ぼくの金魚が死んでしまった。
2年まえ、縁日ですくった金魚。
大切に育ててきた。
餌をあげ、水槽を掃除し、
水草や砂や石でディスプレイして
成長を楽しみにしてきた。
そんなわけで、始めは数センチの金魚が
今では10センチ以上に成長した。
水槽も一回り大きいものに代えた。
このところ、しばらく水を換えておらず
かなり汚れてきていたので、
換えようと思ったら
一匹が横向きに浮いていた。
びっくりした。一瞬にして
悲しい思いが込み上げてきた。
実は昨日は餌をあげていなかった。
昨日あげていれば、もしかしたら?
あるいは、もっと早く水を換えていれば。
そんな思いがよぎった。
死というのはいつも生と隣り合わせにあって
自分もいつ死ぬかはわからない。
だれでも明日も必ず生きているという保障はない。
でも、死は、そんな身近にありながら
どうしても単純に受け入れられない。
幾たび死に遭遇しても
それに慣れることは絶対にない。
単純に「かなしい」というだけでなく、
どんなに咀嚼しても飲み込めないようなものに思う。
金魚はつがいで、
いつも寄り添うように生きていた。
それがとてもほほえましかった。
でも、その一方が死んでしまった。
餌をあげたが、残ったほうは
まったく食べようとしなかった。
いつもなら、浮かんでいる餌めがけて
一目散に泳いでくるのに。
金魚にとっても、
連れの死はかなりのダメージなのかもしれない。
2年まえ、縁日ですくった金魚。
大切に育ててきた。
餌をあげ、水槽を掃除し、
水草や砂や石でディスプレイして
成長を楽しみにしてきた。
そんなわけで、始めは数センチの金魚が
今では10センチ以上に成長した。
水槽も一回り大きいものに代えた。
このところ、しばらく水を換えておらず
かなり汚れてきていたので、
換えようと思ったら
一匹が横向きに浮いていた。
びっくりした。一瞬にして
悲しい思いが込み上げてきた。
実は昨日は餌をあげていなかった。
昨日あげていれば、もしかしたら?
あるいは、もっと早く水を換えていれば。
そんな思いがよぎった。
死というのはいつも生と隣り合わせにあって
自分もいつ死ぬかはわからない。
だれでも明日も必ず生きているという保障はない。
でも、死は、そんな身近にありながら
どうしても単純に受け入れられない。
幾たび死に遭遇しても
それに慣れることは絶対にない。
単純に「かなしい」というだけでなく、
どんなに咀嚼しても飲み込めないようなものに思う。
金魚はつがいで、
いつも寄り添うように生きていた。
それがとてもほほえましかった。
でも、その一方が死んでしまった。
餌をあげたが、残ったほうは
まったく食べようとしなかった。
いつもなら、浮かんでいる餌めがけて
一目散に泳いでくるのに。
金魚にとっても、
連れの死はかなりのダメージなのかもしれない。