いままでずっと、こだわりがありました。
「占い」じゃない。
自分のやってることは「占い」ではなくて「鑑定」でもなくて、「氣づきのためのセラピー」なのだと思っていて
「占い」とか「鑑定」という言葉をできるだけ使わないようにしてきました。
でも「セラピー」という言葉もなんだかしっくりこないし、自分を「セラピストです」というのにも違和感があって・・・
ずっと、ある種のモヤモヤ感を抱えてた。
だけど!
ここに来て、も〜〜〜そんなん、ど〜〜〜でもい〜〜〜やん![]()
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ってなった。
「占い」でも「鑑定」でもいい。
たぶん、その方が、一般の人々に伝わりやすい。
「セラピー」とか「カウンセリング」となると、一般の人々にはちょっと敷居が高い。
だから「占い」とか「鑑定」の方が、きっと間口が広がる。
(もちろん、セラピーやカウンセリングもアリだとした上で。)
大切なのは、「占い」や「鑑定」を、そこにどんな想いを乗せて行うのか。
どんな願いのもとに行うのか。
だから、「占い」でも「鑑定」でもいいのだ。
私は「アカンパニスト(伴走者)」として行いたい。
それがはっきりした!
なので、なんだかスッキリしました。
これからは、「占い」「鑑定」というネーミングもあり。
手相もレイキも占いも、これから新しく始めていくであろうことも
「魂の伴走者」として臨む。
そして、手相教室でも、”「アカンパニスト(伴走者)」としての手相観さん”を育てていく。
そしてそして、そんな手相アカンパニストさんのアカンパニスト(伴走者・伴奏者)として、私は存在する。
なんか、そんな構図が見えてきた。
手相だけでなくて、ツールはなんでもよくて。
真面目で敷居が高い療法みたいなイメージではなく。
とっつきやすいツールを使って。
目の前の人が自分に大きなマルをつけて、持っている素質や才能を生かして楽しく生きていけるように、願いを込めて
目の前の人の一番の応援者として向かい合う。
ジオマンシー占いも、そんなツールになりうるんだよなあ!
ちなみに・・・(ここから先は本当にどうでもいい独り言です
自分の忘備録。)
「占い」や「鑑定」とは違う、というのは、自分が昔所属していたコミュニティーでの考え方。
それを、自分の中に浸透させたままであることに氣がつきました。
まだ、古いエネルギーを引きずっていたんだなあ。
手相教室の内容も、何か古い部分があると感じるから、
それをもういちど見直していったほうが良いなあ。
新しく取り入れたい要素も加えていきたいなあ。
サロンの桜さん、葉っぱが出てきました![]()
