10月も終りに近づいた、花組エリザベート公演中・東京宝塚劇場の楽屋。
花組89期・望海風斗がルキーニのメイクを終了し、ほっとした瞬間、鏡に見慣れた人影が映った。

「あ・や・ちゃん♡」
「まぁ様?!」

いつのまにか、宙組88期・朝夏まなとが化粧前の隣に陣取って、にこにこしていた。

「来ると思わなかっただろ?」
「だって、かなめさんの退団公演スタート直前で、大詰めの時期なんじゃ?」
「そうだけど、花組でのあやちゃんの雄姿を観ておきたいやん」
「えー? でも、東京まで、えー?」
「ちょうど今日は稽古、休みなんだ。 トップさんは取材で休みなしだけど、私達はね」

裏返せば、退団を控えたトップが抱える膨大な業務の消化に集中するため、休日を設けざるを得なかったようだ。

「そんな貴重な休日を、私のために…?」
「当たり前だろ―。 本当なら、毎日だって観たいよ、あやちゃんのルキーニ」

朝夏先輩はそっと耳許に顔を寄せて、

「…ほんっと、惚れるよね」

囁きと吐息が耳にふれ、ビクッと身体が震える.

「あれ? あやちゃん、寒いの?」
「…え?」
「ブルって。 今」
「……あ~、武者震いですよ」
「武者震いだってー? 武士かよ!」

うひゃひゃ、と朝夏先輩、大笑い。

「たしかに雪組は和物が多いけどさぁ、今から武士かよ!」
「関係ないでしょ! 無理にくっつけないで下さいよ。 それでなくても…」

大好きな花組から去らねばならない。
それを考えると、どうしても落ち込んでしまうのに…。

「…ごめん、あやちゃん」

真剣味を帯びた声に、はっとして顔を上げる。
いつになく真面目な、朝夏先輩の面持ちが飛び込んできた。

「私が一番わかってるはずだった。 組替になる気持ち」

朝夏先輩の大きな瞳に吸い込まれそうになる。

「不安だよね。 ずっと花組にいたいよね。 なのに、からかって…ごめんね」
「まぁ様…」
「私もね、あやちゃんとずっと一緒にいたかったんだ…」
「ほんとうに?」

朝夏先輩は、こくん、と頷いた。

「あやちゃん、どうせ組替になるなら、宙組に来てほしかったよ」
「そしたら、まぁだい復活?」
「そう、まぁだい復活」

朝夏先輩が柔らかい笑みを浮かべる。
いつも一番近くにいた人。
ずっと一緒にいたかった人。

…と、そこへ新たな声が飛び込んできた。

「だいも~ん、おなかすかない?」

この、ひらがなでしゃべる、ゆるやかな声の持ち主は?!
(もうお分かりですね)

以下、次号!


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