「ブログで回答!お便り受付フォーム」に次のようなご質問をいただきました。

 

過去世や転生といったことを、先生はどのようにとらえていらっしゃいますか?

 

お便りくださりありがとうございます!

 

えっと、私は「先生」ではない感じですあせる

 

手相にしても、ヒーリングにしても、何にしても

 

教える立場というよりは、シェアさせていただく立ち位置にいると認識しております。

 

 

そんな立場から、私なりに、思うことをそのままシェアさせていただきますね。

 

 

 

私はですね、過去世や転生はある、と思っています。

 

そういう考え方をすることが好きです。

 

 

最初からそう思っていたのか?というと、それはわかりません・・・

 

小学生の時には、「死ぬ」ということがどういうことかわからなくて

 

ものすごく怖かったからです。

 

死ぬと、何もかもがなくなってしまう。

 

体もなくなって、こうして考えることもできなくなって、底知れぬ闇の中に放り出されてしまう・・・

 

え???・・・私がなくなってしまうって、どういうことなの???・・・こわいよお・・・

 

と、お布団の中で、床が抜けて沈み込んでしまうような恐ろしさを感じたことを思い出します。

 

そんな時は、テレビで活躍している有名人、具体的には西城秀樹さんを思い浮かべて(当時大好きだった)

 

「ヒデキだって死ぬんだな。私だけじゃなくて、みんな死ぬんだな。ヒデキと一緒に死ぬんだったら怖くないよね。」と自分に言い聞かせていました爆笑あせる

 

・・・

 

めっちゃ恥ずかしい昔のお話をしてしまいました爆笑あせる

 

さらに言うなら、その頃、「宇宙って、どこまで広がっているんだろう???無限ってどういうこと???宇宙の始まりの前には何もなかったって、どういうこと???」と考え始めると、夜も眠れなくなっていました爆笑

 

 

 

だけど、いまは、「死」は、あの時みたいな怖いものではなくなりました。

 

底知れぬ闇に放り出されるイメージから「元いたところに還る」「もともとの姿に還る」というイメージに変わったと言えばよいでしょうか。

 

なので、死ぬことは怖いことではない。

 

 

そんなふうに変わっていったのは、小学校の時に抱いた「死ぬってどういうこと?」という疑問に対して、自然に探求していったからだと思います。

 

同時に、幼稚園の時に抱いた「イエスさまはどうしてこんなひどい死に方をしたのか、どんな気持ちだったのか」という疑問についても、同じように自然に追求していくことになった。

 

両親は全然カトリックなわけではないのに、なぜかカトリック幼稚園に行って、「子どもの聖書」が愛読書だったんですよね。

 

だからいまでもイエスが大好きなのだと思います(宗教とは関係ありません)。

 

 

そういうことを探求していくと、これはもう、哲学とか宗教とかスピリチュアルとかの世界を探求していくことに直結してしまうわけです。

 

高校〜OL時代には現実世界にどっぷり浸かってしまい、すっかり忘れていた探求。

 

その探求は、結婚する頃から本格的に始まったと言えます。

 

そんなに読書家でもない私ですが、やさしくわかりやすい言葉で書かれた精神世界系の本を読むのは大好きで、ずいぶんと、そっち方面の勉強をしていくことになりました。

 

元旦那さんもそういう話に詳しい人だし、いろいろな体験談も持っている人だったので、さらに学びが深まっていきました。

 

このあたりは話が飛びすぎてあんまり書けないのですが、私の結婚生活って、めちゃめちゃ濃い、濃すぎるスピリチュアル生活だったんです・・・。

 

 

 

そんなわけで、過去世や転生はあると思っています。

 

過去世の明晰夢を見たことがありますし

(と思っているだけかもしれません。)

 

自分はおそらく修道女だった時があるんだろうな、と思ってて、いま、その頃ご一緒した人たちと再会しているんだろうな、と思うことがあったりします。

(本当にそうかどうかはわかりません。)

 

アトランティス時代にいたんだろうな、とも思っていたり。

(本当にそうかどうかはわかりません。)

 

宇宙のどこかの星にいたんだろうなあと思うこともあります。

(本当にそうかどうかはわかりません。)

 

ちなみに、昔いろいろな霊能者さんのところに行った時には、たいてい「古くてでっかい魂ですね」と言われました。

(本当にそうかどうかはわかりません。)

 

 

なんだか、そんなふうに考えると楽しいではありませんかハート

 

だから、過去世や転生はあるという考え方が好きです。

 

 

 

もしかしたら、実際は、過去世や転生なんて、ないのかもしれません。

 

もしくは、私のあたまで考えるような形ではまったくないのかもしれません。

 

書いていてふと思ったのですが・・・

 

「元いたところに還る」「もともとの姿に還る」というのは、「素粒子に戻る」ということなのかもしれません。

 

死んだら、肉体も意識も何もかもが素粒子に戻る。

 

そしてまた素粒子から別の生命体が生まれる。

 

そんなふうに循環しているだけなのかもしれません。

 

 

 

ってことは、やっぱり、すべてはひとつ・・・。

 

どう考えても、いまの私のあたまは、「すべてはひとつ」に行き着いてしまいます。

 

その「ひとつ」に近づきたいと思ってしまうのは、私だけでしょうか!?

 

 

 

 

なんだか、長くなっちゃったし、わかりにくい回答になってしまったかもしれませんねあせる

 

ごめんなさいあせる

 

変な人なので仕方ない、と、許してくださいね爆笑あせる

 

とても素敵なご質問、ありがとうございますキラキラキラキラ

 

ぜひまたお便りくださいね花束ドキドキキラキラ