クラシック音楽、ESCOLTA フィギュアスケート フルート演奏などについて書いています。
コメントは歓迎です。前の記事にさかのぼってしたいただいても大丈夫です。
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ブログネタ:太ってもかまわない?
参加中再びRenfeでマドリッドに戻ってきました。
さすがにちょっとお土産を買おうということになり、デパート エル・コルテ・イングレスへ。
デパートといっても庶民的な感じ。わたしはスミレのキャンディ 彼はマジパンのお菓子を買いました。
ホテルに戻ってから 今度は ホテルのすぐとなりのバルへ。
あと、食べたかったのに食べていないタパスはなんだろう?
というわけでカタクチイワシの酢漬けと エビとにんにくのオリーブオイル漬けを。
そしてカヴァとビール。
日本人の大学生に話しかけられる。今日ついたばかりで これからスペインを回るそうなので、
旅の会話帳をあげた。
この日はアランフェスに行ったのだけど 普通のツアーなら トレドに行くところかなって思う。
もちろんトレドも行きたかった!両方いっても良かったかも。
でも アランフェスはあとから考えれば貴重だった。
あんなにきれいで あんなに人の少ない場所って行ったことがなかったから。
全体に夢のなかみたいだったから。
**************
さて次の日は。
もう最後の日(涙
サラマンカ地区で少し買い物。「パンドラ」のネックレスを買いました。
最後は コロン広場。コロンブスのアメリカ発見の記念碑のあるところ。
ここで紺碧の空に翻るスペイン国旗を見る。
ほんとにすごく良い旅だった。
絶対また来る!スペイン。
そう思って昨日、サン・イシドロ教会に寄り、時間とホテルからの道のりを確かめておいたのだ。
彼を残し、朝日のなか一人で出かけるのはさすがに緊張。
地下鉄ソル駅から Tirso de Morina駅へ。
乗る地下鉄にいまひとつ自信がなく、ホームで尋ねたら親切に教えてもらえて一安心。
教会に入ると 人はとても少なかった。まばらな感じ。後ろのほうの長椅子にちょこんと座る。
当たり前だが 全部スペイン語なので全然わからない、はずなのだが、言語は違えどミサの進行は世界共通なのでだいたいわかる。
「平和のあいさつ」
日本だと 合掌しながら微笑む。ラテン系の国だと抱きつかれたりするけど、今朝はなにしろ 人がすくなく
ぽつっと座っているから大丈夫だった。
遠くの席の中年女性がにこっとしてくれたので微笑みを返す。
ミサ後 告解くしている方もいた。
すこし教会内を見る。やはり聖母のご像が多い。入口付近に大きな磔刑像がある。
これが大変リアルで見ていてつらくなった。
さて今度は ソル駅まで歩いて戻った。
また昨日の店 扇子のCasa de Diegoで見る。見るけど買わない。(笑
そこからまた一人で ぶらぶらとCalle del Carmenを歩き、 Callao広場に戻ってきた。
結局歩いちゃった。
そこからホテルに戻り、ひとりで朝食。
それからふたりで またプエルタ・デル・ソルのVodaフォンへ。
Simカードを手に入れ、彼のネットが開通。おめでとう。
さて次が今日のメインイベント。
マドリッドから アランフェスへ。
そう、あの「アランフェス協奏曲」で知られる アランフェス。
ここは王族の夏の別荘だったところ。規模が違うけど まあ那須御用邸とか葉山御用邸とか
そういう感じだろうか。
ソル駅からRenfe(国鉄)に乗る。30分の近郊線の旅である。
温度も何もかも快適。列車も清潔である。
アランフェスの駅に降りるとやはり涼しい。こんなにちょっとの旅なのに、気温が違う。
都会と田舎ってこともあるだろうけど。
王宮まで 車の走っている道の横をとぼとぼ歩く。
背の高い街路樹がずーっと植えてある。
ところでアランフェス協奏曲って知ってる?
知らないというので 2楽章歌ってみせる。
ああそれか。そう、そこへ行くのだよ。
王宮のなかをずっと見学。昨日見た マドリッドの王宮に比べるとずっと質素だ。壁紙が剥がれており、
あとで「あれって見学者のいたずらかな。それとも貧しくて昔からかな」と考える。
そのほか、王族の結婚式の衣装などが展示されている。(これは本物とのこと)
敷地内にチキトレインといって、可愛い列車も走っています。
さて お腹もすいたのでレストランへ。ちょうど王宮の真向かい(といっても広大な中庭を隔てた真向かい)
にいくつかレストランが並んでいた。
例によって テーブルは外に出ている。
(だいたいヨーロッパの飲食店はそうですよね。彼はこれがだいっすき。とにかく外で何か食べたり飲んだりうするのが好きなのだった)
入口に出ているメニューをみているとおじさんウェイターがやってきて
カタコトの英語で「サカナ!どうです サカナ!」という。うーむ、魚より肉のほうがいいんだけど。
でも良さそうだったのでそこでプリフィックスのランチ。私たちが魚を注文しないとわかるとおじさんウェイターはがっかりしていた。(笑
内陸なので魚はあまり注文がないのかもしれない。
テーブルに座ると まさに特等席。美しい離宮が真正面に見える。
優雅な眺め。
前菜にガスパチョを注文するエレン。
ガスパチョ!旨いよ!とおじさんウェイター。連れは生ハムメロンを注文していた。
そしてデザートにアロス・コン・レチェ。お米をミルクで似て冷やしたもの、甘い味付けでボリュームたっぷり。
これもスペイン名物として知られ、一度食べておきたいものだったので嬉しかった。
なんというか、全部 ムイ・ビエン(とても美味しい)
そう言うと ウェイターは「スペインだからね!なんでも旨いのさ」と言っていた。ほんとにそうだ。
それから、「王子の庭園」を散歩。かつては当然、ここも王宮の敷地内だったところ。
本当に広大で歩いても歩いても庭園。並木道も池も見事に手入れされほんとに夢のような美しさ。
そして、誰もいない。ほんとに誰もいなかった。こんな広いところを二人きり。不思議な気持ちだった。
なにしろいつも、手入れはされているけど、人の多いところか、手入れされてなくて人の少ないところか
どちらかだからね。(普通はそうだよね)
池には黒鳥がたくさんいた。そのほか鴨みたいな水鳥も。
それから、孔雀がとてもたくさんいる。スペインに孔雀。これはあとから放したのだろうな。
農夫の家といってカルロス4世が立てた建物もあるのだが、そこは入れなかった。
その後 ちょっとだけ街中を散策。シエスタの時間で ここもまた人がすくなーい(笑
も観光客もほとんどいない。でも街自体はきれいだった。
まさに街自体 まどろんでいるようなアランフェス。今思い出しても夢のなかの出来事のようだった。
あれは本当の体験だったのか。
朝7時起床 ホテルでコーンフレークとヨーグルトを朝食とする。
8時20分にホテルを出て 35分にはプラド美術館のタキージャに並んだ。
1階を見るのに、11時45分までかかった。
だってどこを見てもすごい絵ばかりなんだもん。
それから彼とふたりで 館内のカフェで休憩。ツナのキッシュとケーキを食べる。
(幸せな時間。こんなに幸せでいいんだろうか。もしかして夢じゃないんだろうか。)
彼はもう 美術館に飽きたようである。(笑
市内にある鉄道博物館に行くというので、ここで二手に分かれる。
私はその後さらに、
ムリリョ ティツイアーノ、スルバラン エル・グレコ フラ・アンジェリコなど 好きな画家の絵をたくさん見た。
スルバランの「神の子羊」の前でしばらく佇み 羊の心を思ったり、ティツイアーノの「キリストとキレネ人」の
前では、キリストにじっと見つめられたりした。
(この絵については、どうしても「見つめられている」と感じる。問われていると感じる)
アントネーロ・ダ・メッシーナの「天使に支えられる死せるキリスト」で、天使の涙を見つめた。
それから、マドラーソの「ビルチェス伯爵夫人」では思わず(声には出さなかったが)「またお会い出来ましたね」と話しかけた。
上野で見た時から この絵がすごく好きになった。(画家についてはよく知らない)
彼と美術館出口で待ち合わせしている。その時間が迫ってきている。
えと、みたいと思って計画していて、まだ見てないのって・・・。
ああ、ティツイアーノのダナエ まだ見てない!
これは見ないと。ええとどこだ!42室!というわけで慌ててさいご42室へ。
それから、ミュージアムショップへ。
驚いたのは 先ほど大好きだと書いた 「ビルチェス伯爵夫人」この絵のグッズがたくさんあることだった。
もっと有名な絵 (たとえばさっきの「ダナエ」とかムリリョの「無原罪のお宿り」とか)をモチーフにしたグッズがたくさんあるのはわかるんだけど。
この絵 人気があるんだなあと。
伯爵夫人の大きなポスターを探したんだけど、ない!実にいろんな絵のポスターが 引き出しに入っているんだけど、伯爵夫人の引き出しだけからっぽ。(笑
売り切れってことなんでしょう、仕方なく この絵のカレンダーとか メモとかを買う。
さあ、急がなくちゃ。この暑い中、彼を待たせるわけにいかない。出口はどちら?
しかし広すぎてわからない。職員みたいな人に
「ドンデ・エステ・サリダ」(出口はどこですか)と訪ねるがスペイン語で説明されてますますわからない。
連れてってよと言いたかったが もう自分で探したほうが早いと思い 走って探す。
なんとか出口で彼と再会。暑いのに待たせてごめん。
さてそれからふたりで王宮に向かいました。昨日見学入口 長蛇の列だったのですが
今日は空いている。あれは夕方になると無料になるからだと気がついた.。
王宮は現在も公式行事に使われている。完成したのは1764年。
広大で華麗なこの宮殿でいちばん興味を惹かれたのは薬局、かな。
昔の調剤道具や 薬草が見られます。
楽器の間ではストラディバリウスを見る。食器の間もありました。
さて王宮を出てから地下鉄「オペラ」駅の近くのカフェで作戦会議。
ワインとビール サラダとスパニッシュオムレツ。
カウンターで注文し、出来上がったら取りに来るシステム。
お金を払うと
「ところで あなた名前はなんですか?」と聞かれる
えっ。なぜ名前l聞くの?
「えと、エレンです」
あとでわかった。呼ばれるとき「エレンさん!ご注文の品できました」って呼ばれるのね。
(日本だったら 2番のおきゃくさまー!」とかって呼ばれるところ)
しかしさー!どうしてこうも、スペインの食べ物は美味しいのだろうか。
運がいいのだろうか。それともどこで食べてもこんなに美味しいのだろうか
おいしい会議のあと、スペイン広場へ。有名な セルバンテスと ドン・キホーテの像を見る。
見たというか 登る。(笑
巨大だった。
ほんとは あと2つ、美術館を見たかったのさ。
ティッセン・ボルミネッサと ソフィア王妃芸術センターさ。でもとても時間がないし、
はっきりいって プラドだけでもう おなかいっぱい 胸いっぱい。
なので諦めましたさ。また来よう。
さてそれから私たちはまた地下鉄に乗り、昨日いったソル駅にもどり、プエルタデルソルへ。
Vodaフォンの店に行きました。彼が店にいるあいだに まだ明るかったので少し近くのおみやげ屋を見る。
素敵なファン(扇子)屋があるよ・・・。
(画像はクリックで拡大します)
ORO(金)アクセサリーの店もたくさんあるよ・・・
しかし何も買わず、
こんどはおやつを食べに チョコラテリア・サン・ヒネスに行く。
ここは チューロス(揚げたお菓子)と チョコラテ(チョコレートドリンク)だけのお店。
なぜか 2つずつ注文し 2つずつ出てきたのに 支払いは1人前だった。(汗
後で気がついたんだけど。
外のテーブルでゆっくり食べて飲む。チョコラテは ホテルで飲んだものよりずっとどろっとしている。
チューロスもすごいボリューム。これをみんな朝食にしているのだな、マドリッドのひとびとは。
さいごに サン・イシドロ教会を少しみて(アルムデーナ大聖堂ができるまで 1993年までマドリッドの大聖堂だった)ホテルに帰ってきた。
トレス=ソプロスのライブに行ってきました。お友達と一緒。
トレス=ソプロスとは。
トレス=ソプロス
坂上領(fl)、多久潤一朗(fl)、阿部篤志(p)、の3人。
そしてこの日はGuestとして馬場孝喜(g)が参加。
場所は大塚グレコ、閑静な住宅街のなかの 一軒家ライブハウス。
このグループは物凄く芸達者というか 名人3人組。
3人ともほんとに技術が高く、しかも音楽センス抜群。ジャンル、何でもできる。
しかし やる音楽は 爆笑ものという・・・。
もったいないんだか、だからこそ良いのだか・・・。
この日印象に残った曲は。
哀愁のヨーロッパ 演歌Ver.
だいたいMCは坂上氏担当。
最初に坂上さん「えー、今日はギターの人と一緒にできるということで、こういう曲をもってきました。
これはね、題名言わずにはじめましょう」
ということで、いきなり演歌っぽく始まる。これは何だ、これは何だと思っていたら、
ギターが出てきたら、あの「サンタナ」の名曲だった。
pfの和音が演歌っぽい。fl(特に多久先生パート)が尺八みたい。
この曲の原題はただ、”Europe"っていうのだけど、わざわざ「哀愁の」って邦題につけるというのは、
日本人はこの曲に 演歌的な 悲しみみたいなものを感じるということかもしれない。
多久さんが「ギターの人と一緒にやるのは初めてだと思う」と言っていたのが意外だった。
終わったところで
坂上「和ものに「洋もの」テイストをつけてみました。今度は逆で 「和もの」に「洋もの」をつけます」
北の宿から ボサノヴァ Ver.
やたらおしゃれな 「北の宿から」。
北国に向かう列車のなかで 寒さに震えながら着てはもらえぬセーターを編んでいたはずなのに、
気がつくとなぜか 南の島の気だるい午後3時、おされなビーチバーで、カンパリソーダを飲んでいるって感じ。
(意味不明)
そのほか、大網冷凍人間、じゃないやオーネット・コールマンの”Turn Around”とか、阿部さん作曲の「キルギスの風」とか ジャズのスタンダードらしいもの(エレンは皆目わかりません。曲名もアナウンスされたけど、覚えていない。1曲だけ 前に中目黒で聴いたのと同じ曲があった)もあった。
楽器は、多久さんは時々バスフルートを吹き、坂上さんは時々ソプラノリコーダーを吹いていた。
中学のとき、みんなが アルトリコーダーを吹くなか、ひとり「これがいいの!」ということで、ソプラノリコーダーで押し通したという。すごい拘り。
多久さんは 吹きながらしゃべっていた。
吹きながら 口パーカスをやる場合もあるし、あるいはセリフ?をしゃべる場合もある。
「この男(坂上さんのことと思われる)と演ると、雨ばっかりだ!おかげで客が入んない!」
聴衆は爆笑。
坂上さんは自身のブログの題名を「雨男日記」とし、雨の中 傘さして、お風呂に入っているノーテンキな蛙のイラストを入れている。(エレンも前に このデザインを使っていた)有名な「雨男」らしい。
この日初めて披露された「出し物」が「マリオカート」(だと思う。違ったらすみません)
ゲームに「マリオカート」というのがあって それをフルート2本とピアノで表現。
エレンはまったくゲームはやらないので、元ねたはわからなかったけど、面白かった。
フルートで「ひゅうっ」って スピードのついたカートの風切音が表現されていてね。
ほかの聴衆はみんな「もと」がわかっているらしく、爆笑してた。
それから、寅さんですね。
「おーれがいたんじゃおよめにゆけぬ」ってやつね。
あれがやたら陽気なサンバのリズムで編曲されていた。
これは阿部さんのアレンジなんだそう。
終わって多久さん「なんかやたらノーテンキな寅さんだったね。全然「つらくない」」
この日一番美しかった曲は、阿部さん作曲の「カトレアと風」(もしかしたら、「風とカトレア」かも知れない。そうだったらすみません)だった。
坂上「この曲は アンケートなどをとっても、みなさんに好評なのです。
ほんとに綺麗な曲なのですが・・・。べーちゃん(阿部さん)この曲を作ったシチュエーションは?」と質問。
阿部「これはね、ある人のために・・・」
多久「(さらりと)ジョーカノですね・・・」
阿部さんは、グールドばりというか、コバケンばりというか、仲道郁代ばり(この人は声は出さないが 口をあけて弾く)というか、(ほかにもたくさん うなる指揮者はいるけど)とにかく うなりながら弾く。
音楽が背中にのっかっちゃって、声出さずにいられないという感じで弾く。
読者はこれを読んで、弾いている阿部さんを エレンが「見ている」と思うだろうけど、そのときはあんまり「見ている」意識がない、たぶん。自分が音楽になって弾かれちゃっている感じだろうか。(適切な表現ができず申し分けありません)
とにかく この人の演奏を どうだった こうだった と後になって思い出すのは難しい。
その場にいると、「巻き込まれてしまう」ので。
ご興味ある方は どうぞ聴きに行ってください。そうとしか言いようがない。
恐ろしげな話もMCにありました。
なんと、坂上さん、1週間ほど前に 食事中 舌を噛んだ!
噛んだっていったって、われらがMr.OTTAVA 斉藤さんが得意なやつじゃなくて、ホントに「噛む」ほう。
舌の真ん中をぐさっとやったらしい。でもすぐ本番だったので、その状態で血を出しながら 本番でフラッターやったらしい。
(フラッターとは、ルルルル・・・と巻き舌をしながらフルートを吹くこと。現代音楽とかポップスとか頻出する。
ピアソラとか)
そして本番後、口腔外科に行き、3針縫ったそうです。
(今はなんともないとのことで、さかんにフラッターやってた。)
ぞわわわっとするような話である。特にフルート吹きにとっては。
坂上「こういうえぐい話で・・・」
多久「えぐい話!」
坂上「たっくんは、えぐい動画がすきっていう・・・」
多久「あっ、ここでその話をするのは・・・」ほんとに慌てる多久さん。どんな動画だ?
さいごに、言わずもがなのことを書きますが、4人ともすごくかっこいい。4人とも背が高いし、いい男揃い。
客席からみて、一番左のpfに阿部さん 坂上さん 馬場さん 多久さん と並んだところは、絵になっていた。
いい男が4人で いいライブハウスで いい音楽をやってました。
(3月10日に 斉藤和志(東京フィル)vs.多久潤一郎
という物凄いフルートの直接対決があるらしい。場所は 同じ大塚グレコ。
あの狭い空間に 戦いの嵐が吹き荒れると思われます。ご興味ある方はぜひどうぞ)
多久潤一郎(フルート) ブログhttp://ameblo.jp/magnumtrio/
坂上領(フルート) ブログhttp://ameblo.jp/gamirs/
阿部篤志(ピアノ)ブログ http://blog.goo.ne.jp/be-chanpiano/e/5234b625323e49767f34e63c34178cf6
オリエント広場のすぐ横が王宮である。
見学の入り口前は 物凄い行列 (後で知ったことだが これは夕方、見学の入場料が無料になるので)
なので、王宮に行くのはやめにして、アルムナーデ大聖堂へ。
アルムナーデ大聖堂
サグラダ・ファミリアは別として、今まで見学したのは殆ど古い教会である。
しかし、ここは新しい。着工は19世紀らしいが、献堂式が行われたのは1993年。
20世紀で唯一、ローマ教皇によって献堂式が行われた大聖堂だという。1993年ということは、教皇はヨハネ・パウロⅡ世ということだろう。
ここはネオ・クラシック様式だそう。
あまり建築様式のことはわからないが、古くて、美しい様式に現代感覚をプラスしたということで、音楽史における 新ロマン派のようなものかと理解(^^;
音楽史もよくわかってないけど。
確かに、新しい建物。白く輝いている。
正面のもっとも大きな祭壇は、かなり斬新なデザインで美しい。非常にすっきりとしており、古い教会の、装飾が多い祭壇とは全く違った印象である。
丸屋根に上ることも出来るそうだが、今回はやめにした。
教会の売店に寄ったら、綺麗なブルーのガラスの十字架のペンダントがあったので、買った。こういう買い物は 私にしては珍しい。
売店はとても混んでいた。押すな押すなってくらい。(笑
外に出ると、炎天下連れ合いが待ってくれていた。申し訳ありません・・・。
自動販売機で飲み物を買う。ペットボトルのアクエリアスが欲しかったのに、出てきたのは缶でした。(笑
バイレン通りを下って、サン・フランシスコ・エル・グランデ教会へ行こうということになった。
道すがら、同行者が話すには、彼が今まで行った教会のなかで、一番教会らしいと思ったのはパリのノートルダム寺院なのだそう。
宗教心 信仰心の全くない人が 突然こういう話をするのが 私には面白かった。
サン・フランシスコ・エル・グランデ 教会
13世紀 アシジの聖フランシスコが立てた小さな礼拝堂が起源とされる教会。
本当は、ゴヤはじめ、すごい祭壇画がたくさんある教会、のはず。
ガイドツアーがあるのだが 私が行った時はやっていなかった。ただ、3ユーロ払えば 中に入ることは出来る。
同行者は外で待っているということで、私ひとりで中に入る。
誰もいない。たぶん、見学者はツアーのある時間にくるのだろう。ちょっと暗い。
天井画を見上げる。天使がいっぱい舞っている。教会は古いけれど、この絵はあざやかに感じられた。
古い時代からの みなの祈りのこめられた教会に こうして一人でいる。
祭壇は、いろんな事を見てきたのだろう、いろんな人の願いをきいてきたのだろう・・・
何世紀も 何世紀も。
感慨深い、という以上の圧倒されるような感情が押し寄せてきた。
・・・・・・・・。
結局、天井画以外は、ガイドブックに書いてあるような スルバランやゴヤの絵とか、そのほかの貴重な祭壇画などは全然見ないで出てきてしまった。まあ、ゴヤもスルバランも、明日プラドに行けば色々見られる。
それに、あんなに伝統ある教会に、ひとりっきりでたたずむ、そういう時間を過ごせることなど、めったにないはずだ。時間の重み、歴史の重み。そして信仰の重みを 私なりに感じた。
貴重な経験だった。
そのあと、とりあえず地下鉄で カリャオ広場近くのホテルに帰った。
部屋でしばらく休むという連れ合いを残し、私は近所を探検。
裏通りにはカフェやメソン(このふたつの区別はあるような ないような)がたくさんあり、おみやげ物屋もある。
表通りには、「MANGO」「ZARA]もあるし、スタバもある。デパートもある。なんかこう、新宿みたいな感じかな(笑
スペイン各地にたくさんあるデパート エル・コルテ・イングレス。マドリッドにも本当にたくさんある。
古い建物ばかりで、日本のように広い敷地を ひとつの店舗で使うのが難しいせいか 小さな店舗がたくさんあるのだ。
ホテルから一番近い店に入ってみる。驚いたことに1階は巨大なおみやげ物屋。(笑
スペイン各地で見る、3ユーロくらいのお扇子とか、フラメンコ風なショールとか、ジャンクなものがいーっぱい。(笑
買う気はなくとも、へえー、こんなものが!と見て回るのは面白い。
2階以上は普通のデパートで、日本と同じように、化粧品とかアクセサリーが下の階、その次に婦人服 その上が子供服と紳士服 その上に食器 雑貨 家電、となっていた。
さて、私たちのホテルのとなりは、タブラオだった。となりというか、同じ建物のなかに入っている。
タブラオとは、フラメンコを見せるレストラン。もちろん、食事よりフラメンコがメイン。
私たちはそれほどフラメンコに興味がなく、最初の予定としては見るつもりがなかったが、
せっかくなので ひとりで どんなものかと ちらっと入ってみた。もちろん、まだ開店前だろうけど。
なかでウェイターに聞くと ショーは9時半からで 予約がなくても大丈夫だという。(英語スペイン語まじりで
話す)
「ありがとう。また来ます」
連れ合いはフラメンコに興味はなさそうだけど、私は是非みたいと思った。
どうだろう?彼は一緒に来るだろうか。
ホテルの部屋に帰り、彼に「タブラオに行って見よう」というと、意外なことにOKだった。
もう9時だったので、すぐ部屋を出て、隣に行った。
タブラオ ”トーヘス・ベルメハス”
予約なしだったが、すぐ入れた。
ビールを飲みながら開演を待つ。内装は アラビア風で凝ったつくり。
ステージのすぐ脇の席であった。
ステージ正面の席では、日本人の大体客が食事をとっていた。
添乗員付きのパッケージツアーということだろう。
時間になり、ショーが始まった。
まずギタリストが舞台に上る。すぐ脇なので、非常によく見える。
すごくかっこいいギター!もうこれだけで圧倒されている。
最初は女性ダンサー4人。順番に舞台の中央にあがり、最後は4人で。
休憩をはさみ、男性のダンサーひとり。
このひとはマイケル・ジャクソンに似ていた。
踊りも。容姿も。
この日はこのあと、すぐ近所のホテルに帰って寝ました。
6日目 (グラナダ2日目 + マドリッド1日目)
写真は全部 クリックで拡大します。
朝6時起床。たくさん寝たので快調である。
朝食は部屋で 買ってあったパンなどで済ます。
7時にチェックアウトし、路線バスで、グラナダの駅へ。
昨日、同行者がきちんと路線バスの時間 経路など把握していたおかげで色々スムーズである。
グラナダの駅は小さい。いかにも田舎の駅だ。
出発時刻を確認したあと、カフェに行って見る。
カウンターで「カフェ コン レチェ ドス」と言って、カフェオレをふたつ頼む。
出てきたグラスが もち手付のガラスのコップだったのが面白い。以前イスタンブールに行った折に見た
チャイ用のグラスを思い出す。
同行者はチーズトーストみたいなのを 指さして注文。ちょっとだけもらってみたら、美味しかった。
このカフェ コン レチェといい、どうしてスペインの食べ物は どこでも美味しいのだろう?
列車を待つ人々で カフェ内はだんだんと混雑してきた。
日本人らしい人たちもいる。また、警察官の一団も見た。出勤前か 夜勤明けか。
彼らはどこの国でも体格がいい、当然だけど。
少しすると、乳母車を押した若いお母さんと、中年の女性(赤ちゃんのおばあちゃん?)がカフェに入ってきた。
乳母車は日本でよく見るものより、ずっと大きい。こうした狭い場所に入るのは大変そうだけど、赤ちゃんはゆったりだ。
見ていると、赤ちゃんがぐずりだした。すると、お母さんは当然、という感じで ガーゼの大きいタオルを出して、自分の胸元にかけて、授乳していた。(もちろん、あまりじろじろ見ないようにしたけど)
日本では、昨今あまり見ない光景のような気もする。
国内移動でも、列車でも 空港と同じような機械で荷物が検査され、人間は金属探知機のゲートを通る。
警戒厳重である。
さてここから首都マドリッドまで 4時間30分の旅。
車内は静かで適温で、とても快適だった。
車窓の風景は 最初は少し 葡萄畑みたいなものがあり、緑もあったのだけれど、だんだんと砂漠のような乾燥した大地に。内陸に入っていくのだなあと感じる。
午後1時ごろマドリッド駅着。そのまま地下鉄に乗り、ホテルまで。
今度の宿は 繁華街にある地下鉄の駅からごく近い、便利な立地だった。
とりあえずチェックイン。荷物を置いて、マドリードの街へ。
街でまず感じたのは、やはりちょっとバルセロナより「怖い」感じがするなということ。
スペインは 治安が悪いと聞いてはいたけど、バルセロナに着いたとき、「思ったより品がいいな」と思った。
街行く人々の様子や 街そのものがね。マドリッドのほうが少し 暗いし 荒んでいるとまではいわないけれど、
ぴりぴりしている雰囲気はある。
さて、今日はまず 「マドリッド歴史散歩」
ガイドブックに出ていた マドリッドの歴史ある地域を参考に たどってみる。
マドリッドを象徴する広場 プエルタ・デル・ソルから出発。
まずはマドリッド自治政府庁の正面玄関前の「0キロメートル」地点の表示を見る。ここが地方へ伸びる道路の基点だ。歩道に埋め込まれている。
そして、マドリッドの紋章 「熊とやまももの像」「カルロス3世騎馬像」を見た。
カルロス3世は18世紀のスペインの王様で、マドリッドを都市として整備させた人である。
彼はナポリ王からスペイン王として迎えられたが、いわゆる啓蒙君主で、18世紀でもまだ、中世のようだったスペインを 少しずつ近代国家に近づける努力をした
ワインに税金をかけ「スペイン人諸君 大いに飲みたまえ、そのおかげでマドリッドは美しくなるのだ」
と言ったとか。
時代が下って、1808年にはゴヤの大作「5月2日」「5月3日」の舞台となる。
ナポレオンの軍隊に反抗した市民たちの銃殺が行われた場所・・・。
というようなことを一生懸命 ガイドよろしく同行者に説明。
ひととおり聞いた後「わかった。ところであそこにボーダフォンがある」と彼は言った。
そう、彼は日本からSimフリーのスマホを持ってきており、当地でSimカードを買ってインターネットをしてみようと考えていたのだ。
ボーダフォンは後でよることにし、アレナル通りを サン・ヒネス教会へ。エル・グレコの祭壇画があるということだったが、教会はしまっていた。
かわりに教会横の路地の16世紀に開店したという 古本屋を見学。
16世紀!そのころから古本ってあったんだ。ええと、グーテンベルグの印刷機の発明っていつだっけ??
現在もこの古本屋は盛業中で、美術書などがたくさんあり、屋外にも本をならべて売っていた。
そこから、これまた大きな、マドリッドの中心地のひとつ、「マヨール広場」に出る。
マヨールとは大きいという意味だそう、大広場ということで、とても広い。
多くのカフェが 広場内にテーブルと椅子を出している。
ここで早速 ひとやすみタイム。
同行者は毎度のことにて、セルヴェッサ(笑 さらに、ヴィノ・ティント(赤ワイン)
私はサングリアのグラス。
そして、パエリアやエンサラダ そのほか。いわゆる「タパス(スペイン風おつまみ)」をいろいろと。
美味しい。どうしてスペインはこう、何をたべても美味しいのだろうか・・・。
カフェに座ったまま、ガイドをする。(笑
むかしはこの広場で闘牛 祭り 一騎打ち 王族の宣誓式や婚礼 そして絞首刑が行われていたこと。
とくに絞首刑がある日は、市民はお弁当をもってピクニック気分で集まり大変な騒ぎだったらしいこと。
(当時の数少ない「娯楽」だったらしい。このあたりのことは毎度おなじみ 中丸明の本による)
スペイン王家の紋章(写真)や、フェリペ3世騎馬像などもご紹介した。(笑
そうやって一休みもふた休みもしたあと、マヨール広場を出て、今度はプエルタ・デ・モロス広場へ。
このあたりは、かつてはムーア人(イスラム教徒)街だった。
それから、サン・アンドレス教会と、サン・ペドロ教会を 閉まっていたので外観だけ見学。
写真はサン・ペドロ教会。14世紀に建てられたというから、古い。モスク跡に建てられたという。
それから、ラマーレス広場へ。
ここにはベラスケスが埋葬されているとのこと。また、建物の2階に17、8世紀に流行した「街角の聖母像」があるそう。
とのことで、マリア像を探すが、ないなあと思っていたら、あるビルから、美しい東洋人女性が飛び出してきた。
「あの、日本の方ですか?」
「はい?」びっくりする私たち。
「あの、お店から見てたら、日本人の方が、何かお困りかなと思って」
わざわざ来てくれたのだ。
「あのー、ガイドブックには、ここにマリア像があるって書いてあるのですが」
「えっ、私聞いた事ないですねえ」
彼女はここで働いているのだろうと思うが、知らないならあまり有名ではないのかもしれない。
そして、その方は ベラスケスが埋葬されている場所も教えてくれた。
それから広場を歩き回り、見つけた!たしかに建物の2階にマリアさまいらっしゃる。
日本式にいうと 「ビルのお地蔵さま」とう感じだろうか。
いかに、この国でマリアさまが尊ばれ愛されているか、わかろうというものだ。
と考えていると、先ほどの日本人女性が再びきてくれた。「あ、見つけられました?」(にっこり)
どうも、マリア像のことについて、同僚(?)のスペイン人女性にたずねてくれたらしい。
とっても綺麗な 親切な方だった。
そこから オリエンテ広場へ。
ここにはフェリペ4世の騎馬像がある。だんだん混乱してくるが、ええと、この方はハプスブルグ朝のほうですね。
(その後 スペイン王家はブルボン朝にうつる)
パルタル庭園(Jardines de Partal)
イスラム時代には、貴族の邸宅やモスクが立ち並んでいた地域。
今は、邸宅の跡と思われる基石が残っており、そこに沿った形で、花や樹木、フルーツ、緑と池がいっぱいの庭園になっている。
そして、非常によく残っているのが、貴婦人の塔。アルバイシンを見下ろす展望台にある。
この優雅な姿・・・・。まさに貴婦人。 (写真はクリックで拡大します)
門の内部は、(おそらく)大理石に細かい模様が施されている。抽象的な幾何学的な模様だが、実に繊細で、洗練されている。
帰国してから、またOTTAVAにメールを書き
アルハンブラ宮殿は、エレガントの一言 全てが優しくたおやかだと感想を述べた。
読んでくださったディレクター斎藤茂さん(*)は、「イスラム文化の優しさは、西洋文化よりむしろ、日本文化に似ていると 自分は感じる」とおっしゃっていた。
世阿弥に「秘すれば花」ということばがあって、いろんな解釈が可能だろうけれど、全てをあからさまにせず、見る人の想像力の翼を利用することによって、より一層、美しさなり、面白さなりを際立たせる、大体においてそういう意味だろうと思う。
この宮殿にも、そういう「秘めた」感じがあるのだ。真の優しさは、熱い情熱と強さに支えられているといったような。
女性不信に陥り、暴虐の限りを尽くすようなったシャフリヤール王のために、自らを差し出すシェヘラザード。
彼女には、ある計略はあったが、失敗すれば間違いなく処刑が待っている。
それでも、彼女は勇敢にも 国と、大臣である父と、自分自身と、王を救うために、行動に出るのだ・・・。
優しさ、聡明さ、たおやかな美しさ、そして秘めた強さ。
シェヘラザードの物語と、この宮殿の美を、「貴婦人の門」の池のまえにたたずんで重ねてみた。
カルロス5世宮殿
前に出てきた、イザベラ女王と、その夫アラゴンのフェルディナンド王が、このグラナダをカトリック側に奪還したわけだが、その孫にあたる、カルロス5世が作った宮殿。(ちなみに後で書きますが、この方の母親が 狂女王 フワナ。かわいそうな女王さまの物語も興味深いのです)
つまり、ここだけが西洋風な建築。
私はもちろん、ヨーロッパが美しいと思い、それに惹かれるから
旅をしているのだけど、でもやはり、このカルロス5世宮殿は、このアルハンブラのなかでは
少し見劣りがする。もひとつ、美しくない。(笑
ひとつには、この周りはあまり緑を植えていないからだとも思うけど。
こういったことは個人の感覚なので、あくまでこれは 私の感想です。
現在は博物館 美術館になっています。
ナスル王宮殿(Palacios Nazaries)
ナスル朝の王様たちの宮殿だった場所で、アルハンブラの中心部。
最初にアルハンブラに入場するときにチケットを買うが、そこに「ナスル王宮殿の入場時間」が刻印されていて、
その時間にならないと入れない。
人数制限をしているわけ。フラッシュ不可 飲食不可
私たちの時間は13時。少し前に入場場所前に並ぶ。
暑い!熱中症になってはいけないと水を飲む。
宮殿内にはたくさん水のみ場が作られていて、みなごくごく飲んでいる。驚くほど冷たい!
あいたペットボトルに水を詰めて、さらに顔にも とんとん、と。(笑 気化熱で涼しい。
まずメスアール宮。行政と司法の場だった。ここは大理石のファサードがあり、細かい装飾が見事。色タイル張りの部分も多少残っているようだが、修復はされていない。
進むと、次が コマレス宮。
アラヤネスの中庭には、大きな池が作られている。重要な賓客が通されたところらしく、涼しげな水と大理石の白が美しい。
次がライオン宮。ライオンの像がぐるりと、噴水を取り巻いていた。周りの壁には映像が映されていたが、よく見なかったので内容わからず、たぶん、この像の修復の経過をたどったものだと思う。
その周辺に 二姉妹の間。なにか謂れのある部屋なのだろう。
天井に大きな飾りがあるが、鍾乳石を彫ったものらしい。しんじられないほど細かい彫刻だ。
今は黒っぽくなってしまっているが、往時は 真っ白にキラキラ光っていたのだろうと思う。
このあたりは、他にもいくつか部屋がある。どこも装飾は大理石と色タイルで 繊細な幾何学模様が美しい。
ただ公開されている部屋はあまり広くない。よく西洋の王宮でみるような 大広間 的なものは少なくとも私の記憶ではなかった。
さて、これで 夢の王国 アルハンブラ宮殿の見学はおしまい。
グラナダの街まで、森のなかを歩いて戻った。今朝通った道は、かなり森のなかだということに気がつく。もっと開け道があったわけだ。
途中で、カフェを発見して、入ろうかなと思っていると、ボーイさんがやってきた。
「お飲み物のみですか、ご昼食ですか?ご昼食ですと、この先にレストランがありますので、そちらで・・・」
(実はスペイン語だったので、よくわからなかった。意訳、いや、超訳だと思ってください。(笑)
案内されていくと、森のなかに日よけの大きなテントを張ったレストランが。
たくさんテーブルと椅子がある。真っ白なテーブルクロスに大きなグラス、カトラリー。
こんな森のなかに、こんな綺麗で本格的なレストランがあるなんて。
何回も書くけど スペインは日陰に入るととても涼しい。ここにも爽やかな風が渡ってくる。
素晴らしく気分が良かった。
すわると、他のテーブルに、サングリアのカラフが載っているのが見えたので、
「デメ サングリア(サングリアください)」と言ったのだが、カラフのみでグラスはないとのこと。
連れ合いは例によって セルヴェッサでないと!というので(笑 結局セルヴェッサふたつ。
ここで連れ合いに質問。
「来る前は、リオハとか、スペインのワインを飲みつくす!って張り切っていたのに、結局ビールばっかり飲むのはどうして?」
すると、暑くて暑くて ビールのこと以外考えられないという返事だった。(笑
メニューを見ると前菜から始まり、本格的なコースが選べそうだったのだが、私たちには量が多すぎるだろう。
そう思って他のテーブルを見ると、みなコースではなく、ワンプレートのランチを食べているようだ。
タパパ(じゃがいも)の上に、お肉とか、目玉焼きとか、ハモン・セラーノ(生ハム)とか、野菜とか、いろいろ載っている。
見本写真があったので、私は タパパ+目玉焼き+ハモンセラーノの「シエラネバダ プレート」
連れ合いは、さらに その上に 骨付きのお肉が載っているプレート(名前失念)を注文。
これは美味しかった!ジャガイモってこんなに美味しかったっけ!?というくらい美味しかった。
たぶん、地味がいいのだろう、それから、使ってあるバターがまた、いいのだろう。
生ハムも美味しかった。(ただしこれは昨日 バルセロナの「タパパ24」で食べたのほどではなかった。)
ブロッコリーなど軽くソテーした野菜も 味が濃い。
満足!やはり日本人には量が多かったから少し残したけど。
ウェイターがお皿を下げたその先を見ていると、なぜか彼が残った骨付き肉を地面にぽん!と投げた。見ると
黒猫が その肉にかぶりついている。
あっ!さっきの子猫の親だ、そっくりだもの。
レストランを出て、近くの「ファリャの家」に寄ってみようということに。
ガイドブックによると、ガイドツアーもあるようだが、今日はお休みの日なので、外観だけを少し見る。
それから、御土産屋やカフェが軒をつらねる通りを通って、ホテルまで帰ってきた。
そこから、アルバイシン(イスラムの町並みが残る地域)や、カテドラル、王室礼拝堂などを見学に行くつもりだった、のだが、珍しくも私は かなり疲れているのを感じていた。
明日からは マドリッド行くのだから、ここは休んでおいたほうがいいかも。
なにしろ一番行きたかったアルハンブラは、実にゆっくり時間をかけてみて回ることが出来たのだから。
そう思って この日は夕方5時ごろから眠ってしまった。
(*) インターネットラジオのクラシック専門局 OTTAVA。私はここのファンで、とくに con brioというリクエスト番組が好き。パーソナリティを勤めているのが、博覧強記のミュージック・ディレクター 斎藤茂氏です。
OTTAVA http://ottava.jp/
4日目 (グラナダ1日目)
アルハンブラ宮殿
グラナダは シエラ・ネバダ山脈の麓に位置している。
長いレコンキスタの歴史のなか、1236年に コルドバがキリスト教徒に奪回されてからは、ナスル朝グラナダ王国の首都となり、イベリア半島におけるイスラム最後の砦として繁栄した。
そして、1492年のグラナダ陥落まで2世紀半にわたり、レコンキスタの嵐にさらされながら この華麗なアルハンブラ宮殿が築かれた。
この城の最後の王がボアブディル(ムハンマド11世)である。
さて、アルハンブラ宮殿の入場チケットは、ネットで予約できる、とガイドブックに書いてあったので、サイトにアクセスしてみたのだが、私たちが行く日のチケットはもう完売だった。
その場で買う場合は8時から販売、人数制限あり、売り切れてしまうこともあるので、朝いちでいくべし!と書いてあった。
せっかくグラナダまで行ったのに、肝心のアルハンブラが見学できないのではどうしようもない。ここは絶対に入場券を手に入れないと!
というわけで、朝早くつけるように、6時に起きた。
ここのホテルの朝食は7時半からなので(泊まったホテル3つとも、朝食は7時半からだった)8時前にアルハンブラに着こうと思ったら間に合わない。
部屋で、昨日空港で買っておいたパンなどを食べ、朝食とした。
7時にはホテルを出た。
昨日フロントで、アルハンブラまでのバスの乗り場と聞いたのが、イザベラ・ラ・カトリカ広場。
カトリック女王イザベラは、バルセロナの「王の広場」のときちょっと出てきたが、このグラナダをイスラムのナスル朝から奪還し レコンキスタを完遂した偉大な女王であり、(この功績で彼女は、法王庁から「カトリック女王」の称号を賜る)コロンブスを派遣した人でもある。
そのコロンブスが女王に謁見している像が立っている広場で、バスを待つが、しばらく来ない。
ちなみに広場の電光掲示板に時刻と気温が出ていた。7時10分で 16度。
寒い!ここにいたって初めて、上着を持ってこなかったことを後悔した。(ホテルにはある)
連れ合いが「歩いていこう」という。
地図もあるし、方向を示す案内板も出ていた。
ふたりで、美しい街の通りをしばらくあるくと、「アルハンブラこちら」と、右に曲がる看板が出ていた。
そこを曲がると、今度はずっと、森のなかを登る坂道。ずっと先に、おそらく同じ目的地だと思われる集団も
登っていた。
森の中は暗く、どこからか水音がする。水路があるのだろう。まだ明けきらない夜のなか、こうしてスペインの森を歩く自分が不思議で、まだ夢のなかのようだ。
アルハンブラ宮殿の入り口に着くと、すでに列が出来ている。一応、英語で、「ここがアルハンブラ宮殿入場のチケットですね?」と確かめると、そうだと肯定された。
待っている場所は公園になっており、お土産屋ももうやっており、複数で並んでいるなら、退屈せずにすごせる。
また、クレジットカード専用の、入場券の自動販売機もあり、そちらに並んでも良いようだった。
ここで、並びながらOTTAVAに携帯でメールを書いた。(笑 やってみたかったんだ、「世界の国からコンブリワ」
さて しばらくすると、入場券が売られ始め、列が動き出した。
多くの警備員や、案内の人がおり、みなを整理している。無線で連絡を取り合いながら(もちろん、何て言っているかはわからない)きちんと入場人数を把握しているのだろう。
とくに警備員はかなり厳しい感じで 列が乱れないようにし、販売窓口には、ひと団体ずつ、きちんと行くように指示していた。
このアルハンブラはスペイン観光の目玉の一つであり、混乱があったり、事件事故があったりしてはならない。
とくに、最近ヨーロッパでテロや暴動があった直後であり、警戒は厳しいようだった。
やっと私たちの順番がきて、中へ。
ヘネラリフェ(Generalife)
まずは ヘネラリフェと呼ばれる、ナスル朝の 夏の別荘だったところへ。
ここはもう、美しい噴水、樹木、花、フルーツでいっぱいの庭園、回廊が次々に現れる地上の楽園だった。
(写真はクリックで拡大します)
この「水の宮殿」ヘネラリフェのなかでも 特に美しいとされているのが、「アセキアの中庭」
ここは、回廊が噴水の周りにしつらえられている。
前にも書いたけど、スペインは暑いけど、日陰はとても涼しい。
この回廊に入り、暑さを避けながら、涼しげな噴水を眺める仕組み。
千夜一夜物語の世界を想像が想像された。今にもシェヘラザードが、妹姫ドゥンヤザードが あざやかな衣装を身にまとい、回廊の影から現れそう。
丘の上にあるので、眺望絶佳。
回廊に立ち、右を見ると、眼下にグラナダの町がずっと開けており、左を見ると、美しい噴水。
(写真はクリックで拡大します)
噴水にそっと手を入れると、冷たい。
ガイドブックには、シエラネバダ山脈からの雪解け水を使った噴水、とある。
今もそうなのだろうか?今は水道だろうけど、でもその水道はどこからなのか?やはり山からなのだろうか。
アルカサバ (Alcazaba)
エレガントなアルハンブラのなかで、ここだけが武骨な部分。なぜなら ここは要塞だから。
ここはアルハンブラで最も古い部分だそうで、ローマ時代の砦のあとに、9世紀にモーロ人が築いたものだそう。
グラナダ自体、イベリア半島における最後のイスラム王国だったのだから、文字通り、イスラムの最後の砦。
見張り台からは、アルバイシン(11世紀ごろにモーロ人によって築かれた イスラム時代の街並みがそのまま残る地区)が一望できる。
一生懸命、猛暑のなか、二人で登りました。石の階段は埃っぽかったが、上は気持ちよかった。
一番高い部分に、西洋風の鐘楼がある。スペイン語で石に何か彫り付けてあったけど、当然、まったくわからず。
写真はクリックで拡大します。砦の一番高い部分から撮影。
おまけ画像(笑 写真はクリックで拡大します。
宮殿の美しい庭で出会った、美しい黒子猫。
まだ生まれたばかりのサイズだと思われます。まだ目が開いていないのか、眠くて目を閉じているのか。
お前の祖先は、ここで王様やお姫様のペットだったの?
今は蚤がいっぱいだけど、昔は高貴なお猫さまだったと思わせるお姿。