ここからはちょっと過激になってしまいます(汗)
組織的ハラスメントの問題について言えば、
大学という組織において、権威的恩恵を受けてるものと
受けていないものの差が大きすぎて大きな歪みがある
ことが問題な気がしますね。
今まで大学の教授や准教授といったものは
研究室や研究学会間の縦の構造の中にありました。
大学の場合は同じ学校による学部間のつながりよりも
それぞれの研究室の所属する研究学会の
縦のつながりが強いイメージで
同じ研究をしている人たちが
各々狭いコミュニティをつくってやっている感があります。
なので、「○○先生の教え子の××が教授をやっているから
ここの研究室にいけば、△△大学に行ける」という世界が
横行していたわけです。
しかし、私の学生の頃の20年前くらいから
大学や学校の運営自体も独立行政法人という形になりまして
そういった研究室間のなあなあ的なものから
プロジェクトやユニットという単位に分け、
そのユニットごとに講師を公募するという形にしたわけです。
その動き自体は大学やその分野に新しい風となったわけですが、
問題はその講師のほとんどが非常勤だったことなんですね。
ユニットやプロジェクト単位で行っている場合、
予算がつかなくなれば、その研究室もろともなくなりますし、
せっかく博士号を取ってその大学に赴任できる形になっても
助手・助教レベルでは3年で無職になります。
今では3年の任期後に常勤とする制度もありますが、
たいていはその前に契約解除という形にするか、
常勤の准教授になっても教授になれずに
組織的なものにつぶされてしまいます。
大学における助手・助教は言ってしまえば
会社における係長や課長レベルだったりするので
つまり、博士号を取って管理職になっても
所詮、コンビニのバイトリーダー的な扱いでしかない
という状況なんですね。
一方でそうやって公募で来た人材は
今までの教授たちにおいては
ただの「部外者の異物」でしかなく、
教授のいなくなった「バイト達」を
そろってつぶしにかかることで
自らの平和をはかっているわけなんですね。
つまり、公募という新しい「改革」が起こったものの
それ自体が脆弱でもろいものだったため、
下に続くものを駆逐する形になり、
権威的恩恵を受けた「古い物」だけが
残っている形になっているわけですね。
実はそのあおりをもろに受けた世代が
私たち「氷河期世代」でして
どの業界にも同じ時期にこういう歪みがあり
それが今になって表に出ているわけなんですね。
では、そうやって「捨てられた」
研究者や研究に再び光を当てることはできないか
と、そう考えるわけです。
政治的なことや大人な事情など抜きにして
ただただ、純粋に実験ができる場所…
そうなると、仕事ではなく趣味として
実験を楽しめる場所というのがよさそうだと考えます。
くだらないことをただただ、純粋に実験し、楽しむ場所…
これこそ今の日本の科学分野の歪みに対応する
必要な場所なんじゃないかと感じますね。
そんなわけで今日のひとりごとでした。




