・手をつないだこと

人を好きになるのに理由はない。

初恋をする前、
まだ女性の手を握ったことすらなかったころ、
バイト先で一緒だった女性を好きになったことがある。
そして、好きになった後に、
ほかに好きな人がいることを知った。

でも、そんなことは、自分が彼女を好きなことと
何の関係もないと思っていた。
相手が誰を好きで、どんな恋をしていようとも、
好きになったら、それはそのまま、
あきらめも、妥協も、何の計算もなく、
好きなものは、好きなのだから。

ただ、それは実ることのない思いだった。
彼女は好きな相手を
「100%好き」と言い切っていた。
彼女も若かったんだと思う。
そんな彼女にぼくは
「99%相手を好きでもいいから、
 1%だけ、ぼくを好きになって欲しい。」
みたいな事を言った。
降水確率じゃあるまいし、
なぜそんな無意味なことを言ったのか。
でも、彼女は
「たとえ1%でも、他の人を思うのは裏切りだから。」
と、僕の思いにまじめに向き合って答えてくれた。

でも、そんな状態のまま、
ぼくは1年以上彼女を思っていたと思う。

ただ、彼女への思いが唯一報われた瞬間がある。
いや、報われたと思っているのは、ぼくだけかもしれないけど。

バイト仲間たちと遊園地に行った時、
「おばけ屋敷」があって、
友人が気を遣って、ぼくと彼女をペアにしてくれた。
初めは、離れていたけど、進むうちに暗くなって、
手を伸ばしたら、彼女がそれを掴んだ。
それから、数分間。彼女と手を繋いで歩いた。
彼女に触れた、最初で最後の時間。

今思えば、その瞬間のために、
ぼくはずっと彼女好きでいたのだと思う。
その瞬間、確かに彼女とぼくは触れていたんだし、
一瞬のために、好きでい続ける思いがあってもいい。
思いは、それで報われたんだと思う。

ところで、ぼくは馬鹿みたいに今も思い出すけれど、
彼女は覚えてるかな。
こういう時の女性心理はわかりません。

覚えていないかもしれない。
でも、もし四十を過ぎた彼女が、娘か誰かに
「若いころは私、すごくモテてね、
 ほかに好きな人が居るって何度言っても、
 言い寄ってくる馬鹿な男もいてね~」
なんて、自慢話にでもしてくれていたら、
嬉しいかもしれませんね。