自分が嫌い。

 

こころが汚いから。

 

ほんとに自分ってどれだけ心が汚れているんだろう。

 

自分の心地よさばかり考えていて

 

人のことを助けてあげることもできない。

 

誰の役にも立てない。

 

こんな自分には生きてる価値なんてない。

 

 

 

 

そうやって苦しんでしまう人は・・・

 

 

 

実はこころがきれいなんじゃないかと思います。

 

 

 

きれいだからこそ、汚いと思ってしまう。

 

 

 

本当にこころが汚いんだったら、きっとそんなことは思いませんもの。

 

 

 

 

>自分の心地よさばかり考えていて

 

それでよいのです。

 

自分の心地いいことを選んでいくことは大切です。

 

あなたの「心地いい」が周りに広がっていくのだから。

 

あなたは、いままでどおり、生きていてください。

 

生きているだけで、誰かの役に立っているのが神(=宇宙)から見たあなたの姿です。

 

 

>人のことを助けてあげることもできない。

 

「助けてあげる」というのは一種の傲慢につながることもあります。

 

きっとあなたは、目の前で誰かが転んだら、手をかして起こしてあげたり、声をかけてあげたりするでしょう。

 

その時には「助けてあげる」という思いで体が動くのではないと思います。

 

本能で動くと思います。

 

「助けてあげる」という考えがはたらくのは、別の時ではないでしょうか。

 

自分が上にいて相手が下にいるイメージだったりするかもしれません。

 

そんなイメージの時に、相手に手を差し出すのは、どうでしょう。

 

いろんな受け取り方やいろんなパターンがあるので、ひとえに言葉で表すのは難しいですが、

 

「助けてあげる」という思いは、ちょっと違う方向に行ってしまうことも多いです。

 

相手の人生の学び(「氣づき」)を奪ってしまったり

 

自分が相手のエネルギーに飲まれてしまったり・・・

 

 

だから、それでいいのです。

 

日々の生活の中であなたはじゅうぶんに人の助けになっているはずです。

 

人は誰もが自分自身の課題を乗り越えながら、人生の道をひとりで歩いていっています。

 

あなたと同じように。

 

周りの人は、それを応援し、見守ることしかできません。

 

あなたがその人を応援し、見守っているからこそ、「助けることもできない」と感じてしまうのではないでしょうか。

 

 

あなたはあなたの道を行き

 

その人はその人の道を行く。

 

それでよいのです。

 

 

その別々の個が全体を創り、すべての個は全体の中にある。

 

本人は氣付かなくても、お互いに関係しあっているのです。

 

 

だから、あなたがまずすることは、自分の心地よさをしっかりと見つめていくことです。

 

それが全体にひとしずくの幸福をもたらすことになるのです。