息子と父を亡くした2025年は

人生の大きな節目となった。


父は自宅で息をひきとった。

前夜、いつものようにに床についたが

目覚めることは無かった。

朝、母が起こそうとした時には

冷たくなっていたという。


自分は今

翌朝起きると思って眠りについている。

でも、本当は

かならず朝が訪れるとは限らないのだ。


2026年はどんな年になるだろう。

それは分からない。

ただ、新しい朝、目覚められたら

まず、それに感謝することを

忘れないようにしたいと思う。








人の死に接するのはかなしい。

それが、身内の死であれば、

なおさらだ。

 

昨日、父が亡くなった。

86歳だった。

日本人男性の平均より

はるかに長く生きたとは言える。

だからと言って、

かなしみが薄れることはない。

息子の死とも比べようがない。

何歳で亡くなろうが関係ない。

人の命はそれぞれ尊く

比較できないものだと思う。

 

ふたりの肉親を失ったかなしみの中で

今年はくれてゆきそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、12月も半ばとなった。

三ヶ月のあいだ

息子のことを考えない日はなかった。

 
でも、
仕事、ボランティア、家事など
日常をこなしていくうちに
感情はだいぶ
落ち着いてきたように思う。
 

亡くなった直後は、

自分を殺して

日常を演じている感覚だったが、

ふつうに日常に向き合えるように

なってきたと思う。

 

このブログも

今日はやっと更新することができた。