今朝の茂木健一郎先生のTweetに同感!
なのでシェアします。
茂木健一郎@kenichiromogi
しばしば、「やりたいことがない」という人がいるけれども、実際には、うまく思い出すことができないでいるケースが多い。子どもの頃にさかのぼったら、目を輝かせて夢中になっていたことの一つやふたつはあるはずだ。
2022年01月06日 07:50
茂木健一郎@kenichiromogi
学校教育の中か、社会の中で、無力感を学習してしまっているのである。自分がやりたいことは実はあるのだけれども、それが他人との比較において劣っているとか、意味がないなどと思い込まされているから、「やりたいことがない」と言ってしまっている。
2022年01月06日 07:51
茂木健一郎@kenichiromogi
自分が夢中になれることだったら、それが価値があるかどうかは関係ない。そもそも、世の中のほとんどのこと、というか、すべてのことにおいて、他人との比較は関係ない。自分が楽しんで、喜びを感じることができるものならば、それはやる価値があることなのだ。
2022年01月06日 07:52
茂木健一郎@kenichiromogi
もっとも、養老孟司さんが常々言っているように、仕事とは社会にある穴を埋めることだから、自分が夢中になれること、好きなことと一致するとは限らない。ならば、仕事は仕事で心を込めてやって、他の時間に、価値と関係なく自分の夢中になれることをやればいい。
2022年01月06日 07:53
茂木健一郎@kenichiromogi
やりたいことがいっぱい有りすぎて、とても時間が足りないという人は幸せなことである。そして、そのような人は実在する。私もその一人である。自分がやることが社会的に価値があるかどうかに関係なく、没入できれば、それがその人の無限の喜びの泉となる。
2022年01月06日 07:54
そのとおりだな・・・。
とにかく自分の夢中になれることをやる。
子どもになれる時間を作って。
小さな子どもたちはお手本なんだなあ。
ついつい私たちは、
「今さらこんなことをやっても意味がない」
「社会的に認められないと意味がない」
「自分より優れた人がたくさんいるから恥ずかしい」
などと、あきらめてしまったりする。
そんなことは関係なく
自分が楽しんで喜びを感じることができればいいのだ。
それは、人からどう見えようと、自分がどう思おうと、価値があることなのだ。
自分の中にある「無限の喜びの泉」に達することができるならば、それでいい、それが最高なのだ。
もしかしたら、それが地球を助けることにつながる道なのかもしれない。
自分の中にある「無限の喜びの泉」って、
大元の光につながっていて、無限に溢れ循環していくものだと思うから。
ということで
2022年は「目標」は特にない、と前に書いたのだけれども
ただ、やりたいことをやって生きたいと思います。
新しいこともそうだけど
音楽とか、いままでにあきらめてきたことにも再挑戦していきたい。
