以前のサロンなら、窓から室見川を眺めることができたのですが

 

新しいサロンになってからは、以前のサロンを見ることはできても、室見川を見ることができない。

 

室見川らぶの私は、この大雨の中で室見川のようすを見ることができないなんてちょっとストレス・・・

 

てわけで、雨がやんだのを見計らって、室見川へ(徒歩3分)。

 

 

かなり水量は増えていましたが、大丈夫そうでした。

 

土色になってしまっている川の水ですが、やっぱり、室見川は落ち着く。

 

 

 

 

【以下長文になってしまいました】

 

そのあと、な〜んとなくTwitterで、メンタリストDaiGoさんの「昨日の謝罪を撤回致します」というライブ配信を見てしまいました。

 

 

ことの成り行きは

 

数日前に、視聴者さんとのQ&Aのライブ配信で、ホームレスや生活保護を受けている方への差別発言をしたということで炎上していたのです。

 

この時の発言は、「猫の命は大切だけど、ホームレスの命は大切ではない」ようなことをハッキリと言い切っていて、わりとDaiGoさんのことを応援している私でも、唖然としてしまうものでした。

 

弟の松丸亮吾さんも、さすがに援護できない様子。

 

 

その後、DaiGoさんは、謝罪のライブ配信を行いました。

 

それを受けた亮吾さん、なんだか納得いってないご様子。

 

 

このDaiGoさんのライブ配信を私も見てみましたが、謝罪の言葉と、これからこんなふうに勉強し直します、という宣言のような感じで、なんとなく軽く感じてしまうことは否めない。

 

言ってはいけないことを言ってしまってごめんなさい、知らないことに対して批判するのは良くないから、そういう意味で自分は間違ってしまったので、ちゃんとホームレスや生活保護者の支援をしている人と対談をしたり、書籍を読んだりして勉強しようと思います、というようなことを言っていて

 

へえ〜、こんなふうに話せるんだ、とある意味感心もするんだけど、なんだか、心に響かない感じ・・・。

 

 

そして今日。

 

なんとなくTwitterを見ていたら、ちょうど「昨日の謝罪を撤回致します」というライブ配信が始まったので、そのまま見てしまったわけなのです。

 

それを見て、なんだか涙ぐんでしまいました。

 

今度は、DaiGoさん、ちゃんとスーツを着て、本当に心から謝罪をしています。

 

「昨日の謝罪は本当の意味で謝罪できていなかったことに氣づいたので撤回します」ということのようでした。

 

いつもの配信とは違う部屋からの配信で(猫の鳴き声はする(笑))、コメントに上がってくる数々の批判を受け止めながら、ひたすら頭を下げている。

 

昨日のライブ配信のあと、実際に、書籍を読んでみたり、生活保護を受けて生活しているシングルマザーさんのブログや投稿を読んだり、生活保護を受けている人のご家族の話を聞いたりしたそうで

 

「もし、自分の母が生活保護を受けながら自分たち兄弟を育ててくれている中で、誰かが自分が言ったようなことを言ったら・・・」と、今度は、自分に引き寄せて考えているのでした。

 

自分の大切な人や家族を否定されたら、自分だって心を病んでしまう。

 

それに、自分がいじめられていた時にかけられていた言葉を、人に言ってしまったことにも氣づいた、と。

 

そして最後には

 

「母が生きてたら僕がいまこんな状況になっていることをどう思うかなと考えると・・・情けないなと思いまして・・・本当に申し訳ございませんでした・・・」

 

と、涙ぐみながら、深々と頭を下げて終わりました。

 

 

 

いつも流暢なしゃべりの彼が、さいごは言葉に詰まりながら・・・

 

その、言葉に詰まる部分に、本当の思いがこもっているのではないかと思いました。

 

 

 

「メンタリスト」と名乗っているくせに、そんな基本的なこともわからないのか?という声が上がるのもわかります。

 

あまりの想像力のなさ。共感力のなさ。

 

私も、最初の問題となった発言を聞いた時には、「さすがにこれはありえない!」と思ってしまいました。

 

 

だけど。

 

人は間違えます。

 

誰だって間違えます。

 

間違えることのない人はいないと思います。

 

 

私自身も、いろいろ間違ったことをしてきました。

 

なんかもう、人に言えないこともいっぱい。

 

もし、その間違いが許されないものであるならば、生きていくことはできません。

 

 

誰だって、そういうことが、あるのではないでしょうか。

 

 

誰だって間違える。

 

魔がさすことだってあるし

 

ちょっと調子が良くなると、勘違いしてしまうことだってある。

 

 

だけど、間違いは、悪いこと、とばかりは言えないと思う。

 

間違いがあるからこそ、人は学ぶことができる。

 

間違えた時に、そこから何かを学ぶからこそ、大きくなれるのです。

 

人を許すことができるようになるのです。

 

そして、人を許すことができるようになるということは、自分を許すことができるようになるのと同じこと。

 

そうやって、自分を許すことができるようになって、器が大きくなっていくものなのだと思う。

 

 

 

なので、私は、メンタリストDaiGoさんをこれからも応援していきたいと思うし、仲良し兄弟のみなさんの絡みも、楽しみに見守っていこうと思います。

 

 

 

 

今回のDaiGoさんのことは、私のような仕事をしているセラピストやカウンセラー、ヒーラー系の人々にとっても、他人事ではないと思います。

 

ついつい、日頃自分が言っていることから外れたことを言ってしまったり、やってしまったりすることは、ありがちだと思う。

 

人間だから。

 

後で考えてみたら、とんでもない、と思うことでも

 

間違ってやってしまうことはあるものです。

 

 

まずは、そうならないように、自分を神様の視線(想像上で構わないので)から見てバランスをとっていくことが大切なのですが、

 

もし間違ってしまった時には

 

間違った自分を責めることではなく

 

そのあとどうするかが大切です。

 

その間違いから何を学ぶのか。

 

その間違いが、痛いものであればあるほど

 

もう同じ間違いはしないだろうし、大きな学びを得て、器も大きくなるのだと思います。

 

 

 

たぶん、私がこんな記事を書いてしまうのは、

 

DaiGoさんのこの一件が

 

私の中にある「間違ってしまったことに対する心の痛みという傷跡」にズキンズキンと響いているからなのだと思います。