂きたい。
凰稀かなめに次ぎ、宝塚大劇場・最後の大階段は白軍服でお願いしたい。
認めて下さいね、劇団さん。
(凰稀さん、揉めたと漏れ聞くので)
今から予約しておきます。
(聖乃さんの意向は?)
▽ 白軍服…!
↓このフォトブック、聖乃あすか&美羽愛コラボ写真あり。
可愛い世界観ですぞ。
ラブコメなら、世界線も一致したかも。