キンシャサにしても、ブラザにしても、青空というものにはお目にかかれない。アフリカ全体に言えることだが、要するに未舗装の道路が多い中、車だけが増えているので、年がら年中国中で砂埃が待っていて、一種のスモッグみたいになっているのだ。太陽はいつもすりガラス越しに見ているみたいで、中国の空みたいだ。
宿を借りていることもあって、朝晩の礼拝には出るようにしている。この時期は、ちょうど、日本でも巡礼「おぢばがえり」の時期で、こちらでも子供たちを集めてサマーキャンプを行っている。この日も、ブラザビルの信者の子供たちが、1泊2日の日程でやってきていた。
(天理教会の敷地内のアパートの住民。旅人はここの1室をあてがわれる)
日本に留学経験のある、この教会の職員、シャンセさんの話によると、この国に、天理教信者は、4000人いるという。思った以上の人数だ。天理教会は、コンゴのほか、キンシャサ、タンザニア、ケニアにもあるという。コンゴ国内には、ブラザの他、 など数か所に拠点があるという。朝に、土曜のポアントノアール行きのバスの切符を買うというと、シャンセさんは、すぐ近くのバス会社ではなく、歩いて5分くらいのところのバス会社にしなさいと言ってきた。
「ポアントノアールでも、天理教に泊まるんでしょ?そっちの方が、近いから」
ポアントノアールにも教会があるようだ。
というわけで、一緒に切符を買いに行った。列車は1年前くらいから運休らしい。なんでも、キンカラまでの国道1号線周辺にゲリラが出て運行不可能らしい。キンカラには天理教会もあるが、町中は安全だが、沿道が危ないとのこと、だからバスは迂回してポアントノアールに行くという。
この国に対しては、数年前まで外務省から「退避勧告」が出ていた。実際は、戦闘じたいは10年くらい前に終わり、戦闘が激しかったのは1年くらいだったらしいが、その時は、数百メートル先のマルシェトータルまでは政府軍が持ちこたえたものの、天理教会周辺は戦闘に巻き込まれ、住民はキンカラまで80キロ近く歩いて疎開したという。
ポアントノアールまでの切符は1万セーファー。教会のすぐ近くの会社より1000セーファー高かったが、ターミナルから教会までタクシーなど使う必要がないので、こ ちらの方がいいだろう。
その後、再び市内へ。コルニーシュの吊り橋を渡り展望台へ。現在この道は延長工事中で、川沿いをラスラピデスのあるジョウエまで伸びるらしい。この展望台からは、他に客を乗せたタクシーを捕まえた。乗り合いかと思い、街の中心で150セーファーを支払うと、運転が血相を変えて1000セーファーを要求してくる。ロンリープラネットによれば、タクシー料金は、町中長距離で1000、短距離で500だ。おまけにチャーターしているわけでもない。500なら払うと言っても、聞かない。結局、通りかかった身なりのいいビジネスマンが仲裁に入ってくれ、500セーファーで落ち着いた。
やはりここでも、外国人はしばしばぼられる。システムじたいもいい加減なのだろうが。ミニバスでも、少し距離が長くなると、多めの料金を言われたりする。天理教会のシャンセさんの話では、運転手横の2席は少し高くなるが、あとは、1回150セーファーとのことだった。
昼食を食べたレストランでも、はじめ、2000セーファーと言われていた肉野菜炒めが、勘定では3000になっている。おまけにポテト、サラダなどすべて込みの料金だと言われていたのに、ポテト代1000がちゃっかり上乗せされている。一応抗議をすると、肉野菜炒めは2000セーファーに戻ったが、ポテト代は取られてしまった。
ちなみに、少々いいレストランに行っても、塩辛いのは変わらない。おそらくコンゴ人の嗜好なのだろう。油もたっぷり使い、高血圧一直線の食事だ。この日食べた肉野菜炒めも、初めはおいしく感じるが、とにかく食後に喉が渇いて仕方がない。
夜は、お祈りの後、音楽祭があった。サマーキャンプの参加者や信者が演奏したり歌ったりするのだが、とにかく子供でもノリがいいこと!僕が居候している教会のアパートの住民も大はしゃぎしていた。彼ら彼女らは、このサマーキャンプの参加者の食事などを作ってサポートしていた。


