ちょっとしつこいようですがまた預言ネタ。
今回の関東旅行での3回分の預言を書き起こしていたら、以前録音したまま書き起こしていない預言があったことに気づきました。
それは旦那さんが亡くなった次の日のもの。
私は彼の旅立つ日に間に合わず
この大きな出来事を受け止めることができず
心をどのように維持すればいいか
どんな動きをすればいいか
まったくわからなくて
得体の知れないほど暗くて重たいものを抱えて
それでもがんばらなくちゃって
ただただ必死だったとき。
冷たくなってしまった旦那さんと対面したあと
もう求めるものは救いとか癒ししかなく
娘を連れて預言カフェに駆け込んだのでした。
それでもこの預言を受け取った時は
なんだかピンとこなくて。
もっと明るい未来に目が向く
明るくなれる言葉が欲しかったのに、
なんて思ってしまったりした事実。
心が閉じていたというか
余裕がない状態だったのかな。
それで書き起こす気にもならず
それ以来きき返すこともないままだったのです。
しかし今
改めてきき返してみると・・・
なんということでしょう!
まさにあの時の私への
救いの言葉が述べられいる!
途方もないほどの癒しのエネルギーに満ちていて
これでもかというほどの
深い深い”神の愛”のようなものを感じて
心の底から驚いてしまうのです・・・
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主は言われます。
我が愛する娘よ、私はあなたを愛していますと主は言われます。
娘よ、あなたの何かその髪飾り、何かその冠というか、ちゃんと私は一番良いものをちゃんとあなたに与えていきますと主は言われます。
美しい、何かその力強いあなたは愛の娘ですよと主は言われます。
ですから、周りを気にして、ここか、あそこか、あなたがほんとに踏み迷ってきたその季節がもう終わって、堂々と私が与えるその栄冠を、その喜びを、本当の愛を、あなたがしっかりと受け取って、それを増やしていく、耕していく、あなたはそのような娘ですと主は言われます。
だからゴールはあなたが思っているよりも、もっともっと大きなもの、美しいものですと主は言われます。
これだけ何かやったから何かあるんだろうか、これだけがんばったからこういう形になるだろうかと、何かこの世の計算によってあなたの思いがどんどん小さくされる、そんな尻すぼまりな何かそれではなく、私は、永遠から永遠へ、変わることのないその愛のなかで、あなたの居場所がどれほどに豊かなものであるか、またあなたが私から受け取っていく私の御国、私の権威、それがどのように力あるものであるか、それをあなたがしっかりと知って、そこに新しい勢いを、また命を何か見ていく。
何か交錯する、光と闇が何かその交錯するように、あなたの心の中で何かその定まらない、何かその思いがあったとしても、娘よ、私がいのちです。
私が平安をあなたに与え、私の平安があなたのその心の葛藤ですね、何か嵐の中、何か状況の難しさの中であっても、変わらずにあなたを支え、あなたを導く。
私の力は、私の勢いはとどまることを知らず、あなたがほんとにこの過去に何かこれは難しかったからもう無理だろうと思ったその和解さえも、新しい命のなかであなたが甦る、あなたは癒され、あなたは満たされると主は言われます。
また状況のなかで何か新しい確信とその視野が与えられていく、何かそれを見るでしょうと主は言われます。
問題はもはや問題ではないですよと主は言われます。
それを癒すのは私です。
あなたが戦って、あなたが傷ついて、もう倒れそうだ、もう無理だと・・・
でも娘よ、いま力強く私の愛に鎮まってそこから動かずにいなさいと主は言われます。
私がどれほどにあなたを愛し、あなたを憐れみ、あなたのためにどれほどのその燃える思いをもってその古いものを焼き尽くしているか、またそこにあなたが植えていくあたたかな何か良い団らんがどれほどに人々の心を満たしていくかあなたは知らない。
でもあなたの手を通して私がそれをするからと主は言われます。
愛する娘よ、私はあなたを愛していますよと主は言われます。
2019/4/3 預言カフェ 赤坂店にて
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↑あの日重たく苦しい気持ちで息が詰まりそうになりながら見た景色。
”あなたが戦って、あなたが傷ついて、もう倒れそうだ、もう無理だと・・・”
という状況であったにも関わらず
あの時の自分は
自分でそれを認めようとしていなかったのだなあ。
私は大丈夫です!
傷ついてなんかいません!
倒れそうでなんかいません!
もう無理だなんて思っていません!
って相当強がっていたのだなあと。
そんな自分に対して
”私が平安をあなたに与え、私の平安があなたのその心の葛藤、何か嵐の中、何か状況の難しさの中であっても、変わらずにあなたを支え、あなたを導く。
私の力は、私の勢いはとどまることを知らず、あなたがほんとにこの過去に何かこれは難しかったからもう無理だろうと思ったその和解さえも、新しい命のなかであなたが甦る、あなたは癒され、あなたは満たされる”
”問題はもはや問題ではないですよ”
”それを癒すのは私です。
あなたが戦って、あなたが傷ついて、もう倒れそうだ、もう無理だと・・・
でも娘よ、いま力強く私の愛に鎮まってそこから動かずにいなさい”
”私がどれほどにあなたを愛し、あなたを憐れみ、あなたのためにどれほどのその燃える思いをもってその古いものを焼き尽くしているか、またそこにあなたが植えていくあたたかな何か良い団らんがどれほどに人々の心を満たしていくかあなたは知らない。
でもあなたの手を通して私がそれをするから”
なんて・・・。
今振り返ってみると
すごくよくわかる。
あの時の私は
傷ついていて
倒れそうで
もう無理っていう状態だった。
なのに
そんな自分を見ようとせず
先へ進むことしか考えていなかった。
いまここの自分を感じて
ありのままの状態を受け入れてこそ
先へ進めるというのに。
そこを飛び越えて
現実を動かすことばかり考えていた。
まずは自分を癒すことだったのにね。
一生懸命な時ってそげんあるとかもね。
↑博多弁出た。
そんなふうに強がって
神の言葉を受け取ることができない状態にあっても
まるで聞き分けのない子どものようであっても
それどころか
神なんているものか!と毒づいてしまうような時でも
いつも変わらず見守ってくれている・・・
深い愛で包み込んでくれている・・・
そんな大きな大きな存在を感じずにはいられない。
私たちはみんな そんな神を内包しているのですね。
長くなってしまいましたが
これにて今回の預言シリーズは完結です。
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